白菜の馬車の恩恵
「最初は白菜の馬車なんて何考えているんだと思った。でも、おかげで足認証システムやシンデレラの童話を思い付いたんだ」
「前半さらっと失礼なこと言っているわよ」
じろっとハトを見ると、飛び跳ねながら数歩後ろに下がられた。
喜ぶのか怖がるのかどっちかにしなさいよ。
「白菜の馬車に乗ったことが、そんなに大きな意味を持つの?」
私の疑問に、ハトがコクリと頷いた。
「大有りだ。まず、白菜の馬車が呼んだ反響はすごかった。夜の町を、巨大白菜が生き物みたいに疾走していったんだ。町の人たちは真顔で口を開け、翌朝には噂が一気に広まった」
そう言えば、あの馬車には馬も御者も付いていなかった。
クラウスさんが魔法で動かしているので、外から見ると自動走行する白菜に見えるらしい。
馬に引かせていない時点で、〝馬〟車ではなく車なのだが。
この世界には自動車がないので、便宜上『馬車』と呼んでいる。
馬や御者を付けないのは、馬車が縦長なせいで揺れるので、バランスを取って走らせるのが難しいからだという。
事故ると危険なので、魔法で安全運転しているのだ。
「ちなみに本来のシナリオでは、かぼちゃの馬車をきっかけに、国中がかぼちゃ祭り状態になるはずだった」
⋯⋯じゃあ、今は国中が白菜祭り状態になっているの?
この世界にはテレビもSNSもないのに、情報の拡散力が前世よりエグくない?
「でも、馬車が〝白菜〟に代わったことにより、ゲームの強制力も〝白菜〟に働いている。この世界では〝白菜〟が夢と希望とファンタジーの象徴になりつつある」
やめれ! 私が世界をアホな方向に改変したみたいじゃないか!
ていうか、なんでゲームの強制力は、かぼちゃが白菜に代わったのをスルーしてるのよ。
「かぼちゃが白菜に代わるのはいいわけ?」
「いいんじゃね? 『魔法の馬車で舞踏会ヘ行く』ことには変わりないし」
判定緩いな!
この世界は強制力までテキトーなの?
ハトによると、ゲームの強制力の恩恵で〝白菜〟の馬車に乗るシンデレラの童話もバカ売れしているという。
なんと、即日完売で重版も決まり、もう追加分が店頭に山積みされているとか。
そっか。そんなに売れているなら、私も買ってみようかなって⋯⋯んんっ?
本を出版したのって昨日だよね?
「待てい! おかしいでしょう!」
危うくスルーするところだった!
なんで即日完売して、もう重版された本が店に並んでいるのよ。
そんなスピード重版、前世の最新技術でも無理だわ!
「そんなもの魔法でも使わなきゃ無理でしょう!」
魔法使いが怖がられている世界なのに、出版社の方がよっぽど人智を超えているじゃない!
「おかしいのは今さらって言うか⋯⋯あの白菜祭りの町を見ただろう」
「それは、そうだけど⋯⋯」
そう言えば、ハトが言っていた。
ゲームの強制力は、物理法則や時間の概念さえ無視して働くと。
なら、本がありえない早さで増刷された現象も⋯⋯。
「ゲームの強制力が働いているというの?」
「ああ。ゲームの強制力が、出版社で必死に印刷から納品までやってくれているのかもしれない」
「なんで出版社でゲームの強制力が働いているのよ!」
言葉は同じなのに意味が全く違ってくるわ!
じゃあ何? あの白菜祭りの町も、ゲームの強制力が夜を徹して設営から準備まで全部やったというの。
あんな白菜のモデルハウスまで作って。
『物理法則や時間の概念さえ無視して働く』の意味が変わってくるんだけど!
——はっ! いけない。危うくハトのおふざけに飲まれるところだった。
「少しは真面目にやりなさいよ!」
「俺は真面目にふざけている!」
「そっちじゃないわ!」
互いに睨み合っていると、クラウスさんが仲裁に入った。
「ヘレン、殿下はきっと、ただふざけているわけではないよ」
「クラウスさん?」
「そうですよね? クロード様」
「⋯⋯むぅ」
クラウスさんが穏やかな目でハトを見た。
まるで全てを分かっているかのように。
ハトが急に大人しくなる。
もしかして、この子って実はクラウスさんに弱いんじゃ⋯⋯。
そんなハトにクラウスさんは小さく笑い、私の方へ視線を移した。
「一見、思いつきやノリでやっているように見えるけどね。殿下の行動は、不思議と良い結果を引き寄せるんだ」
良い結果を⋯⋯?
クラウスさんの言葉からは、ハトへの深い信頼が感じられた。
もしかして、一見ふざけているような行動には意味が⋯⋯。
ハトをじっと見つめる。
やがて、ハトが口を開いた。
「シンデレラ・ガーデンはな、ギャルゲーでありながらギャグゲーみたいなおふざけ要素も満載のゲームなんだ。だからこそ——」
ハトの表情に真剣さが宿る。
「こっちもふざけた方法で挑まないと、ゲームのシナリオをぶち壊せない!」
ふざけた方法って何だ!?
そう言えば⋯⋯町へ行く前にハトが言っていた言葉を思い出す。
——二人とも、これだけは忘れるな。この世界ではな、ふざけた奴が強いんだ。
「あれって、どういう意味なの?」
ふざけた奴なんて、目の前のハトしか思いつかないんだけど。
「ああ、あれ? 俺たち三人のことだけど」
「なんでよ! 私とクラウスさんは、ふざけたことなんてないわよ!」
憤慨すると、ハトがチベットスナギツネのような目で私を見た。
え? 私、何か変なこと言った?
「舞踏会前日に、馬車になるはずだったかぼちゃを食ったじゃん。そして、かぼちゃの馬車というシナリオを〝白菜の馬車〟に改変した」
「うっ⋯⋯」
そんなこと言われたって。
たかが、かぼちゃ一個で世界に影響を与えるなんて思わないじゃない。
「でもな、その白菜の馬車から——既にゲームのシナリオは変わり始めていたんだ」
「え⋯⋯?」
どういうことかしら⋯⋯。
怪訝に思っていると、ハトが驚くべきことを言った。
「ゲームで確定している運命の一つに、『ヘレンは舞踏会初日に王子様と出会って一目惚れする』というのがある」
私は目を見開く。
確定している運命⋯⋯それじゃあ、私はエリック王子に一目惚れすることが決まっていたというの?
「でも、私はエリック王子を見ても何とも思わなかったわよ」
「知ってる。俺もゲームの強制力が働かないか心配で、舞踏会初日はおまえの様子を見ていたから」
⋯⋯そう言えば、テラスでエリック王子に迫られていた時。
ミランダとセシリアが乱入してきて、その後に現れたハトが三人を牽制してくれたのだ。
なんであの場にハトがいたのが、すっかり聞きそびれていたけど。
あれは、私がエリック王子に一目惚れしないか、様子を見ていたからだったのか。
でも、どうしてゲームの強制力は働かなかったのかしら。
「俺もなんでかなーと思ったんだけどさ。⋯⋯本当はもっと前から、シナリオは変わっていたのかもしれない」
ハトが私と——クラウスさんを交互に見た。
「殿下?」
「どういうことなの?」
首を傾げる私とクラウスさんに、ハトは⋯⋯。
「じゃあ、今夜の舞踏会と明日の作戦について話すなー」
「「ええ!」」
急に話を切り替えられた。
訳が分からず、クラウスさんと顔を見合わせる。
マイペースすぎるでしょう、このハト。
「あと、俺の名前はクロードだ。おまえ、会話の時以外、俺のことハトって呼んでいるの知ってんだからな」
なんで知っているのよ。
そう言えば、さっきクラウスさんが『クロード様』って呼んでいたわね。
クロードという名前のハトは、羽をビシッと突き付けて言った。
「あと、俺がふざけているのは生きがいだからだ。それ以外に理由はない!」
「ふざけんなー!」
珍しく真面目にやっていると思ったらこれだ。




