嘘の中に、白菜という真実を混ぜて
——王宮の一室にて。
「くそがあぁぁ! またあの二人かよ! 何で俺が他の女といる時に毎回来るわけ!」
舞踏会二日目の夜。
エリックは再び怒り狂っていた。
ミランダとセシリアによって、一度ならず二度までも、ヘレンと過ごす時間を邪魔されたからである。
二人のダンスや会話の相手に散々付き合わされた後——。
急いで会場に戻ったら、ヘレンは『8931』の広告塔の仕事をやり切り、既に帰っていたのである。
「他の女の子はもっと遠慮してくれるのにさぁ! あの二人だけ何で異常にぐいぐい押してくるんだよ、もうそろそろ面倒くせえよ!」
部屋にいるのは、エリックともう一人。
ヘレンの報告と送迎を任されているクラウスは、再び部屋に呼ばれていた。
「それで、ヘレンちゃんは俺のこと何か言ってた?」
クラウスはどう報告すべきか悩む。
舞踏会一日目の、ヘレンのエリックへの印象は最悪だった。
二日目に何と言っていたかなんて、ここで言えるわけがない。
なぜなら——。
(⋯⋯なんて言っていたか覚えていない)
昨夜の舞踏会の後。
馬車の中で繰り広げられた様々な出来事。
ハトのロケットランチャーから始まった、涙と感動と枝豆と、よく分からんピザ転の話の後の急ピッチ展開と⋯⋯色々ありすぎて、それ以外のことは頭から抜けてしまった。
あの白菜の馬車での出来事は、それほどにクラウスにとって内容が濃かったのだ。
仕方がない。自力で何とか誤魔化すしかないか。
どうしよう。ドッグリード・ダンスというワードしか思い出せない。
「殿下と再びドッグリー——いえ、ダンスを踊ることができて嬉しかったと言っておりました」
「今なんか聞こえたような⋯⋯気のせいか? まあいいや。そっか、そうだよなー」
エリックは大声で笑い出した。
「わざわざ筋肉痛を堪えて、俺と何曲も踊ってくれたんだもんなー! 愛がなきゃできねーよな、そんなこと!」
「⋯⋯筋肉痛?」
何の話だ?
するとエリックが不機嫌そうにクラウスを見た。
「おまえが初日の舞踏会の後に言ってたんだろうが! ヘレンちゃんが筋肉痛でベッドから起き上がれねーから、這って城まで行くって!」
「ああ」
そういえば言ったな、とクラウスは思い出す。
「——最初に聞いた時はさ、おまえは嘘を言っていると思ったよ」
エリックの静かな声に、クラウスははっとする。
額に汗が滲む。
確かに、事実と全然違う報告をした。
ヘレンを守るためとはいえ、エリックに嘘の報告をしたことがバレれば、クラウスの命はないだろう。
エリックのクラウスを見る目が、冷たい光を宿す。
「家から城まで這って行こうなんて、そんなことする奴、いるわけねーだろと思った。嘘ならおまえをとっとと首(処刑的な意味で)にしてやろうかとも思ったが⋯⋯」
部屋に緊迫した空気が満ちる。
クラウスが息を飲んだ瞬間。
——突然エリックが奇声を上げ、頭を抱えてしゃがみこんだ。
「あああああ! そんなことってあるぅぅぅ!?」
目を見開いて髪を振り乱し、錯乱したように叫びだす。
エリックの奇行に、クラウスが驚いて固まっていると。
やがて⋯⋯エリックはおもむろにクラウスを見上げた。
「でも、筋肉痛のことも、白菜の馬車の件も本当だった。つーことは、信じられねーが⋯⋯筋肉痛がひどくて這って行こうとしていたって話も⋯⋯本当なんだな?」
「⋯⋯は?」
ぽかんとするクラウスに、エリックは——。
ヘレンとの舞踏会での会話を思い出していた。
『実は私⋯⋯昨日のダンスの筋肉痛で、体の至るところが触れられると痛むんです』
『⋯⋯ちなみに馬車はどのような?』
『白菜ですが』
「ヘレンちゃんが言ってた。筋肉痛がひどくて、体の至るところが痛むって。乗ってきた馬車も白菜だって。⋯⋯白菜の馬車なんて、嘘みたいな話が本当なら。這って行こうとしたって話にも、信憑性が出てくる」
(ヘレンが⋯⋯?)
一日目の舞踏会の後、ぴんぴんしていなかったか。
と言うか、一時間で帰っていたし。
困惑するクラウスに、エリックはふっと遠い目をした。
まるで魂が抜けたような表情でぽつりと言う。
「おまえの、あのふざけた報告⋯⋯全部本当だったんだな⋯⋯」
——殿下とダンスした時の筋肉痛がひどくて立ち上がれず、地面を這って行かないと無理だそうです。
——かぼちゃは彼女が空腹に耐えかねて食べてしまったらしく⋯⋯。代わりに白菜の馬車で城まで移動しました。
まさかの展開に、クラウスも驚いた。
〝嘘の中にほんの少しの真実を混ぜると信憑性が増す〟⋯⋯これが予想外の形で実現したのだ。
【筋肉痛】、【這って行く】の二つの嘘に、【白菜の馬車】という信じられない真実を混ぜた結果。
ヘレンが咄嗟の機転で筋肉痛(嘘)だと言ったことが、巡り巡ってクラウスの命を救ったのである。
これによりエリックは、
『筋肉痛はまだ分かるけどさ。白菜の馬車で舞踏会へ来るとか嘘やんと思ったら本当だったわ。三つのうち二つが真実なら、残りの【這って行く】話も本当ってことだよね』
という考えに帰結した。
何より、白菜の馬車に乗るなんて嘘のような本当の話が、エリックの疑心をぶち壊したのだった。
そして、未だに現実を受け止めきれなくて混乱状態のエリックに——。
「今日も夜の十時で宜しいですか」
「⋯⋯ああ」
「では、ここの許可書にサインを」
「⋯⋯ああ」
クラウスは、夜中の十時に舞踏会へ行く許可をしれっともぎ取ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆
舞踏会最終日。
今日で長かった(ように感じた)舞踏会も終わる。
まだ二日しか経っていないのが信じられない。
それくらい、私にとって、この二日間はたくさんのことがあった。
理想の王子様であるクラウスさんに出会い。
予想以上にキャラの濃いハトに出会い。
そして明日は、いよいよ決戦の日だ。
で、果たして私は何時から舞踏会ヘ行けばいいのかしら。
そんなことを思っていた時、お昼すぎにクラウスさんとハトが訪ねてきた。
「夜の十時ですか?」
クラウスさんから舞踏会ヘ行く時間を聞かされて驚いた。
まさか、最終日までそんな遅い時間でいいの。
そんなこと、よくエリック王子が許したわね。
「ああ、それは大丈夫だよ。よく分からないけど、エリック王子がヘレンの筋肉痛にショックを受けて放心状態で許可してくれた」
「⋯⋯はい?」
筋肉痛にショックを受けて放心状態?
なんのこっちゃ?
「何を言っているのか分かねーと思うが、クラウスはありのままを説明している。そしておまえは知らなくていい」
なんだそれは。
「足の具合は大丈夫?」
「はい。朝起きたら、足が羽のように軽くてびっくりしました」
クラウスさんに訊かれ、足をその場で動かして見せる。
磁気サポーターを付けて眠ったら、朝には子鹿の足がすっかり回復していた。
これなら今夜の舞踏会も問題なさそうだ。
「良かった。じゃあ時間もあるし、どこかへ出掛けないか?」
クラウスさんからのお誘いに、一気に気持ちが高揚する。
「いいんですか! でも、お仕事は?」
「クロード様がご不在になってから、魔法部署(王太子専用)はやることがなくてね。たまに、エリック殿下から雑用や面倒事を回されるくらいかな」
「雑用や面倒事?」
クラウスさんは困ったように笑い⋯⋯。
「エリック王子殿下の部屋の掃除に修繕、ごみ出しが主かな。あとは、エリック王子殿下が付き合っている女性への手紙の代筆と贈り物の発送とか⋯⋯」
「それ全部クズ王子の雑用や面倒事じゃないですか!」
あの王子、クラウスさんに何させてんの!
よし決めた、絶対に倒そう!
そのためにも、英気を養っておかなければ。
「クラウスさん、今日は目いっぱい楽しみましょう」
「うん、行こうか」
私は決意を胸に、クラウスさんの誘いに胸を躍らせていたのだが。
「あのさー、いい雰囲気のところ悪いんだけど」
クラウスさんの肩に止まり、ハトが羽で後頭部を掻く仕草をした。
「どうかしたの?」
「殿下?」
私とクラウスさんの視線を受け、ハトは左右の羽を伸ばして大きく伸びをする。
決戦前なのに、ずいぶんリラックスしているわね。
「二人には、明日に向けて話しておくことがあるから」
話しておくこと?
そう言えば、まだまだ聞かされていないことがあった。
怪奇現象とか、私の転生ボーナスについてのこととか。
「あれ、結局まだ何も聞かされていないんだけど」
「一気に聞かされても混乱するだろ。だから、今日まとめてサクッと話す」
相変わらず軽いな。
でも、いよいよクライマックスが近いのか。
そう思うと少しだけ緊張してくる。
「あんまり真剣に思い悩むな。ヘレンもクラウスも」
「「え?」」
人にはそう言いつつ、ハトは真剣な表情でビシッと告げる。
「二人とも、これだけは忘れるな。この世界ではな、ふざけた奴が強いんだ」




