ロケットランチャーとハトの前世
(⋯⋯え?)
はっとクラウスさんを見ると、切なそうに笑っていた。
そんな、待って!
まさか、このハト(王太子)と結婚した方がいいとか言い出すんじゃ⋯⋯。
「クラウスさ——」
思わず椅子から起き上がって声を上げそうになった時。
——目の前を白い閃光が走った。
「クラウスウゥゥ!」
ハトがロケットランチャーのような勢いでクラウスさんへ体当りした。
「——ごはぁッ!」
土手っ腹にハトの体当たりを食らい、クラウスさんが椅子から落ちて尻もちをつく。
そんなクラウスさんの前に降り立ち、ハトは怒り心頭で声を荒らげた。
「おまえ、そんなこと言うのやめろよ!」
「で、殿下⋯⋯?」
困惑した様子のクラウスさんに、ハトが黙って俯く。
——よく見ると、目に涙が滲んでいた。
「おまえは俺にとって、大事な友だちなんだ。だから幸せになってほしい」
クラウスさんが驚いた顔でハトを見つめる。
ハトの両目からぽろぽろと涙が落ちた。
「周りはさ、俺を『聡明で人格者な王太子』だって勝手に思い込んでる。でも本当の俺は、そんなんじゃない」
「殿下、そんなことは⋯⋯」
クラウスさんの言葉に、ハトは大きく首を振る。
「俺は臆病で、すぐ逃げて、誰かに頼らないと何も出来ない、部屋の片付けだって禄にやらない。そんなだめな人間なんだ。でもな⋯⋯」
ハトは震える声で言い、クラウスさんをまっすぐ見つめる。
「魔法部署(王太子専用)のみんなとハトリーヌは、俺のダメなところも笑って受け入れてくれた。俺のしょうもないアイディアや遊びにも、真剣に向き合ってくれて嬉しかった」
言葉を失うクラウスさんに、ハトがとことこと歩み寄った。
片方の羽で励ますように、クラウスさんの腕を叩く。
「年の差とか気にするな。おまえとヘレンならきっと上手くいくと思うぞ」
「殿下⋯⋯」
この子、いつもふざけているのに。
やっぱりクラウスさんのことを大切に思っているのね。
しかも、応援までしてくれるなんて。私まで目頭が熱くなってきた。
ハトが目元の涙を拭い、言葉を続ける。
「おまえだって、本当はヘレンのことが好きだろう? で、話は変わるけど、俺の主食の枝豆がそろそろ切れそうでさ——」
「待てぇぇぇい!」
思わずツッコんだ。
急に枝豆の話が始まったんだけど!
『おまえだって本当はヘレンのことが好きだろう?』っていう、重要ワードをいきなり打ち切られて衝撃を受けたわ!
クラウスさんが呆気に取られて固まっているじゃない。
私も一瞬何が起こったのか分からなくて固まったわ!
「前半のちょっといい話になりそうな雰囲気なんだったのよ!」
さっきの涙は嘘か! 私の感動を返せ!
「これは本物の涙だ。体当りした時の衝撃で涙が出た。今めっちゃ全身が痛い⋯⋯」
ハトが腰を痛めたおじいちゃんみたいに、体をカタカタと震わせている。
痛みで泣いてたんかい。
じゃあなんで体当たりなんかしたし。
「クラウスが会話に入れなくて寂しそうだったから。〝クラウスウゥゥ!ごめーん!〟て抱きつこうとしたら勢い余って激突した」
あの叫びはそういう意味かい! てっきりクラウスさんのために本気で怒っているのかと。
いや、怒っては⋯⋯いたか?
おふさげを織り交ぜてくるから分かりにくいけど、このハトはクラウスさんのことが好きなのだろう。
私は子鹿状態の足を気合で動かし、クラウスさんのそばへ寄る。
「ヘレン?」
「ごめんなさい。ハト——じゃなくて王太子殿下と話している間、クラウスさんを置いてけぼりにしていました」
「あ、いや⋯⋯謝ることじゃないよ。何か事情があるんだよね?」
クラウスさんは笑って許してくれている⋯⋯ように見えるけれど。
私とハト(あとクズ王子も)が前世の記憶を持っていることを、クラウスさんは知らない。
一人だけ事情を知らされないまま、どこかで寂しい思いをしていたのではないかしら。
あの言葉が、そんな孤独な気持ちから出た言葉だとしたら。
——年も近いし、二人なら身分違いでも上手くいくんじゃないかな。
「クラウスさん、どうしてあんなことを言ったんです」
「それは⋯⋯」
私はクラウスさんをじっと見つめる。
「話してください。クラウスさんの気持ちが知りたいんです」
クラウスさんは暫し黙り込んだ後、観念したように口を開いた。
「互いに遠慮なく意見を言い合える君たちが、羨ましかったんだ。年の離れた私なんかより、殿下の方が君に相応しいんじゃないか、などと考えてしまった」
「クラウスさん⋯⋯」
「私には、殿下のような斬新な発想力も行動力もないから。⋯⋯すまなかった。自分に自信を持てないばかりに、あんなことを言ってしまって⋯⋯」
クラウスさんが目を伏せる。
どうしよう。
思ったよりも悩んでいたみたいだ。
「クラウスさん、そんなに気に病まないで⋯⋯」
そこへ、ハトがとことことクラウスさんに近づいてきた。
片方の羽で、てしてしとクラウスさんを叩く。
「⋯⋯殿下?」
怪訝そうに顔を上げたクラウスさんに、ハトは——。
「年がどうとか悩むのは分かるけど、まずは行動してみたらどうだ?」
「行動⋯⋯ですか⋯⋯?」
戸惑うクラウスさんに、ハトはコクリと頷く。
今宵のハトは、一体どうしたというの。すごく真面目でまともなことを言っているわ。
「クラウスは他人に気を使いすぎだ。もう少し好きに生きないと勿体ないぞ。人生はいつ何が起こるか分からないんだから」
ハトが遠い目をする。
まるで昔を思い出すかのように。
「例えば、世の中には——五年間も靴を買い替えないで履き続けた結果、靴底の滑り止めがすり減ってついに無くなり、靴を買い替えに行く途中で滑ってコケて死ぬ奴もいるんだ」
「「は?」」
私とクラウスさんは訳が分からずぽかんとする。
一瞬何の話をしているの。
まさか、今のはこのハトの前世の死因⋯⋯?
「⋯⋯あなた、まさか前世はそれで?」
つい口を挟んでしまった。
ハトが悲しそうな目をして、目元を羽で覆う。
「道路を渡ろうとしたら、思いっきり滑って転んだ。それで——」
その時に死んでしまったのか。
まさか、転んだ後に交通事故で?
「尻もちついて腰とケツを痛めた。さすがに靴を買い替えないとやべーと思って、店に買いに行こうとしたんだ。その途中で⋯⋯」
「買いに行く途中で、滑って転んだの?」
ハトは頷いた。
それは⋯⋯無念だったでしょうね。
せっかく、五年ぶりに靴を買い替えようと決意したのに。その道中で⋯⋯。
「靴を買いに行く途中で——部屋の床に落ちてた、ピザ◯ットのチラシで足を滑らせてコケて死んだ」
⋯⋯⋯⋯は? ピザ◯ットのチラシでコケて死んだ?
「テーブルに溜めてたピザのチラシが落ちたみたいで。まさか、そのせいでピザ転(ピザのチラシで滑って転んで異世界転生)するなんて思わなかった」
トラ転みたいに言うな!
さっき言ってた『部屋の片付けだって禄にやらない』ってそれかい。
出だしの、靴底がすり減って無くなった話はなんだったのよ。
「そこは問題じゃねー。要は、今日があるから明日もあるなんて保証はないんだ。俺は前世の教訓を活かして、この世界に必ず魔法テーマパークを作る。クラウスも悩んでないでまずやってみるんだ」
魔法テーマパークの創設、まだ諦めてなかったのか。
もうクラウスさんしか職員はいないって言っていたのに。
呆れつつも、このハトの前向きさには感心してしまう。
そこへ、クラウスさんが小さく笑う声がした。
「殿下を見ていると、悩んでいた気持ちが不思議と軽くなっていきます」
「おう、そうか」
「話の内容はさっぱり分かりませんでしたが、何を仰りたいのかは伝わりました」
内容はほぼ、ハトの前世の話だったものね。
話の内容が分からないのに、真意を汲み取れるなんて。
さすがはクラウスさんだ。
「ヘレン」
「は、はい!」
クラウスさんからそっと手を差し出される。
私がぽかんとしていると。
「返事が遅くなってごめんね。こんな情けない男だけど、この先を一緒に歩んでもらえるかな」
「⋯⋯! はい、もちろんです!」
笑顔でクラウスさんの手を握る。
互いに気恥ずかしさを滲ませ、見つめ合う中。
——ハトがそっと呟いた。
「忘れてるかもしれないけど、おまえたちは昨日の夜が初対面だぞ。この物語、まだ二日しか経ってねーのに急ピッチで進展したな」
「メタい発言で水を差すなー!」
このハトはぁぁ!
いい雰囲気をぶち壊さなきゃ、死んでしまう呪いにでも掛かっているのか!




