白菜の広告塔
会場へ足を踏み入れた瞬間、エリック王子が話しかけてきた。
「やあ、昨日の美しい人。今宵も私とダンスを踊って頂けませんか?」
手を差し出され、ダンスのお誘い(強制)を受ける。
またあのリードで引っ張られるようなダンスか。
仕方ない、やるか。
(それにしても、こんな面白いアクセサリーを付けた令嬢とよく踊ろうと思えるわね)
ハト曰く、エリック王子は女性の容姿にしか興味がないらしい。
今はそれがこちらに都合良く働いている。
——そして、私は昨日と同じように、ドッグリード・ダンスをフラフラになりながら必死でやりきった。
連続で踊らされ、もう何曲踊ったのか覚えていない。
(ダンスって⋯⋯こんなに、体力使うの⋯⋯)
こっちはもうふらふらだと言うのに。
「テラスでお話しましょうか」
昨日と同じように、エリック王子が私をテラスへと誘う。
何でまたテラスなんだ。
「す、少し休憩したいのですが⋯⋯」
「私に寄りかかって構いませんよ」
「あら不思議! 急に元気になりましたわ!」
くっそう、座って休ませてくれない。
ただでさえ、固いガラスの靴を履いているから足が痛いのに。
ふらつく足を必死に踏みしめ、テラスへ向かう。
ダンスをしている最中、会場中の視線が私とエリック王子に集まっていた。
王子と踊ったことによる相乗効果もあり、『8931』のティアラは大勢の注目を浴びたはず。
考えるな。注目を浴びたのはティアラであって私ではない。
——そしてテラスにて。
髪に触れようと伸びてきたエリック王子の手を、瞬時に掴む。
右手を掴んだら、今度は左手が伸びてきたので、空いた方の手で掴んだ。
そのまま向き合ったら、傍から見ると、手を取り合う男女のような格好になった。
互いに笑顔を浮かべているが、押す力 (エリック)と押し返す力(私)とで、双方の両手が小刻みに震えている。
さすがに、エリック王子もおかしいと思い始めたらしい。
「あれぇ? どうされたのですか? まさか、ひょっとして、もしかして⋯⋯私のことが嫌い——」
まずい、何とかしてごまかさないと。
私は咄嗟に——。
「ごめんなさい、エリック王子殿下。実は私⋯⋯昨日のダンスの筋肉痛で、体の至るところが触れられると痛むんです」
「筋肉痛?」
エリック王子は一瞬ぽかんとし——やがて驚愕の色を浮かべた。
「ま、まさか⋯⋯!」
「?」
筋肉痛で何をそんなに驚いているのかしら?
やがて、エリック王子が恐る恐る声を掛けてきた。
「確認ですが、城まではどうやって?」
「え、馬車できましたが」
なぜかほっとされた。
「這ってきたんじゃなくて良かった」
這って? 何のことかしら?
「でも筋肉痛は本当だったのか。あ、⋯⋯ちなみに馬車はどのような?」
「白菜ですが」
「まじかよそっちも本当の話だった。い、いや待て、ほうれん草かゴボウかきゅうりの馬車よりはマシかもしれない」
なんだか訳の分からないことをぶつぶつ言っている。
ほうれん草? ゴボウ? きゅうり?
そんなものを馬車の素材に選ぶ人がいるの?
よく分からないけど、深くは聞かないでおこう。
——そこへ、テラスの戸が勢い良く開け放たれた。
おや? 昨日もこんなことなかったっけ⋯⋯?
と思う私の耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「見つけましたわ、殿下! ——て、またあなたなの!?」
「殿下、そんな変なアクセサリーを付けた女は放って、あたしたちと踊ってくださいな」
義姉のミランダとセシリアだった。
どこからともなく現れた二人に、「邪魔よ!」と押しのけられる。
一瞬でエリック王子の左右に移動した二人は、そのまま王子をぐいぐい引っ張っていった。
「さあ、参りましょう殿下」
「あたし、お庭で二人きりでお話したいわ」
「ええ、ちょ、ちょっと待って! ああくそっ、こいつらの好感度調整ミスったチクショウ!」
為す術なく引きずられていくエリック王子。
呆気にとられて見送っていると、二人と一緒にいた継母のカミラ夫人と目が合った。
思わず「げっ!」と声を上げそうになる。
どうにもこの人は苦手だ。
「まあ、あなたずいぶんと個性的なアクセサリーを付けているのね」
どうやら、アクセサリーのインパクトが強すぎて、私の正体には気付いていないらしい。
口調は柔らかいが、その顔には明らかに馬鹿にした笑みが浮かんでいた。
舐め回すように私の格好をじろじろ見たかと思うと、急にぷっと吹き出す。
「そんな珍妙なアクセサリーを付けて、よく舞踏会へ来られたわね。理解できないセンスだわ」
理解は出来なくていいが、アクセサリーを悪く言うな!
これは、クラウスさんが私のために魔法で手作りしてくれた贈り物。
この世に一つしかない、マジカルハンドメイドアクセサリーなのだから。
「その白菜のイヤリングとネックレスは何? あなた、見ない顔だけどそんなに目立って殿下の気を引きたかったの?」
「いえ、そのようなことは⋯⋯」
「おまけにティアラまで『8931』なんて。一体どういうコンセプトなの? その純白のドレスはもしかして、白菜の白い芯の部分を表現しているのかしら?」
はっ、言われてみれば確かに⋯⋯いや違う違う!
やばい怖くなってきた。全ての伏線が白菜に繋がっている。
それはそうと、こうなったカミラ夫人は厄介だ。
ターゲットを見つけると、しつこく絡んでくる。
こういう時は、相手の期待する行動を取ってはいけない。
私はぱっと笑みを浮かべてカミラ夫人を見る。
「まあ、ありがとうございます。あなたのような美しい方に褒めて頂けて嬉しいですわ!」
「⋯⋯は?」
私の反応が予想外だったのだろう。
カミラ夫人は呆気にとられた顔をした。
「わざわざ目に留めて頂けるなんて、実はあなたもこういったアクセサリーにご興味がおありなのですか! 同じセンスの仲間が見つかって嬉しいです! 是非とも、今から白菜について熱く語り合いましょう!」
「なっ、何を言って⋯⋯」
大きい声で周りに聞こえるように言う。
周囲の視線が集まり、カミラ夫人は慌てて踵を返した。
「このっ⋯⋯覚えていなさい!」
悪役の捨て台詞を言い放った後。
カミラ夫人はドレスの裾を踏んで転びかけた。
そして、一瞬だけ周り見て——何事もなかったように背筋を伸ばして去っていく。
前世で私がハイヒールを履いて歩いていた時、道端でコケそうになった時と同じだ。
周りの人たちは空気を呼んで、ちゃんと見て見ぬ振りをしてくれる。だからあのように気にせず、再び歩き出すのが一番なのだ。
人目のある場所で良かった。
あの人はプライドが高いから、大勢の前で恥をかくことを嫌う。
(——さてと)
ここからが真の地獄だ。
私は広告塔として、『8931』のティアラを付けて会場を歩き回り、多くの人の目に触れなければならない。
一瞬でも正気に戻ったら、『私は何をやっているんだ』という恥ずかしさで心が死ぬだろう。
深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
(今は何も考えるな、感じるな。羞恥心よ、眠れ)
彼の有名な思想家の言葉を心中で唱える。
——諸君、狂いたまえ。
私の中で、狂った心と羞恥心が高速パンチのラッシュを繰り広げる中。
会場の至る所を歩き回ったのだった。




