シンデレラに転生しました
前世の私は日本人のごく平凡な会社員。
部屋で歩きながらスマホをいじっていた時。
うっかり扇風機のコードに足を取られ、そのまま派手に転倒してしまった。
そこから先の記憶がない。
恐らく、頭をぶつけるかして死んでしまったのだろう。
そんな雑な死に方をしてしまった私は、気付けばシンデレラの世界に転生していた。
主人公のシンデレラとして。
一応、この世界の私には『ヘレン』という名がある。
継母と義姉たちがうちに来てから、シンデレラで定着してしまった。
どうせなら魔法使いとかが良かったな。
これから自分が辿る人生を思うと、一気に気が滅入った。
そして⋯⋯。
継母と二人の義姉から虐められ、召使いのようにこき使われる日々が始まった。
どんなに辛くても乗り切れたのは、この先に転機が訪れることを知っていたからだ。
その日がようやく訪れた。
お城から届いた、舞踏会への招待状。
参加者の令嬢の中から、王子様の結婚相手を選ぶらしい。
つまり——これは主催者の王子様による、王子様のための婚活パーティー。
自分の美しさに絶対の自信を持つ姉たちは、張り切ってお洒落をしていた。
意地悪な性格であっても、姉二人は確かに美しい容姿をしている。
上の姉ミランダは、腰まで届く亜麻色の髪に翡翠色の瞳の美女。細い腰と大きな胸が自慢の蠱惑的な美貌の持ち主だ。
下の姉セシリアは、髪と瞳の色は姉と同じだが、小柄で庇護欲をそそる小動物系。
タイプの違う美女である二人は、異性の関心を引く魅力を備えていた。
そして、父の再婚相手であるカミラ夫人。
美しい人だけれど、プライドが高く嫉妬深い。
前妻の娘である私を、初めて会った日から目の敵にしている。
「おまえは留守番だよ。私たちが留守の間、仕事をサボったらただじゃおかないからね」
「あはは、可哀想。でも、あなたにはドレスもないものね」
「ドレスを着たって、こんな灰まみれじゃみっともないだけよ」
そう言い捨てた継母と義姉たちは馬車へ乗り込む。
三人を乗せた馬車が、城に向かって遠ざかっていくのを見送り——。
「清々しいくらいの悪役ぶりね」
ようやく一人になれてほっとする。
ちなみに、義姉たちの嫌味は全く効いていなかった。
前世は家で過ごすのが好きなインドア派だったので、舞踏会みたいな人が多い場所は苦手なのだ。
今の私の心情を表すなら⋯⋯。
前世で友人と遊園地に遊びに行った時。
「ジェットコースターに乗ろうよ!」と誘う友人に、「絶叫系はムリだからここで待ってる。楽しんでおいで」と送り出した時の心境に似ている。
まあ、今はそんな平和な状況ではない。
何とかして家を出なければ。
この家にずっといたら、この先どんな扱いを受けるか分からない。
(でも、この町には働き口がないのよね。もう少し大きな町へ行かないと)
そのための足がない。お金もない。
さて、どうしようか。
「お嬢さん」
背後で声がし、振り返る。
振り返ると、さっきまで人がいなかった場所に誰かが立っていた。
夜中に突然現れた、黒いローブの人物。
どう見ても不審者だが、どう見てもあれは⋯⋯魔法使いだ。
だってここはシンデレラの世界。
いきなり背後にぬるっと出てこられて、ちょっとびっくりした。
「あなたは⋯⋯」
「今日まで辛い境遇によく耐えたね。今から君を舞踏会へ連れて行ってあげよう」
きたー! シンデレラを助けてくれる魔法使いさんだ!
来てくれるか不安だったけど、ちゃんと来てくれた。
よーし、早速お願いしてみよう。
「舞踏会は結構です。家を出て仕事を探したいんで、馬車だけ貸してもらえませんか?」
一瞬、場が静まり返り。
「⋯⋯え?」
ローブで顔はよく見えないが、魔法使いさんが間の抜けた声がした。
予想外の返答を受けて固まっているみたいだ。
いや、だって私は華やかな舞踏会や王子様に興味ないし。
何で自分がシンデレラに転生したのか分からない。
私は平々凡々でいいから、穏やかに暮らしていければそれでいいのよ。
「そのう⋯⋯舞踏会へ行きたくはないのかな?」
「すみません。興味ないです」
「そうなのか。えっと⋯⋯どうしよう」
何だか魔法使いさんがすごく困っているみたい。
もしかして、「実はもう馬車やガラスの靴を一式用意して、裏でスタンバってたんだけど」というパターンかしら。
どうしよう。もしそうなら、断るのはさすがに悪いわよね。
「私が舞踏会に行かないと、魔法使いさんは困るんですか?」
「いや、そういうわけじゃ⋯⋯⋯⋯ある、かな」
あるんかい。
「困るというのは、何か事情があるんですか?」
とりあえず話を聞いてみよう。
しかし魔法使いさんは、話すべきか迷っているようだった。
私が根気強く待っていると、やがて観念したように切り出す。
「話したら、協力してもらえる?」
「内容次第ですが、善処します」
「⋯⋯分かった」
こうして、魔法使いさんから事情を聞くことになった。
魔法使いさんは、名前をクラウスさんというそうだ。
彼は王家に雇われた魔導士で、王子の理想の女性を探すための魔道具を作らされていたのだという。
それが、シンデレラで有名な『ガラスの靴』。
ガラスの靴は『王子の理想の女性』にしか履けない、という魔法がかかっているらしい。
そして、なぜかその靴に選ばれたのが私だというのだ。
「舞踏会に参加した女性たちに靴が反応しなくてね。おかしいなと思って、調べてみたら⋯⋯招待状が届いてるのに出席していない令嬢が、この家に一人だけいるって分かったんだ」
王家に個人情報が筒抜けじゃないか。
だが、なるほど。それで私を迎えに来たってわけか。
「取り敢えず、舞踏会に参加だけでもしてくれないかな。王子が『理想の女性じゃないと嫌だ!』と言って聞かないんだ。あと、君を連れてこられなければ僕を首にする(処刑的な意味で)って、王子から言われて困っているんだよ」
⋯⋯小さな声で『処刑的な意味で』と聞こえたんだが。
嘘だよね? 私が舞踏会への参加を断ったら、この人は処刑されるの?
「命がかかっているのに、私を脅して従わせたりしないんですね?」
「元々、天涯孤独の身だから。死んだら死んだで、誰も悲しむ人はいないよ。困っているのは、僕が死んだら、うちで世話しているハトの面倒を誰が見るのかっていう——」
「もうちょっと自分の命に重きを置いてください!」
なんだこの重たい背景を背負った魔法使い。
シンデレラって『魔法使いに助けられて舞踏会へ行く』話だよね。
シンデレラが『魔法使いの命を助けるために舞踏会へ行く』流れになっているんだけど。
「参加するだけでいいんですよね?」
「ああ、どうもありがとう」
さすがに断れなかった。
断ったら自分が見殺しにしたような気持ちになる。
クラウスさんがほっとした声でお礼を言う。
黒いフードを目深にかぶっているせいで、肝心の顔は見えない。
「協力する前に、せめて顔くらいは見せてくれますか?」
「ああ、これは失礼したね」
クラウスさんが、慌てて頭にかぶっていたフードを下ろした。
どうやら、フードを被っていることを失念していたらしい。
月明かりに照らされ、彼の顔が顕になる。
(こ、この人は⋯⋯)
童話の魔法使いって、老人のイメージがあったけれど。
目の前にいるのは、四十手前くらいの若々しい男性だった。
夜闇でもはっきり見える、肩口まで届く白銀の髪。冬晴れの空みたいに澄んだ水色の瞳。
彫りが深く、わずかに皺が刻まれた渋い顔には哀愁が漂っている。
優しそうな雰囲気の——イケオジの魔法使いさんだった。
この瞬間、私はもう一つの前世にまつわる記憶を思い出した。
——自分の好みは年上の渋い男性だったということを。
私はクラウスさんの手をがしっと握る。
「初めまして、クラウスさん! 私はヘレンと言います! いきなりですが、結婚を前提にお付き合いしてください!」
「いきなり何の話!」
今宵、私は理想の王子様を見つけたのだった。




