第四十七話 百年の心
「……ごめんなさいね。皆さんを、また“利用”させていただきました」
コマの一言で全員が固まる。
月の光が田を照らし、若葉の匂いが風に混じって吹いていた。
「ここに来るまで、皆さんは周りを色々と見てきたはずです」
コマの声は、穏やかで、それでいて張りつめていた。
「青々とした田、生き生きとした村人たち……。私はそれを見て、心のつかえが一つ落ちました。百年前とはまるで違う“命”を感じました」
伽耶は息を呑んだ。
おもとが眉を寄せて問う。
「利用……って、ワシらをこやつと戦わせるということか?」
コマは首を振る。
「ただ、見ていてほしいのです」
「見て……?」
ハクが低くつぶやく。
「この村はもう、活気を取り戻しました。だから、もう——いらないのです。村人を助けぬ神など」
ミケの目が、わずかに動く。
伽耶は混乱したまま、コマとミケの間に流れる空気を感じていた。
「ふふ、どう見積もっても妖の私が猫神に敵うはずもありません」
コマは笑った。
その笑みには、恐れも、未練もなかった。
「でもね、それでもね、私が神と戦うことで、妖にとっても人にとっても、何かが変わるはずです。だから、百年前、村人を助けなかったこの不甲斐ない神に、私は妖として、牙を向けます」
ロッテが声を荒げた。
「どうしてそんな……! そんなことしたって——!」
「皆さんはこれから沢山の国を旅するでしょう?」
コマは伽耶たちをまっすぐ見つめた。
「先々でどうか伝えてください。命を賭して、神に逆らった愚かな妖がいたことを」
六が静かに問う。
「それに、何の益があるのですか」
「万に一つ、妖と人のいがみ合いを終わらせられるかもしれない。そう、伽耶さん達とロッテが仲良くなったように……」
「この話が広がっていけば、いつの日か、妖と人が共に暮らせる国になると、私は思うのです。だから……」
コマは一度下を向き、覚悟を決めたようにもう一度伽耶たちを見上げる。
「次は、皆さんが、私を"利用"する番です。私の死を、これからの妖と人のために大いに"利用"してください」
「ま、待ってよ! 今ここでコマさんが死んでいくのを見ろってこと!?」
伽耶の叫びが風を裂いた。
「——刮目していてくださいね」
その声は、慈しみに満ちていた。
「いや!刮目とか言われても!百年も前の事なんでしょ!?」
伽耶が言い返す。
「人のために神に挑んだ妖がいる……その噂が広まれば、お互いが歩み寄れるきっかけになるかもしれない……という事ですか」
六が思慮深い表情で言う。
「これが、私の筋書きです」
コマがミケの方を向く。
しん、と空気が変わる。
「妖も人も……誠、愚かなものよの」
猫神ミケが呟く。この声色は氷のように冷たかった。
「まったくその通りです。でも——愚かでも、必死に生きる者がいる」
コマは腰の刀の柄を握る。
「それを見ぬふりをするあなたもまた、愚かな神です」
ミケは腰を低くする。
その仕草は舞のように滑らかだった。
ミケの、身の丈より長い大太刀の鞘が地面に突き刺さって行く。
鈍い音とともに、地面がわずかに震えた——。
「……主の思うように生き、主の思うように死ぬがよい」
その刹那、空が裂けるような静寂が落ちた。




