第四十一話 野良猫情報網【極伝】
六は町を歩きながらも、まだ頭の中にもやが残っていた。次の策を考えつつも、心の奥には伽耶の判断に納得できない思いが燻っている。
隣では、おもとが早々に腹を鳴らした。
「ここの番所は手形がありますので、心配なく通過できるはずです。しかし、その後の山越えに備えて、食べ物を少し仕入れていきましょうか」
六がそう言うと、おもとの目が一瞬輝いた。
「ハクさんの力を借りれば、一日ほどで到着しますので、各々握り飯を一つか二つあれば足ります」
「だ……団子は……」
期待していた分だけ絶望的な顔を見せるおもと。六は小さく笑ったが、すぐ真顔になる。
「急ぎましょう。どうやら監視の目が強まっています」
「監視!? 役人!?」
伽耶が慌てて周囲を見回す。
「周りをよく見て」
ハクが短く告げた。
伽耶が目を凝らすと、道端や屋根の上、至る所から野良猫がこちらをじっと見ていた。
「猫探しの時はなかなか見つからなかったのに……この辺り、猫が多いのかな」
六は静かに首を振った。
「いいえ。あの猫たちは皆、コマさんの友です。先ほどから監視されているのですよ。コマさんに居場所を知られれば、伽耶さんの策が崩れますよ」
「猫の情報網やべー!」
「猫の恨みは怖いぞー!」
「ひぃー!」
おもとが両手を挙げて伽耶を脅かし、伽耶は飛び上がった。
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茶屋で握り飯を仕入れ、いよいよ番所へ向かう四人。
その時、背後から声がした。
「ようやく追いつきました」
振り向くと、そこにコマとロッテが立っていた。
「あら、見つかってしまいましたね」
六が微笑む。
「宿に戻ったら居なくなっていたので驚きましたよ」
コマは穏やかに言う。
「あの、ごめんなさい。やっぱり私たち四人で行こうと思って……」
伽耶が小さく答える。
「なぜですか?」
「え!? いや、女将さんから手紙、もらいました?」
「はい。受け取りました」
「えと……そこに理由を書いたんだけども……」
コマは首を横に振った。
「皆さんには、私の願いを叶えていただきました。約束通り、私たちもご一緒します」
「……たち?」
「私は……仕方なく来ただけだから!」
ロッテが慌てて声を上げる。
「二人とも来るってこと……?」
ハクが確認する。
四人の顔がぱぁっと明るくなる。
「まじか……まじか……まじかーー!!!」
伽耶は弓を抱きしめて跳ね上がった。
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やがて六人は番所に差し掛かった。
六は懐の紙を見つめながら呟く。
「人数が増えましたが……あの上役に会わなければ何とかなるでしょう」
「番所は心配いりません」
コマが淡々と告げた。
「これはこれは! コマ殿ではないか!」
門前から役人が歩み寄る。
「え!? 知り合い!?」
伽耶が驚く。
「知り合いも何も、コマ殿は赤松の道場じゃあ一目置かれてる御仁よ!」
「恐れ多いことです」
コマは軽く頭を下げた。
(そういえば、宿の女将さんもそんなこと言ってたな)
伽耶がふと思い出す。
「それで、どこかへ出かけるんですかい?」
「ええ。この者たちの旅の護衛を」
コマが答えると、役人は頷き、六人を見渡した。
その時、奥からもう一人の役人が近づき、伽耶をじぃっと睨んだ。
(うわー! なんかやばそう!)
伽耶が身をすくめた瞬間、男が声を上げる。
「おお! どこぞで見た顔と思えば。病は善くなったのだな!」
それは以前、山中で猿に襲われていた上役だった。
六はすぐに芝居を打つ。
「おかげさまで元気になりました。このご恩は忘れません」
「良い良い。あれから気になっておったのだ」
六は笑顔を作り、さらりと添える。
「やはり、佐賀の薬は日本一ですね」
「わはは! そうじゃろう」
上役は機嫌よく笑い、やがて声を潜める。
「あの件は、誰にも口外しておらんな?」
「もちろん。恩を仇で返すことはいたしません」
「そうかそうか!」
上役は安堵の笑みを浮かべた。
「どうやら、コマ殿も護衛役についてくれるそうで」
別の役人が加えると、上役は大きく頷いた。
「ほほぅ。コマ殿も一緒なら、こちらも一つ書き付けてやれ」
「承知いたしました!」
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こうして六人は新たな覚書を受け取った。
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覚
一、越中魚津より来たり候女子一人、従者五人、赤松村番所にて相改め候。
一、所持荷物少々、異状これなし。
右の通り相違なく候につき、渡世方にて差し障りなきよう、念のため書付候。
赤松村番所 花押
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六はそれを懐に収め、満足げに頷いた。
「これは運が良ければ筑前でも通用するかもしれませんね。コマさんの人脈には恐れ入ります」
「猫脈もな」
ハクがぼそりと呟く。
「わぁぁ、平和的って素晴らしい!」
伽耶は感嘆の声を上げた。
「さて、魚津へ向かいましょうか」
六が仕切り直すと、コマが口を開いた。
「ひとつよろしいですか?」
全員の視線が集まる。
「以前、六さんから伺った魚津の事情について、少し考えてみたのです」
「天音ちゃんのこと?」
伽耶が問い返す。
「ええ。皆さんがロッテと話している間、暇でしたから」
(うわ、なんか嫌味くさ……)
伽耶は心の中で唸る。
「事情を聞く限りでは、魚津の切り場は、切り場でしかなく……六さんの言う通り、元締めが必ずいるでしょう」
コマはそのまま続ける。
「阿波国はご存知ですか?」
六がうなずく。
「ええ」
「昔、一度だけそこへ行ったことがあります。そこで知り合いができまして……」
一拍置き、コマは真剣な目をした。
「その方にもお願いしてみては、と思ったのです」
「阿波国ってことは……四国? 阿波踊り?」
伽耶が混乱気味に声を上げる。
「ただ、阿波国までは半月ほどかかります。急いでいるなら聞き流してください」
「歩いて半月なら、ハクに乗れば半日もあれば着くな」
おもとがぼそりと呟く。
「半日? なんだそれ、鳥にでもなるのか?」
ロッテが怪訝そうに睨む。
「もう少しかかるかもしれません。海を挟んでいますから」
六が補足した。
「その知り合いとは、どんな方で?」
六が探る。
「少し気難しい方ですが、力になっていただければ、とても頼れると思います」
コマは穏やかに答えた。
「なるほど……さて伽耶さん、どうしますか?」
六が伽耶を見る。
「やっぱり来たか……!」
(……コマさんの知り合いなら、頼りになりそうだし、でも早く天音ちゃんのとこに戻りたいし……どうしよう)
伽耶は天を仰ぎ、小さく拳を握った。




