第四話 宿場町のざわめき
「ここは魚津の宿場町です」
六が前を向いたまま言った。
「魚津?……なんか聞いたことあるような……」
けれど記憶は曖昧で、目の前の光景にすぐ飲み込まれていく。
土の道は、荷車の車輪で削られ、轍が深く刻まれていた。道の両脇には木造の家々が軒を連ね、格子窓の奥からは米を炊く匂い、煮干しの匂い、薬草を刻む匂いが入り混じって漂ってくる。
「焼き栗だよー! ほっかほかだよ!」
「越中富山の売薬、確かに届けます!」
がなり声に思わず足を止めると、背中にどん、と誰かがぶつかってきた。
「おい、嬢ちゃん、立ち止まるな」
振り返ると、大きな荷を背負った男が眉をひそめて通り過ぎていく。謝ろうとしたのに、声が出なかった。
六が横で小さく笑った。
「初めてなら無理もありません。人の流れに合わせると歩きやすいですよ」
私は慌てて六の袖をつかんだ。
「六さん……まるで映画のセットみたい。でも、照明もスタッフもいない。本物……なの? ってか、そもそも本物って何……」
自分で口にしてから、夢と現実の境界がまた揺らぐ。
そんなとき、すれ違った小さな子どもが、まっすぐ私を見て言った。
「ねえ、どうしてそんな短い着物着てるの?」
視線は私のスカートに注がれていた。
「えっ……これは、その……制服で……」
説明になっていない。子どもは不思議そうに首をかしげ、去っていった。残された私は、人々の視線に再び刺される。やっぱり私はここでは異物だ。
茶屋の前で足が止まる。湯気と一緒に、香ばしい米の匂いが鼻をくすぐった。
「お腹がすきましたね」六が笑う。
「……はい、ちょっとだけ」
情けない答えをしながら、私はポケットの中のスマホを握った。画面は変わらず圏外。役に立たないのに、触れているだけで昨日までの自分と繋がっているような気がした。
茶屋の店先では、客が「十文」「十五文」と声をかけ、手のひらから銭を渡して握り飯を受け取っている。
六が、そっと私に囁いた。
「ほら伽耶さん、あれが先ほどお見せした銭です」
その瞬間、胸の奥で何かがずしりと重く沈んだ。
——これはもう遊びじゃない。本当に、知らない時代にいるんだ。
六は全てを説明しない。ただ、寄り添うように歩いてくれる。
私は制服のスカートを握りしめながら、再び前を向いた。
馬のいななき、子どもの笑い声、北前船から運ばれた荷を担ぐ男たちの掛け声。五感すべてを突き刺す「生の気配」に、ただただ圧倒されていた。




