第三十五話 コマの願い
「皆さんが最初に向かった祠。その少し奥にある藪の中に、その友がいるはずです」
コマは微笑みながら言った。
(え!? 祠に行ったことも知ってるの!? 野良猫情報網、やっぱ恐ろしい……)
伽耶は心の中で頭を抱える。
「その方と友になることと、我々の目的と、何の関わりがあるのですか?」
六がまっすぐ見据える。
コマは白髪を耳にかけ、淡々と答えた。
「関わりはありません。ただ――私の大切な友を、喜ばせてあげたいだけです」
「そんな無意味なことに、ワシらが時を使うのか?」
おもとが眉をしかめる。
「あら、皆さんの目的も、私には何の関わりもありませんよ?」
柔らかい声音に、わずかな鋭さが宿った。
「……確かに」
伽耶が思わず呟いた。
沈黙を破ったのは六だった。
「さて、どうしますか、伽耶さん」
「え!? なんで私!?」
「これはあなたの旅です。大事な局面は、伽耶さんに決めてもらわないと」
六は静かに告げる。
「そ、そんな無責任な!」
伽耶が声を上げると、おもとが真顔で刺した。
「うるさいのぅ。お前がおらねば、ワシらはここに来とらんぞ。腹をくくれ」
伽耶は口を噤み、しばし俯いた。
「……わかったよ。ここまで来て、やらないって選択肢はないし……」
その姿を見て、コマは柔らかく微笑む。
「では、今日はもう遅いので、明朝またお邪魔しますね」
そう言い残し、宿を後にした。
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夕餉を終えた二階の部屋。伽耶は布団に潜り、心の中でふてくされていた。
(なんか……六さんに急に突き放されたみたいで、嫌な感じ)
思い出すのは、現世の苦い記憶。仲が良かった友達に突然無視されたあの日。
(……どこに居ても私の人生って、こうなのかな)
胸の奥がじわりと冷え、伽耶は誰とも話さず眠りに落ちた。
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翌朝。
「おはようございます」
予定通り、コマが現れた。
「昨晩、居場所だけお伝えして、名前を言い忘れていました」
縁側に腰かけ、茶を手にする。
「友の名前は――ロッテといいます」
「ロッテ? ……日本人っぽくない。あだ名かな?」
伽耶が首を傾げる。
「それでは、お願いしますね」
「えっ、一緒に来ないんですか?」
「私はすでに友ですから。ここで待っていますよ」
コマの微笑みに、伽耶は思わず小声でぼやいた。
「なんか……ズルくない……」
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町外れ、鬱蒼とした藪の奥。
春だというのに冷気が漂い、草葉には白い霜がこびりついていた。
「……おそらくこの辺りですね」
六が立ち止まると、伽耶はぶるりと身を震わせた。
「伽耶さん、今回はあなたが呼んでみては?」
「えっ……」
昨夜のおもとの言葉――「腹をくくれ」が頭をよぎる。
「ロッテさーーん! いますかーー!」
伽耶が声を張った。
藪の奥から、ひやりとした声が返ってきた。
「……人間の匂い」
冷気と共に現れたのは、金髪の小柄な少女。青い瞳は敵意に満ち、足元の草を凍らせていた。
「わ、私たちは――」
伽耶が言いかけると、ロッテは一言だけ吐き捨てた。
「嫌い」
吹き荒れる冷気に伽耶は思わず後ずさる。
おもとが踏み出すが、氷の風が壁のように行く手を遮る。
「戦ってはいけませんよ」
六が制した。
ロッテは背を向け、藪へと消える。
「帰れ」
残された伽耶は呆然と声を漏らした。
「え……えぇぇ……」
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宿に戻ると、茶をすするコマが迎えた。
「どうでしたか?」
伽耶は憤然と机に突っ伏す。
「どうでしたかって聞かれても! 一言で門前払いだし、なんか冷たい風は吹くし!」
コマは苦笑し、茶を置いた。
「彼女は人間をひどく嫌っています。けれど、それは長く背負った心の傷ゆえ。どうか……諦めずに声をかけてあげてください」
「……そういうの、先に言っといてもらえます!?」
伽耶が机に額を打ち付ける。
コマはどこか楽しげに目を細めた。
「ごめんなさいね」
伽耶たちは顔を見合わせ、沈黙する。
「あの姿と妖気……やはり、異国の妖と呼ぶべきでしょうか」
六は静かに言った。
「ええ。けれど、長い時間をかけてこの国の言葉を教えました。会話はできるはずです」
コマは視線を六に合わせ、穏やかに答える。
「異国……確かに。外国の人みたいだった。お人形みたいに……すごく可愛かった」
伽耶はぽつりと呟く。
騒ぎのわりに、まだ日は高い。昼前にしては濃すぎる出来事だった。
「もう一度、行ってみる?」
ハクが肩越しにぼそりと漏らす。
「今は避けましょう。火に油を注ぐかもしれません。まずは策を練るべきです」
六は静かに言った。
(昨日はなんか、突き放された感じがしたけど……今日はいつもの六さんだ。……信じたい。でも裏切られたら……もう立ち直れないかもしれない)
伽耶は六の言葉を聞いて、胸の奥で複雑に揺れた。
「では、私はこれで。用が済んだら、また明朝お伺いします」
茶を飲み干したコマは、軽やかに立ち上がり宿を後にした。
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「いや、もうちょっと情報くれてもよくない!!」
伽耶のツッコミが、部屋に空しく響く。




