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第三十一話 赤松の番所

 山道を抜けた先、木戸と高札が並ぶ赤松の番所が見えてきた。

 行き交う旅人は皆、改めの前で腰を低くし、役人の目をうかがっている。伽耶は緊張で喉が渇いた。


(ここを越えたら……ほんとうに肥前ってとこに入るんだ)


 六は懐から折り畳んだ懐紙を取り出し、軽く撫でてから懐に戻した。上役から授かった花押入りの書き付けだ。

「さぁ、伽耶さん、もう一芝居打つ時です」

「はい!?」

 伽耶が六を見る。


 番所に近づくと、目つき鋭い改め役が声を張った。

「次!」


 六が一歩前に出て懐紙を差し出す。役人は受け取り、墨の跡を確かめると眉をひそめる。


 六に肩を抱えられて、息を荒くし苦しそうな伽耶。その様子を伺う役人。

(やばい……バレる!)

 伽耶の額からどんどん汗が流れてくる。


 やがて背後の同僚にうなずいた。

「……通せ」


 木戸がぎい、と音を立てて開く。伽耶は思わず胸に手を当てた。

(通れた……! 本当に通れたんだ……!)


 おもとがわざとらしく背伸びして笑う。

「めんどくさいのぅ」

「静かに」

 六が柔らかい口調でたしなめる。


 ハクは一言も発さず、目を細めていた。



 木戸を抜けると、道は石畳へと変わり、城下町赤松の一角が広がった。

 武家屋敷の高い塀が並び、その先に商家が軒を連ねている。


 夕刻の通りには、米俵を運ぶ人足の掛け声、魚を並べる店先の呼び声が入り混じる。

 軒先には干された布や染め物が風に揺れ、往来には荷馬が行き交って土煙をあげていた。


 伽耶は思わず足を止め、目を丸くした。

「……魚津とも、筑前の港とも、ちょっと違う。ここは……人の顔つきまで違って見える」


 六は冷静にあたりを見渡し、声を落とす。

「ここは鍋島の城下。人の出入りも多いぶん、役人の目も光っています。一挙手一投足が噂になるつもりで、気をつけてください」


 だが、おもとは通りに漂う串焼きの匂いに足を取られ、「おお!」と声をあげる。

 ハクは人混みを嫌うように眉をひそめ、肩をすくめていた。



 その時、市場の一角で声が荒れた。

「貴様!抜け荷を隠していたな!」

 役人が商人を捕らえ、縄を打ちかける。商人は必死に弁明するが、周囲は冷たい視線を投げかけ、通り過ぎるだけだった。


 伽耶は思わず足を向けかける。

「止めなくていいの? あんなの……」


「関わらぬことです」

 六が静かに遮った。

「ん?あの威張り散らしてるやつ、ぶっ飛ばせば良いのか?」

 おもとが言い放つ。

「しっ!このまままっすぐ歩きましょう」


 伽耶はなおも口を開きかけたが、六が肩に手を置いた。無言のまま睨むように制し、その視線に伽耶は口をつぐんだ。


 ざわめきの中、縄を掛けられた商人が連れ去られていく。

 伽耶は目を伏せ、胸に重いものを抱えながらも、四人は宿を探しに雑踏を進んだ。


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