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第二十七話 山越えの始まり

 山々の稜線が朝日を浴びて、黄金色に染まっていた。

 ハクの背に揺られながら、町を離れていく。振り返れば、魚津の宿場町はすでに霞むほど小さくなっていた。


 ハクが岩を蹴る度、木々を飛び越える度、伽耶は驚いて叫ぶ。


「人間のいない山の中なら、番所の心配もありませんね」

 六が風を受けながら呟く。その声は落ち着いているが、伽耶はハッとした。


「ちょ、ちょっと待って! 説子さんには今日中に戻るって言ってたよね!?」

 伽耶は慌てて叫ぶ。

「そうですね。私もこうなるとは思っていませんでした……でも、私たち妖が説子さんの宿に長居しなくても良くなったのは重畳かもしれませんね」


(……そうだけど……天音ちゃんに何も伝えられなかったな……てか、ちょうじょうって何……)

 胸の奥に小さな後悔が残る。



 山稜の続く高みへ差しかかった頃、ハクが不意に足を止めた。

 ハクはすっと低く伏せる。


「な、何?」

 伽耶は背筋を固くする。


 三人が降りたのを見届けると、ハクは人の姿へと戻った。

 風で黒い髪が舞い、鋭い眼差しで伽耶を射抜く。


「伽耶、ちょっとうるさい!」

 鋭い声が森に響く。


「ひぃっ、ごめんなさい!」

 伽耶は縮こまった。


「確かに、わらべのようにいちいち叫ぶ……」

 童のような見た目のおもとは、呆れ顔になる。


 六が穏やかに口を挟む。

「伽耶さん、ハクさんは街道を避けて走ってくれているのです。その分、妖やもののけの気配が濃い場所を通ることになります。あまり騒ぐと、余計なものを呼び寄せかねません」

 微笑を浮かべていたが、告げた内容は冷ややかだった。


「な、なお怖いんですけど……」

 伽耶の声は震えていた。


 ハクが遠くを見ながら話す。

「この先は霊峰が続くんだよ。真っ直ぐ越えると神域に入ってしまうから、出来るだけ避けながら進むね」

 そう言うとハクは九尾の狐に変化した。


 三人は再度、おもと、六、伽耶の順にハクの背中に乗る。

 すると突然、ハクは九つの尾を孔雀のようにふわりと広げ、伽耶をやわらかく包んだ。


「ひゃっ……」

 思わず声が漏れたが、その優しい心地と温かさに少し安堵する。

 ハクは、伽耶が怖じないように、衝撃で落ちないようにと九つの尾で包んだ。


「霊峰を避けるってどういう意味?」

 伽耶が六に問いかける。

「霊山とされる場所は、山そのものが神域です。無闇に妖が踏み入れば、稀に神の怒りを買ってしまうこともありますから……ハクさんは、より安全に進んでくれているようです」

「神……見たことないけど、本当にいるのかな……」

 伽耶は小さく呟いた。



 ハクは優しく伽耶の体を押さえたまま、再び走り始める。


 大地が爆ぜる音と共に、世界が裏返ったように景色が進む。

 空気の流れが速くなり、森の木々が一瞬で後方に流れ去る。


「ひぃぃぃぃ!!」

 伽耶の叫びが山にこだまする。


 だが九本の尾はしっかりと伽耶を抱え、振り落とされる不安はなかった。

 恐怖の中にも、不思議な安心感が胸に広がっていく。


 飛ぶように駆けるハク。四人は肥前国に向かって突き進む。


⸻⸻


 その頃、魚津宿場町・説子の札宿。

 「夕餉までには戻る」と言う六の言葉を聞いていた天音は、覚悟を決めようとしていた。

 「みんなが戻ってきたら、もう一度だけ話してみよう……」



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