第二十四話 社からの別れ
朝。山の空気は澄み、陽光が木々の隙間から差し込んでいた。
壊れた社の前で、六がおもととハクの手当てをしていた。
「この様子では、二人の因縁について詳しく聞くのは……難しそうですね」
六が苦笑混じりに言うと、おもととハクは一瞬だけ視線を合わせ、すぐにそっぽを向いた。
「六さん、また力を使うと……疲れちゃう……」
伽耶が心配そうに口を開く。
おもとと六は都合が悪そうに俯いたが、六はすぐに笑みを作った。
「大丈夫ですよ。昨日ほどの深手ではありませんから、力もそう多くは要りません」
「……なんか……すまなかった」
ハクが六に小さく謝った。
「……ワシもじゃ」
おもとも続ける。
空は晴れ渡り、親不知の山にも柔らかな風が吹いていた。
「さっきの肉……半分こしよう」
ハクがつぶやく。
「……そうじゃな」
おもとが応じる。
「――ああ、あの肉なら私が頂きましたよ」
六が穏やかに返した。
「!!!?」
二人はそろって固まった。
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「因縁について掘り下げるのは、今はやめておきましょう」
六が言葉を切り替える。
「ではおもとさん。なぜハクさんを選んだのですか」
「べ、別に……ただ近かったからじゃ……」
おもとがぼそぼそと答える。
「選んだって、どういう意味だい?」
ハクが眉をひそめる。
「その……強いやつを探してたからじゃ」
おもとは視線を逸らした。
「強いやつ……それで、あたしのところに?」
ハクが首を傾げる。
「そういう事です」
六が補足した。
ハクはしばし考え、ぱっと顔を上げた。
「ああ、なるほど!戦するのか!相手は人間だな!」
「違うわ!戦などではない!」
おもとが大声で遮る。
「逆です。人間を助けるために“力”を求めているのです」
六が落ち着いた声で告げる。
「はぁ?なんであたしが……」
ハクはきょとんとした顔をした。
「まぁ……色々あってな。こいつを助ける事になったんじゃ」
おもとが伽耶を指さす。
「突然すみません……」
伽耶が小さく頭を下げた。
「いまいちわからないね。その娘を助けるために、なんでわざわざあたしの所に?」
ハクの声には不信が混じっていた。
沈黙が流れる。
伽耶は(ここで“一緒に旅をしよう”なんて言っても、絶対拒絶される……なんとか誤魔化さないと……)と心で叫ぶ。
そんな時、おもとが沈黙を破る。
「つまりだな……その……手を貸せ!」
(言ったー!!)伽耶は思わず目をぎゅっと閉じた。
「嫌だよ」
ハクの答えはあっさりしていた。
「何の関わりもない人間に、どうしてあたしが手を貸す義理があるんだい」
淡々とした口調。
「封印を解いてやったんだ!少しくらい話を――」
「解いてやった?この娘のために!?じゃあこの娘がいなければ、永劫解くつもりはなかったってことかい!」
ハクが怒気を放つ。
「べ、別にそういう事ではない!」
おもとが必死に否定する。
「今までずっと放っておいたくせに……なんて都合のいいやつ! あたしはずっと……」
ハクは何かを言いかけて、ハッと黙った。
六は静かに立ち上がった。
「やはり……深い事情があるようですね。わかりました」
「六さん、どうするの?」
伽耶が不安そうに問う。
「嫌と言われては仕方がありません。魚津へ戻り、肥前への旅支度を整えましょう」
六は淡々と告げ、荷袋を背負った。
「肥前?」
ハクが六を見上げる。
「ええ。伽耶さんを現世に戻すため、私たちは強い味方を探しているのです。そのために、肥前にいるという妖へ助力を求めに行くのです」
六の眼差しは揺らがない。
「……それに今は、もう一人の娘も助けなければ……ですからあまり油を売っている暇はありません」
厳しそうに聞こえるが、六の表情は柔らかかった。
(天音ちゃん……)伽耶の脳裏に天音がよぎる。
三人は荷をまとめ、社を後にした。ハクは黙ったまま、消えかけの焚き火を見つめ続けていた。
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ようやく山を下りたのは昼を過ぎた頃。
「……すまん」
おもとがぽつりと呟いた。
「気にしないでください。仕方のないことです」
六は前を向いたまま歩き続ける。
「私の方こそ、ごめんね。おもとちゃんに無理をさせちゃって……」
伽耶は少しだけ緊張が解けたように笑った。
だがその直後、六はおもとの異変に気付き、後ろを振り向く。
「おもとさん?どうしました?」
おもとは道端にしゃがみ込んでいた。
「……悔しいのぅ……悔しいのぅ……」
おもとの目から大粒の涙がこぼれていた。
「おもとちゃん……」
いつも強気なおもとがボロボロと泣いているのを見て、どれほど深い因縁で結ばれていたのか、何となく察した伽耶。気付けば伽耶の目にも涙が浮かんでいた。
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一方その頃、親不知の社跡。
「なんで……いまさら……なんでよ……」
消えた焚き火の跡を見つめ、ハクもまた静かに泣いていた。




