第二十三話 社の夜
夜。壊れた社の前に焚き火の赤い炎が揺れていた。
ぱち、ぱちと木がはぜる音の中、四人は火を囲んでいた。
伽耶は膝を抱えて座り、顔を埋めたまま。目の前で繰り広げられた血と牙の戦いが、まだ脳裏を離れない。
おもとは丸まって、すでに寝息を立てている。
ハクは木に背を預け、目を閉じて休んでいた。
六だけが冷静に、火にくべる薪を整えている。
「伽耶さん、明日は早めに宿へ戻りましょう。腹が減ってはなんとやらですから」
六の穏やかな声が夜気に溶けた。
伽耶はうなずきもせず、ただ膝に顔を埋める。昨日からほとんど食べていない。
目の前で引き裂かれた鹿の肉を焼いて食べるなど――現世の女子高生にとっては、どうしても受け入れられるものではなかった。
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「……ああ!」
不意にハクが目を開き、声を上げた。
「ひぃ!? な、なに!?」
伽耶は飛び上がりそうになる。
「そういえば、お前たち……何しにここへ来たんだっけ」
今さらすぎる問いに、伽耶は口をぱくぱくさせる。
「実は大事な理由でここに参りました。ただ……まずはおもとさんと話をしてください。その後、仔細は私から説明いたします」
六が静かに答える。
「おもと……おもととはどんな間柄なんだい」
ハクが鋭い目を向けた。
「かいつまんで言うなれば……友です」
六は笑みを浮かべた。
「かいつままないで言うと?」
ハクは食い下がる。
六は薪を火にくべながら答えを濁した。
「それは、おもとさんが起きてから。……ただ、あなたとおもとさんの因縁をはっきりさせなければ、先には進めません」
その言葉に、ハクの表情がわずかに曇る。
「因縁なんて……くだらない……」
それ以上は何も言わなかった。
伽耶は小さく息をのむ。重い沈黙が焚き火を包んだ。
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「伽耶さん、これを」
六が布袋を差し出した。
「……これって」
伽耶は両手で受け取る。中に入っていたのは、初めて六と出会った日に手渡された香だった。
あの日の出来事が胸に蘇り、まだ数日しか経っていないのに、懐かしさと共に涙がにじむ。
「これで少しは、今夜の驚きを忘れられるでしょう」
六の声は静かだった。
(よく考えたら……他人にこんなに優しくされた事って初めてだ……)
胸が熱くなり、涙をこぼしながら香を握りしめ、伽耶は少しだけ、眠る事ができた。
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――ドン! ガラガラ……ドドン!
凄まじい音に、伽耶は飛び起きた。
「な、何!? 何が起きたの!?」
寝起きの目が一瞬にして見開かれる。
視線の先では、おもととハクがまたもや取っ組み合っていた。
「ひぃ! 六さん! 何があったの!?」
伽耶が叫ぶ。
「いやぁ……因縁というものは、大変なものです」
六は苦笑いを浮かべていた。
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――遡ること十五分ほど前。
焼け残りの鹿肉を頬張るおもとに、六が問いかけた。
「おもとさん、ハクさんとはどんな因縁があったのですか?」
「こいつが馬鹿すぎて、ついていけんかった」
おもとが答える。
「違う!お前が馬鹿!本当に馬鹿!」
ハクが言い返す。
「どう考えてもお前の判断は間違ってた。その結果、追い詰められて封印されたじゃろ。馬鹿はお前じゃ」
「間抜けな人間を噛み殺して何が悪い!あたしは悪くない!」
「ふんっ」
と鼻を鳴らし、おもとは最後の肉に手を伸ばした。
「おい!それあたしのだよ!」
ハクが怒鳴る。
「は?早いもん勝ちじゃろ」
そう言っておもとが肉を手に取ると、ハクもそれを掴んだ。
二人は肉を引っ張り合う。
「離せ……この!」
おもとが歯を食い縛る。
「お前こそ……チビのくせに食い過ぎだ!」
ハクも歯を食い縛る。
「お前の方がチビじゃろ!手を離せ!」
おもとが言い返す。
「あの!」
六が二人に話しかける。
おもととハクは六を見た。
「背丈は……お二人とも同じくらいですよ?」
六に悪気はない。冷静に答えたつもりだった。
おもととハクは一瞬ポカンとする。
「あ!でも、変化すればあたしの方が大きい!」
ハクがしたり顔で言った。
「もう許さん!」
おもとがハクを睨める。
ハクは肉を手放し、九尾の狐に変化する。
「大きさと強さは関係ない!」
おもとが肉を置き、二人のケンカが始まった。
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「という流れです」
六が苦笑いで伽耶に伝えた。
「怖い……のに……バカっぽい……」
伽耶は六にしがみつきながら、呆然と呟く。




