第二十二話 焚き火の夜
「封印を解いてやったんだ。噛みつかずに、話くらいは聞け」
おもとが鋭く言うと、二人の間の緊張はようやくほどけた。
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「久しいのう。いつぶりじゃ……」
おもとは深手を負った右腕を押さえながら話す。血が滴り落ちても、全く表情を崩さない。
「もう……どのくらい経ったか、覚えてないわ」
ハクもまた、血を流しながら淡々と答える。
沈黙の後、おもとが伽耶と六に視線を向ける。
「もう来ても良いぞ」
伽耶は六の背に隠れたまま、一歩一歩おずおずと近づいた。
伽耶が近づくにつれ、ハクの髪が白く変わり、指先の爪が刀のように伸びる。
「ひぃぃ!!」
伽耶は情けない声を上げた。
「こやつに害はない。威嚇はやめろ」
おもとがぴしゃりと制すと、ハクは無言で爪を引っ込めた。
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「何をしに来たんだい……今更」
ハクが鋭い視線を伽耶たちへ投げかける。
「まぁ待て」
おもとが割って入る。「こやつの名はハク。さっき話した昔馴染みじゃ」
「いや……何事もなかったみたいに紹介されても……」
伽耶の震えはまだ止まらない。
「私は六と申します」
六はいつもと変わらぬ声色で挨拶した。
「妖か」
ハクが目を細める。
「はい。まずは二人とも座ってください。傷の手当てをしましょう」
六は二人を座らせると、右手をハクに、左手をおもとの傷口に当て、ゆっくりと妖力を流した。温かな光がふたりの体を包む。
「癒しの力を持ってるのかい?……これはすごい」
ハクが目を見張る。
「確かに。こんな力、初めて見た」
おもとも息を呑んだ。
「あの封印……おそらく陰陽師が命を賭して施したものに見えました。ハクさんはそれほど危険視された存在だったのですか?」
六が問いかけると、伽耶は思わず顔をしかめた。
「いきなり質問が怖すぎる……」
伽耶の声はかすれる。
「人間を幾人か殺しただけ。別に危険じゃない」
ハクは淡々と告げた。
「人間を……!?危険じゃないわけなくない!?」
伽耶の心臓が跳ねる。視線が険しくなる。
「……情けない」
おもとが低く呟いた。
「なんだと?」
ハクの目が鋭く光る。
「まぁまぁ。事情があったのでしょう。まずは休みましょうか」
六が間に入る。
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手当てが終わるころには、すっかり夜になっていた。
壊れた社の前で、四人は焚き火を囲んだ。
ぱちぱちと火の粉が散る中、伽耶は膝を抱えて顔を埋めていた。
(怖い……忘れられない……あんな血……)
「この人間、なんで黙ってるんだい?」
ハクが問いかける。
「腹が減ったんじゃろ。ワシも腹が減った」
おもとがそっけなく答える。
「……あの、食欲とかは……まったくないです……」
伽耶は弱々しく呟いた。
「仕方ない。鹿でも獲ってくるか」
そう言ってハクは立ち上がると、再び九尾の狐の姿へと変わった。九つの尾が闇に広がり、山の中へ消えて行く。
「ぎゃあぁあ!!!」
伽耶は六の袖を掴み、泣き叫ぶ。
「気でも触れたか? 大声を出すと獣が逃げるぞ」
おもとは鼻をほじりながら言った。
「だ、だって……さっきの……忘れられなくて……! ケンカとか、血とか……見たことないのに……!」
伽耶は涙をこぼす。
六が静かに伽耶の肩へ手を置いた。
「伽耶さん。狼狽えるのは当然です。ですが――少しずつ慣れていきましょう」
「……はい……」
伽耶は小さく頷いた。
しばしの沈黙の後、伽耶が続ける。
「六さんは、どうしてそんなに冷静なの?」
「先日、話した通りですよ。この旅に必要なのは、"力"のみだと」
「……そうだけど……おもとちゃんの時みたいに、話し合いで解決するのかなって思ってて……」
「世迷言を。人間だって至るところで戦をしてるではないか」おもとは相変わらず鼻をほじる。
「そ……そうなの?」伽耶はポカンとした。
「伽耶さんは現世から来た身。まだわからない事ばかりです。混乱するのは仕方ありません」
六が優しい声で伽耶を庇う。その声が伽耶を少しずつ落ち着かせてくれた。
「六さんのおかげで、私、こうやって生きてられてるんだな……」
六の優しさや包容力が、伽耶にとって唯一の心の居所になっていた。
こうして少しだけ伽耶の緊張も解け始めた時。
背後でドサッと音がした。
伽耶が慌てて振り返ると、鹿を地面に投げ置いた九尾の狐が立っていた。
「うわぁあぁぁ!!!」
伽耶の解け始めた緊張感は無かった事になった。
「まったく、うるさいやつじゃ」おもとは鼻くそを飛ばす。
その鼻くそが伽耶の後頭部に当たったことに、本人は気付く由もない。




