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第二十話 おもとの因縁

 魚津宿場町を出てしばらく。三人は、街道を辿り、親不知を目指す。

 微かに潮の香り、鳥の声も遠い。


「で、因縁って何? さっきからずっと気になってるんだけど!」


 六は黙ったまま耳を傾けている。おもとは肩をすくめ、面倒くさそうに息を吐いた。


「……仕方ないのう」


⸻⸻⸻



「昔、少しの間だけ……山で共に暮らした奴がおる。狐の妖じゃ」

 おもとの声は珍しく沈んでいた。


「最初は共に狩りをしたり、雨を凌いだり……まぁ、悪くない日々だった。だがな……あやつは人間を憎み、いずれ村を襲うと決めておった」


「……村を……」伽耶が呟く。


「互いの意見がぶつかり、仲違いし始めた。結局、あやつは村を襲い、陰陽師たちに追われながら戻ってきた」


おもとは一呼吸置いて続ける。

「あれほど止めたのに……ワシは頭に血が昇ってしまってな……でも、あやつの背中には矢が何本も刺さっていて、すでに虫の息じゃった。だから……」


おもとは立ち止まる。

「次に会ったら殺すとだけ言って別れたんじゃ。しかしあやつは親不知の山中で陰陽師に倒され、封印された」



「封印ってことは……死んでないってこと? しかも人間嫌いって……」

伽耶の声は不安に揺れる。


「妖狐……ですか」六が静かに補足した。


⸻⸻⸻



「ちょっと待って! なんでそんなややこしい相手に会いに行くの!?」

 伽耶が思わず叫ぶ。


「説子のためじゃと言ったろうが」

 おもとがむすっと答える。


「理屈の上では、力を借りられる可能性はありますね」

 六は淡々としている。


「理屈の上では、力を借りられる可能性はありますね……じゃないよね! 理屈の上では、力でねじ伏せられる未来しか見えないよね!? 人間嫌いなんでしょ!?」

 伽耶が全力でツッコむ。


「ただし、親不知へ行くには市振いちぶりの宿場町を通らねばなりません」

 六の声が冷ややかに続く。

「まさか……鬼の町とか!?」

 伽耶が青ざめる。


「いえ、あそこには関所があります。通行手形が必要になります。やはり偽手形を作らなければ……」

「市振の手前で山に入るから大丈夫じゃろ」



「また山かよ……いや、また山かよ!」

 伽耶の声が森に虚しく響いた。



⸻⸻




 木々は鬱蒼と茂り、空気は冷たい。六は時折立ち止まり、周囲を確認しながら進む。

 おもとは険しい顔で黙り込み、「気が進まん」と小さく漏らした。


 やがて鳥居が見えてきた。朽ち果て、今にも倒れそうな鳥居。その奥には小さな社。そして背後に、しめ縄で封じられた岩があった。


「こやつじゃ」

 おもとが低く言った。


「……いや、ただの岩だけど?」

 伽耶が率直な感想を述べる。

「おもとちゃん、友達いない気持ちは私もわかるけどさ……さすがに岩が友達って……」


「二人は鳥居の所まで下がれ。 あと“ちゃん”はやめろ!」

 伽耶と六は鳥居の下まで下がった。



⸻⸻



 おもとは岩に巻かれたしめ縄へ歩み寄り、その縄を噛み切った。


 その瞬間――冷たい風が背骨を這い上がるように吹き抜けた。木々がざわつき、鳥居がギシギシときしむ。

 少しずつ岩に細かいヒビが走り、やがてぜるように砕け散った。


「な、何……っ」伽耶が声を上げる。


おもとは当たりを見回すが、草木が風で揺れるばかり。


「匂いがする……」

 おもとが低く呟いた。


「おもとちゃん!大丈夫!?」

伽耶がおもとの方へ駆け寄る。

 その瞬間、頭上から風を切る音。伽耶が顔を上げた時、純白の巨影が降りかかってきた。


「……え?」

 足がすくんで声も出ない。体が思うように動かないまま、伽耶の頭上に白い影が迫る。


 おもとは即座に跳び上がり、足で白い化け物を蹴り飛ばす。その隙に伽耶を庇った。



「鳥居の下にいろ、馬鹿!」

 おもとが叫ぶ。


 立ち上がったその姿は――巨大な白狐。九つの尾が広がり、大きな口から覗く鋭い牙が光る。


「あれは……九尾の狐……」六の瞳が驚愕に染まった。


 九尾の唸り声が、山を揺らす。

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