第十八話 伽耶とおもと
「策を練ってみますので、少し時間をください」
六は湯呑を置き、静かにそう告げた。
「わかった!じゃあ私たちは何すれば良い?」
伽耶の眼は輝いている。
「何も……」
六はそれ以上言わず、また書物に目を落とした。
「え……あ、そうですか……」
苦笑いする伽耶。
「待つのは退屈じゃ」
おもとが大きく伸びをする。
「んー、じゃあ町でも歩く?」
伽耶がそう提案すると、おもとは即座に頷いた。
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昼下がりの魚津宿場町。往来は旅人と町人でにぎわい、魚の匂いや炊き立ての飯の湯気が漂っていた。
「……なんか、江戸時代の時代劇の主人公になった感じ」
伽耶はきょろきょろと辺りを見回す。
「何をぶつぶつ言っておる。それより飯屋の匂いがするぞ」
おもとはすでに食べ物屋台を目ざとく見つけていた。
「さっき朝ごはん食べたばっかじゃん……」
六から渡された銭を手に、まずは蕎麦屋へ。
「ちょ、この箸ボロい! これで食べにくくない?」
伽耶は不器用に蕎麦をすする。
「ならワシが食ってやる」
「いやいや! それは私の!」
伽耶の前から蕎麦鉢をするりと奪われ、彼女は慌てて取り返した。
次は魚の塩焼き串。おもとは迷わず頭からガブリ。
「ちょっ!? 頭から食べるの!? 丸ごと!?」
伽耶が絶句する横で、おもとは涼しい顔で串を次々平らげていく。
そんな二人を町人たちはひそひそと見やる。
「なんだあの格好」「南蛮帰りか?」
制服にワンピース。だが何日も滞在しているため、すでに町の人々は「長崎帰りの客人」くらいに思っているようだった。
「ホントに大丈夫かな……」
伽耶が歩きながら突然呟く。
「なんじゃ?」
「だってさ、あんなに頭の良い六さんでも無理そうな言い方だったしさ……」
「……怖いのか?」
「いや!そりゃ怖いに決まってるじゃん!」
「お前、弓持っておるじゃろ」
「あのさ……戦うための物じゃないから……」
「は?お前の弓は飾りか?情けない」
「……それ、やめて……」
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夕暮れ。旅籠へ戻ると、説子が笑顔で迎えた。
「まぁまぁ、おもとちゃん。すっかりうちの子みたいねぇ」
説子に抱き寄せられ、おもとはむすっとしているが、まんざらでもなさそうだ。
伽耶は横目で見て、なんだかむず痒い気持ちになる。
夕餉を三人で囲み、夜、風呂を終えて部屋に戻った頃――。
「お待たせしました」
六が静かに切り出した。
「策がまとまりました」
「おおお!」伽耶が身を乗り出す。
「肥前国へ向かいます」
「ひぜん……?」伽耶が首を傾げる。
六の眼差しは鋭く光っていた。
「記憶違いで無ければそこに、“龍造寺コマ”という化け猫がいます。彼女の力を借りられるなら――状況を打開できるかもしれません」
伽耶とおもとは思わず顔を見合わせた。
「待て待て。肥前なんて遠すぎるじゃろ!」
おもとが声を荒げる。
「え?どのくらいかかるの?」
伽耶がおもとを見る。
「伽耶さんの足に合わせるとなると、一月から二月ほどかかりますね」
六が普段の声色で返す。
「ふ……ふたつきぃー?!」
伽耶が仰け反る。
「海沿いを歩いて行くのが無難ではありますが、問題があります」
「いや……これ以上の問題なんてあるの……」
六が少し怖い顔で話し始める。私たちは通行手形を持っておりません。また、身元を表す証文もないため、番所を通る事が出来ないんです」
「番所?」
「番所とは街道の要所に置いた取締り所で、通行人や荷物の監視をしている場所です」
「じゃ……じゃあどうすれば?」
「偽の通行手形を用意する他ないでしょう。しかしそれが見破られた時は……」
「見破られた時は……?」
六が黙りこくる。
「え……もう嫌な予感しかないんですけど……」




