第十六話 真実編(後編)〜第十七話 迷いの朝
六は伽耶とおもとの方を向いたまま、淡々と語り始めた。
「まず、山に入ろうとすると拒絶反応がありました。あれは結界の類でしょう」
「結界……」伽耶は思わずつぶやく。
「切場には大量の切り株がありましたが、丸太は少なかった。海辺には船着場もありましたね」
「そう言われれば……そんな気が……」伽耶が目を瞬かせる。
「伐った木は丸太に仕立て、舟でどこかへ運ばれていると考えるべきでしょう」
六は一呼吸置き、低く続けた。
「あの切り株の数――城を建てられるほどの数です」
「鬼が……城を作ってるってこと!?」
伽耶の声が上ずる。
「そうとは言っていません。ただ、それだけの規模だということです」
「さらに、小鬼が切場の世話役をしている。つまり、彼らを指揮できる存在――小鬼よりも強い妖が背後に控えている可能性がある」
六の声は淡々としているが、その冷静さがかえって重い。
「これらのすべてに確たる証拠はありません。しかしだからこそ、浅はかな考えで動くことは許されない。証拠もなく命を投げ出すのは、ただの無謀です」
伽耶は布団を握りしめたまま、何も言い返せなかった。
おもとですら、黙ったまま天井を見つめている。
六だけが冷たい眼差しで、すべてを切り捨てるように結論を下した。
――部屋の静けさが、伽耶の胸をさらに重く締め付けた。
第十七話 迷いの朝
翌朝。宿の広間は、朝餉の湯気と人々のざわめきで包まれていた。
だが伽耶たち三人の卓には、重たい沈黙だけが漂っていた。
伽耶と六はほとんど言葉を交わさず、ただ茶碗を手に取る。おもとは黙々と飯を口に運んでいる。
その時、天音が膳を抱えて通りかかった。
彼女は三人の前に差しかかると、深々と頭を下げる。
その横顔には、昨日の涙の跡がまだうっすらと残っているように見えた。けれど天音は無理に笑みを作り、他の客の席へと足を運ぶ。
伽耶は小さく息を吐いた。
……結局、自分には何もできなかった。
朝食を終えた三人は、言葉少なに二階の部屋へ戻った。
⸻
「今日はどこにも行かないの?」
窓辺に腰を下ろした伽耶が問いかける。
「……ええ。今日は体を休めましょう」
六は静かに答える。
「馬はどうするんじゃ?」
おもとが寝転がりながら言う。
「日を改めましょう」
六の声は相変わらず冷静だった。
伽耶は腕を窓縁に置き、その上に顎を乗せて外を眺めた。遠くの山の稜線――昨日の「切場」の方角を。
⸻
「伽耶さん。どうすれば良いかわからない気持ちもわかります。助けたいという気持ちも」
六が静かに切り出す。
伽耶は返事をせず、窓の外に目を向けたまま。
「でも、どうしようも出来ないんじゃろ? ならもうどうでも良いわ」
おもとが寝転がったまま、退屈そうに天井を見上げた。
しばしの沈黙が続く。
「おもとさんなら、あのまま切場へ乗り込んでいましたよね?」
六が問いかける。
「そうじゃな」
「それはなぜ?」
「それは……その……あの娘の父親を連れてくれば、説子も……喜ぶかと思ってだな……」
おもとは珍しく言い淀み、照れ隠しのように視線を逸らす。
「でもそれをやったら面倒になるんじゃろ? 聞き飽きたわ」
そっけなくそう言って六に背中を向けた。
⸻
六はしばらく黙って伽耶の背中を見つめる。
窓の外を見つめる少女の背中には、ひたすら淋しさを感じた。
六は目を閉じ、長い沈黙ののち、静かに口を開いた。
「……わかりました。策を考えましょう」
伽耶とおもとは驚いて振り返る。
「無謀ではなく、理を通した策を――」
六はまっすぐ二人を見据え、わずかに口角を上げた。




