第十五話 切場の影
天音の案内で山道へ入る。
昼間のはずなのに、木々が鬱蒼と茂り、空気はひどく重たい。鳥の声すら聞こえない。
「ここです」
四人は天音に導かれて例の山へ到着した
伽耶が少し前のめりになり様子を見る。
「うわ……」
天音の言う通り、物凄く気持ちが悪い。何も考えられなくなるような、吐き気を誘う不快感。本能的に体が拒絶する。
「なんだか気味が悪いのう」
長年、山で暮らしていたおもとですら不快感を抱く。
「これは……」
六が嫌な顔をする。
「やっぱり……私だけじゃなかったですね……」
天音は全員が自分の話を信じてくれた事に安堵しながら続ける。
「でも何故か、こうすると気持ち悪さが消えるんです」
天音は手のひらを前にかざしながら一歩踏み出す。
「……え、なんで??」
伽耶が目を丸くする。確かに、さっきまでの押し潰されるような気持ち悪さが、天音の動作に合わせると和らいでいく。
三人は、天音の背に続いて山へ足を踏み入れた
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尾根を越えると、木々の隙間から海が覗く。そこに開けた土地――「切場」があった。
足枷をつけられた男たちが小鬼に怒鳴られ、木を伐り、丸太を運ばされている。牢屋のような小屋も並び、呻き声が風に溶けていた。
「ほら! あそこ!」
天音が震える指で指し示す。
「父と同じ柄の着物を着た人が……!」
だが距離が遠すぎて、顔は確認できない。六は冷静に言う。
「この距離では、確証は持てませんね」
そう言いつつも、六の視線は切場の隅々までを鋭く探っていた。
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「……でもあれ、本当にお父さんだったら……」
伽耶の胸がざわつく。根拠はない。けれど放っておけない気がした。
「小鬼ばかりじゃろ? 一気にぶちのめしてくれば済む話じゃ」
おもとが立ち上がる。
「待ってください!」天音の瞳に一瞬希望が宿るが、六がすぐに制止する。
「駄目です。見るだけの約束です」
緊張が張り詰めた、その瞬間。小鬼の一体がこちらを振り返った。
視線がぶつかりそうになる。
「下がって!」
六が即座に声を低くし、全員を後退させた。
「待ってください! あれはお父なんです!」
天音が必死に訴える。だが六は冷たく言い放つ。
「見るだけの約束です!」
涙を浮かべながらも、天音は引きずられるようにその場を離れた。
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――その日のうちに、四人は宿場町へ戻ってきた。
「ちょっと! 出発したと思ったら……もう帰ってきたの!? 旅、早!!」
説子が目を丸くして声を張り上げる。
よく見ると、後ろに天音が立っていた。
「天音、あんた今日は畑に行ってるはずだよね」
説子は眉をひそめる。
「あ、いや……その……道でバッタリ会って……茶屋で話してたら盛り上がっちゃって……それで……」
伽耶がしどろもどろに答える。
伽耶の影に隠れるように立つ天音は、気まずそうに視線を落とした。
伽耶は慌てて「いや、ホントだって!」と手を振るが、ますます怪しく見えるだけだった。
「まったく、しょうがない子だね……。まぁいいわ。天音、こっちで飯炊きの手伝いしな!」
説子は少し怒った口調で言った。
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その夜。
切場での光景が頭に焼き付いて離れない伽耶は、布団に潜りながら六に問いかける。
「……ねえ六さん。なんで、おもとちゃんに任せなかったの?」
六はしばし沈黙したのち、静かに答える。
「――見るだけの約束でしたから……」
六の声には、どこか冷たい響きがあった。
伽耶は背筋をひやりとさせながら、布団をきゅっと握りしめた。




