第十二話 天音
翌朝。
伽耶はまだ少し筋肉痛を残しつつも、草鞋の紐をきゅっと結び、通学用バッグと弓道具を背負う。六は淡々と自分の荷袋を背に、準備を整えている。おもとは相変わらず無表情のまま、暖簾とワンピースの裾がゆらゆらと揺れる。
「では、参りましょうか」
六が静かに言う。
「いよいよ本格的な旅の始まりだね……」
伽耶は緊張で喉を鳴らした。
「またいつでも戻ってくるんだよ!」
説子は涙目になりながら三人を見つめる。
相変わらず賑やかな旅籠。説子の子ども達は後ろであくせくと働いていた。
「んで、次はどこに行くの?また山じゃないよね……」
伽耶が恐る恐る聞く。
「実は、まったくわかりません」
六が前を向きながら答える。
「……ええ?!」
「実は昨晩から行き先を考えていたのですが……まずはどこへ向かうべきか……」
ここは魚津宿場町。街道は、上りなら越後方面へ、下りなら加賀方面へ通じている。
しかし酒呑童子の足取りもわからない状況でどちらへ向かうべきか、六はその答えを探っている最中だった。
「じゃあ何故出立したのじゃ」
「これ以上、説子さんにご迷惑をかけるわけにはいきません。私たちは妖なのですから」
もしも妖が泊まっている事がバレると、説子に悪い評判がつくかもしれない。二人はすぐに察し、押し黙る。
「朝早く出た理由はもうひとつ、馬を手に入れるためです」
二人「馬?!」
「これからの旅路、荷を運んでくれる馬が必要ですから」
六は静かに笑みを浮かべながら歩く。
「良い案じゃな。腹が減ったら食える」
「食べないから!」
おもとに伽耶が怒鳴りながら、通りを抜けようとしたその時――。
「あの!」
勢いよく路地から駆け出してきたのは、伽耶より少し下くらいの年頃の娘。
肩で息をしながら三人の前に立ちふさがる。頬には涙の跡が残っている。
「皆さんの事をずっと見ていました……ただの旅人じゃないですよね……」
伽耶はぽかんと目を丸くし、六とおもとは無言で娘を見つめた。
「……えと……誰?」
伽耶が娘に向かって話すと、六が話し始める。
「説子さんの娘、天音さんですよね?」
(やっべー……こんな子、いたっけ……)
伽耶が心の中で呟く。
「説子さんには三人のお子様がおりまして……天音さんは1番下の娘さんですよ。説子さんの旅籠は家族四人で切りもりしていまして……」
六が説明する。
「あー!説子さんとこで働いてた子たちの妹ってこと?」
「はい。そうですよね?」
六が天音に確かめるように話す。
「はい。札宿の天音と申します」
「札宿?あの宿の名前?」伽耶が首を傾げる。
「兼ねてより説子さんが書いたお札には、下級の妖――餓鬼やもののけの類を近づけない効果があると有名なんですよ。それでこの辺りでは“札宿”と呼ばれているのです」
六が通常運転で淡々と説明する。
(あ!そういえば猫又山に行く時もお札もらった!)
伽耶がポンと手を叩く。
天音は恐ろしい程、存在感は薄いが、母である説子の宿で働いている。つまり、伽耶達も何度かすれ違ったりしているはずだが、その存在感の薄さから、六にしか覚えてもらえていなかった。
「天音さん、私たちに何かご用ですか?」
六が優しく天音の顔を覗く。
「泣いてたの? お母さんに怒られたとか?」
伽耶が無駄に優しく天音の顔を覗く。
「おい娘、美味い団子屋まで案内せい」
おもとはすでに腹が減っている。
「団子屋ですか?こちらです……」
天音は小さく頷き、三人を案内し始めた。
「案内しちゃうんだ!急いで何か伝えたそうなのに、団子屋さん案内しちゃうんだ!」
伽耶は混乱している。
案内している天音の背中が、何か淋しげに見える。
向かった先は茶屋。
「ここが、美味しいと評判です……」
「ありがとうございます。まずは座ってゆっくり話しましょう」
六が笑みを浮かべる。
おもと「おいじじい。団子をありったけよこせ」
「いや、お金……銭がないと買えないから!ちょっと落ち着いてよ!」
慌てて伽耶がおもとを引っ張る。
六はその様子を見て笑みを浮かべた後、天音の方を向く。
「さて、どうなさいました?」
「あの……何から話せばいいかわからないけど……私たちには、お父がいないんです」
俯きながら話す天音に六が答える。
「存じておりますよ。死別したのだと、説子さんから聞いております」
「お父は死んでなんかない!!!」
天音が突然立ち上がる。
いつの間にか団子を取り合っていた伽耶とおもとも天音を見て固まる。
「まぁ、落ち着いて座りましょう」
六が天音をなだめる。
「みんなが……お父は畑で餓鬼に喰われたって言うけど……きっと違うんです……」
「ゆっくりで構いません。事情を話してみてください」




