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「……で、さっそく何ですか……?」

 翌日、輝かんばかりの笑みを浮かべてリーランド男爵家を訪れたロイドを、マチルダは最大限の警戒を以て迎え撃った。

 だが敵もさるもの、まったく動じた様子がない。いつものごとく自分のペースを崩さず、人に命じ慣れた口調でマチルダに言った。

「手始めにデートしよう。着替えなくていいから、そのままついてきてほしい」

「デート……!?」

「恋人たるもの、当然だろう? まずは君の服をあつらえる。これからパートナーとしてあちこちに出てもらうつもりだから、その準備だな」

「……いちおう伺いますが、そのお金は……」

「もちろん私が持つ」

「…………」

 只より怖いものはない。怖い。身構えているマチルダに、ロイドは不思議そうな表情になった。

「女性は服を贈られれば喜ぶものだと思ったんだが?」

「……それはもちろん、好きな人に贈られれば嬉しいだろうと思いますが……」

「……なるほど。私のことは好きでも何でもないと」

「だから恋人『役』になったんでしょう!?」

「それはそうだが、そこまで興味がないと示されるとそれはそれで複雑だな」

(笑顔が……怖い……!)

 文句なく完璧に美しい笑顔なのだが、何を考えているのか分からないことも相まってひたすら恐ろしい。

(私をたぶらかしたところでお金なんて出てきませんよ……!?)

 侯爵様がしがない男爵令嬢をたぶらかしたところで、得るものなんて何もないだろう。たがいに恋心など抱いていないのは分かりきっているのだから、実利以外の益もない。

「では、色気のない言い方になるが、服飾代は必要経費だ。服は支給品。よそで着るなとは言わないが、売り飛ばしたりはせず、必要なときには着てほしい」

「さすがに売り飛ばしたりはしませんよ!? どんな守銭奴だと思われているんですか!?」

 お金は大事だが、そのお金も家族のためだ。家族が悲しむような振る舞いなどしない。いただいたものをよそに売るような褒められない行いなど論外だ。

「なら、問題ないな。行くか」

「くっ……」

 言いくるめられ、なんとも色気のない形で初めてのデートが始まった。


(……まあ確かに、服は必要だろうけれど……)

 マチルダもいちおう、装いには気を付けている。商売相手が貴族たちだから、隣に並んだり相手をしたりして不快にさせてしまうようなみっともない服装はできない。幸い、すぐ下の妹アリサが裁縫を得意としているから、それほどお金をかけずにそれなりに見栄えのするものを用意できる。

(私のこの、まじないの……魔女の力。妹たちは持っていないようなのよね……)

 裁縫の得意な二女も、まだ幼い三女と四女も、さらに言えば母も、マチルダのような超自然への感受性は持っていない。おそらく祖母もだ。

曾祖母譲りの、そしてさらに昔のご先祖様譲りの、少し不思議な力。その程度に捉えていたまじないの力が……まさか魔法だとは。自分たちが魔女の家系であったとは。おとぎ話にいきなり登場させられたような気分だ。

 血筋に眠る力がどれくらいの頻度で現れるものなのか、どのくらいの強さで現れるものなのか、マチルダ自身にもさっぱり分からない。書庫にはまじないについての書きつけは豊富に残っているが、血筋についてはさっぱりだ。日記のようなものもあったから根気よく紐解けば多少は見当がつくのかもしれないが。

 あまりに謎の多い……そして、過去には王国を揺るがしたこともあるという力。いつ発現するかも分からない魔女の力を、ロイドが危険視するのも無理はない。公平に考えて、そう思う。

(ロイド様がこの力を危険に思うのは分かる。だって……)

「着いたぞ」

 ロイドの声でマチルダの思考は途切れた。馬車から降りた先にあったのは、王都の中心部からは少し外れたところにある、小洒落た服飾店だった。赤い実のついた低木が生垣として整えられ、出窓に小物が飾られている。アリサの影響で少しは目端がきくマチルダは、そのちょっとした小物にも裁縫の確かな技術が使われていることや、レースのカーテンの質の良さにも気づいた。

「とりあえず既製服を着てもらうしかないが、他の者と被るのも避けたいからな。王都で人気の店はいくつもあるが、ここにあるのは一点ものばかりだ。中心部の店でないことも、服を買いに行く服がない君を連れてくるのに都合がいい」

「服を買いに行く服でなくて悪かったわね!? 妹が丹精込めて縫ってくれたものなのだけど!?」

「なるほど、素人の手製か。それにしては悪くはないがいかんせん垢抜けていない。まあ、素人が下手に流行のデザインを真似すると火傷するから賢明ではあるが」

 そう言うロイドの着こなしは文句の付け所がなく洗練されている。少し崩したシャツの襟には遊び心のある刺繍が施され、上着から靴まで一級品だ。それを嫌味なく見せ、着慣れていることが一目でわかる自然さだ。

「…………!」

 反論の言葉が見つからないマチルダを伴い、ロイドは店に入った。

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