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「――…………」

 マチルダは口を開け閉めした。言葉が出てこない。

 レーナほどではないが、マチルダも本に親しんでいる。家に書庫があるし、一般的な貴族令嬢のように華やかに買い物をしたり観劇をしたりといった遊び方ができないから、読書は時間の使い方としてかなり有用だ。

 それだけではない。マチルダのまじないは、祖先の書き残したものが土台になっている。それを自分なりにアレンジしたり自分で作り出したりしたものはあるが、ゼロから自分で始めたものではない。曾祖母もそうだし、もっと昔の先祖たちも、まじないについての手記を残している。リーランド男爵家の書庫には、そうしたものも収められているのだ。

「……おとぎ話だとばかり思っていたのですが。たとえば魔女があやしげな薬を作って世を騒がせたり……王様をたぶらかそうとしたりなど……」

「なんだ、君も聞いたことがあったのだな。もちろん作り話も混ざっているだろうが、君が挙げた二つは事実だ。もう伝聞としても薄れかけているくらい昔の話だが、魔女が人の心をあやつる薬を作って議会を掌握し、隣国との戦争を引き起こしたことがある。まじないを使って国王に近づき、寵姫になりかけたこともある」

「!?」

 マチルダは息を呑んだ。ロイドは面白くもなさそうに口の端だけで笑みを浮かべた。

「王国に仇なす、と私が言った意味が分かったか? そういうことだ。魔女は人の心を惑わす。私はそうした魔のものから王家を守る役割を爵位とともに継承したんだ」

「……監視者、って、そういう……」

「そういうことだ。まさか私の代になって魔女が世に現れるとは思ってもみなかったがな。しかも一応、末端の末端だが、貴族として」

「末端末端うるさいわね! ご丁寧に一応とまでつけて! 分かってますけれど!」

 マチルダは噛みついた。しかし頭の中は冷静だ。

 リーランド男爵の位は父方が継いできたものだ。母も男爵家の出身で貴族ではあるが、母の母は平民だった。マチルダがまじないを教わった曾祖母、母の母の母ももちろん平民だ。手記を残すくらいに学はあったし裕福ではあったが――もちろん平民基準で――、それでも貴族のように家系図が残ってなどいない。――祖先に魔女がいたとして、分からない。いたともいなかったとも、確かめようがない。

 家系図は無いが、手記はたくさんある。それこそまじないを集めたものも、家事暦の延長のようなものも。ロイドに作ったライラックの媚薬も、春の項目に、野苺のお酒の作り方の隣に載っていたものだ。媚薬としてではなく単なる恋のまじないとしてであり、マチルダなりのアレンジを加えて今回こうやって媚薬に仕上げて提供したのだが、そのあたりはどうでもいい。

(どうしよう……辻褄は合ってしまう。この人の話を否定したいけれど……私の祖先が魔女で、私が不思議な力を受け継いでいることの説明がついてしまう……)

「心当たりがあるようだな」

 黙り込んだマチルダにロイドは言った。

「……ない、とは言えませんが……でも……」

 ロイドはさらに続けた。

「そもそも君の祖先が問題の魔女であろうとなかろうと、そこが問題ではないんだ。現に君のまじないには魔法の力がある。君は現代の魔女として、人心を惑わす危険がある。問題はそれだ」

「…………」

 逃げ道を封じられ、マチルダは項垂れた。祖先は祖先だし、マチルダは何も悪いことをしていない。だが、歴史上の実例をもとに危険視されている。警戒すべき、監視すべき対象とされている。そのことをどうやっても、ひっくりかえせない。

「……そうだとして、私をどうなさるおつもりです? ……火あぶりだとか、前近代的な非道なことは許されないご時世のはずですが?」

 「かもしれない」で人を殺したら大問題だ。王様であってもそんなことは許されない。侯爵様でも同じだ。それをしたら魔女以上の危険人物だ。

 ロイドは不機嫌そうに碧眼を眇めた。

「口の減らない……。そうだな、君は『まだ』『何もしていない』んだものな? 怪しげなまじない以外には何も?」

 暗に「これからするかもしれない」「すでに怪しげなまじないをしている」と言われ、マチルダも不機嫌に応じた。

「依頼してくださった方々にはおおむね満足を頂いています。それは私と依頼主様だけの問題ですから放っておいてください。『宮廷のキューピッド』と呼ばれるくらいには評判なんですよ?」

 ロイドは首を振った。

「その評判が怖いんだ。宮廷を掌握されては敵わない。君はすでに、その片鱗を見せている」

「そんな、大げさな……」

 マチルダは否定しようとしたが、ロイドの碧眼が暗く陰っているのを見て口をつぐんだ。

「世を荒らされてはたまらない。それに私は、まじないごとが大嫌いだ」

「っ……!?」

 ひっと息を呑んでしまうくらい、暗い怒気の籠った言葉だった。敵意さえ滲んでいた。

 ロイドは一方的に宣言した。

「君には今後一切、まじないを行うことを禁止する。これは侯爵家当主としての、私の意向だ」

「そんな……!」

 一個人の意向ではあるが、国内でも有数の高位貴族の当主の意向でもある。それだけでなく、その美貌によってすでに宮廷を掌握していると言っても過言ではないとんでもない人物の意向でもある。

 太刀打ちできるはずがない。だが、

「横暴だわ!」

 マチルダは声を上げた。唯々諾々と従う性格ではない。

「うちは実入りの少ない弱小男爵家なの。父は学者だけど儲かるものではないし、母は男爵領のことを差配しながら蔵書の整理をしたり子供たちに文字や算術などを教えているし、私はそんな両親を助けたいの。妹が三人もいるから、持参金も用意しないといけないの。私の稼ぎがなくなったら困るのよ!」

「……妹が三人……? 魔女の家系は女系だと聞いていたが、その通りだったな……。持参金? 嫁入り? 魔女の血筋を、ばらまく……?」

 ロイドの顔がひきつっている。確かにそういうことになるのかもしれないが、だからといってマチルダのすることは変わらない。妹たちにも幸せになってもらわなければならない。血筋が何だ、可能性が何だ、「かもしれない」で現実に生きている人の可能性が奪われることなど、あってはならない。

 一歩も引かずに、マチルダとロイドは睨み合った。

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