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 マチルダは震え上がった。

「やめてよ、そんな! 社交界の老若男女に睨まれるのはごめんだわ!」

「まあ、彼はどの層からも人気があるものね。心臓に毛が生えていそうな図太いあなたでも、さすがに社交界全体を敵に回すのは怖いわよね」

「金づ……商売相手がいなくなっちゃうじゃないの!」

「……そっち? それに今、金づるとか言いかけなかった?」

「気のせいよ!」

 マチルダは言い切った。最近なんでもかんでも気のせいで押し通している気がするが、気のせいだ。気にしたら負けだ。

「そうよ気のせい気のせい、訳の分からない依頼を受けたのも、訳の分からない状況に陥ったのも、ロイド様が訳の分からない人だったのも、ぜんぶ気のせいよ!」

「訳の分からない人で悪かったな」

「ぎゃあ!?」

 ごく近くで美声が聞こえてマチルダは飛び上がった。

 嫌々ながらそろそろとぎこちなく振り返ると、想像通りの美貌がそこにある。

「ぎゃあとは何だ、ぎゃあとは。この私をつかまえて。それに、令嬢の上げる悲鳴としてもどうなんだ?」

「余計なお世話です!」

「あら、まあ。これはこれは、ロイド様」

 友人の窮地だというのに、レーナは呑気にロイドに礼をとっている。ロイドも鷹揚に軽く会釈を返している。

「マチルダに御用でしょうか?」

「ああ」

「それなら私は席を外しますね」

 当のマチルダを素通りして会話が進んでいく。最後にちらりとマチルダに目配せをし、レーナは部屋を出た。書庫に行くということだ。

 マチルダは目配せの意味を正しく受け取ったが、マチルダからの「行かないでほしい、一人にしないでほしい」という懇願の目配せはレーナによって完全に無視された。

「似たもの同士だな。さすが友人だ」

「レーナと!? どこがですか!?」

 薄情者め、友達なんてやめてやる、でもいつも手土産にくれるお茶もお菓子も惜しい……などと八つ当たり気味に考えていたマチルダは食って掛かった。

「私になびかないところがだ」

「…………」

 飄々と言ってのけるロイドにマチルダは半眼になった。確かにレーナは婚約者がいるし、ロイドよりも書庫の本に夢中だろう。マチルダは言わずもがな、恋はしない。

(……それにしても、何この自信? とはいえもっともで……自信過剰でないところが嫌味だわ……)

 うろんな目つきのマチルダに、ロイドはわざとらしく首を振ってみせた。気障っぽい仕草でさえいちいち絵になるのがさらに嫌味だ。

「それよりも、どうしてあなたがここにいらっしゃるんです?」

「使用人の女性がこころよく通してくれたからだな」

(マーサ……!)

 雇い主側の意向を確かめもせずに通してしまうあたり、ロイドにたぶらかされているとしか思えない。……いやマーサのことだから、そのあたりを気にしていないだけかもしれない。もうなんでもいいような気がしてきた。

 マチルダは部屋の戸をきっちりと閉め、ロイドに向き直った。ロイドはわざとらしく目を見開く。

「おや、未婚の令嬢が男性と密室で二人っきりになっていいのかな?」

「よくないに決まっているでしょう。でも、聞かせられない話をなさるのでしょう? 魔女だとか魔法だとか、訳の分からない話を」

「そうだな。今日はその話をしに来た。どうしてここにという先ほどの問いの答えは、先日の話の続きをするためだな」

(事前の連絡も無しでね……)

 完全に自分のペースで話も物事をも進めているロイドに、マチルダは言ってやった。

「いくら顔が良くて立場があってものすごい大金持ちでも、礼儀知らずはどうかと思いますよ?」

「顔よりも立場よりもお金を重く見ていそうな言い方だが、まあそこは突っ込まずにいてあげよう。言わせてもらうが、君の方は怖いもの知らずだ」

 澄ました顔で受け流し、ロイドは勝手に椅子に腰かけた。長い足を組み、話をする姿勢になる。自分だけ突っ立っているのも癪なのでマチルダも彼の向かいに腰を下ろした。

「不満で、納得がいかないという顔だな。少し時間を置いたつもりだが――まあ私が別のことで忙しかっただけだが――まだ認めるつもりはないのか?」

「私が魔女で、まじないが魔法だと? 認めるも何も、ロイド様が勝手に仰っただけのことです。自慢ではないですがリーランド男爵家は弱小も弱小なので、王国に仇なすとか言われても訳が分かりません」

 ふてくされたように言うマチルダに、ロイドはちらりと笑った。冷笑ではないが温かみもない、ちょっと背筋が寒くなるような笑みだ。美貌と相まって凄みがある。

 その瞳が、また光を帯びた。

「私のこの目は、魔のものを見通す。私の血筋によるものだ。アルバラ侯爵家はこの血を継ぎ、王国を陰ながら守ってきたのだ」

 侯爵家といえば、その上には公爵家と、それこそ王家しかない。公爵家はほとんど王家の親戚のようなものだから、臣下としての最上位は実質的に侯爵家だろう。その高い立場を利用して――あるいは、結果として高い立場を得て――アルバラ侯爵家は彼のような力を継いできたのだという。

「…………」

 マチルダは黙った。自分のまじないが気休めどころではないもので、通常では考えられないほどよく効くことも、彼の瞳が不思議な光を帯びることも、否定ができない。彼が言うような魔法だの何だという説明が正しいかは確かめようがないが、なにかただならぬことが起きていることだけは確かだと認めるしかない。

「でも、魔法なんて……そんな、確かめようのないことを持ち出されても……」

「確かめられるぞ?」

「!?」

「そうだな……君の友人のレーナ。彼女は読書家なのだろう? 彼女に確かめてみたらいい。おそらく知っているだろう」

「……何をです?」

「過去に、魔女によって王国が滅びかけた歴史があることを。魔女や魔法というものが、歴史の陰に実在していたことを」

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