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「これは本当に、君が作ったのか?」

「そうですよ!? そうでなければ、これまでのやりとりは何だったんですか!」

 まさかのところに疑いを持たれ、マチルダは思わず突っ込むように反応してしまった。本当に効くのか? と聞かれたことはあるが、本当に君が作ったのか? と聞かれたのは初めてだ。なぜそこにひっかかる。

(依頼の時といい今といい、やたらと調子を狂わされるのだけど! 美形ってそうなの!? 私が免疫ないせい……!?)

 恋はしないと決めているので、そうした目で見ずに済んではいるのだが、それだけでは済まないのだろうか。相手が絶世の美青年だと大変だ。

(平常心平常心、金袋金袋……)

「……なぜだろう、性的に見られてはいないようなのに、なぜかすごく邪な視線を感じるのだが……」

「いえいえいえ、気のせいです」

 マチルダは強引に押し切り、話も打ち切ろうとした。

「とにかく、これは私が自信を持って作ったものです。おまじないが効きますように」

「……効いてもらっては困るんだ、これが」

「はい!?」

 ロイドは溜息をついた。媚薬を前にして、恋人のことを考えている表情ではまったくない。憂鬱と不機嫌、厄介な問題ごとを前にした人の表情だ。いや、溜息をつきたいのはこちらだ。

「あのですね! いくら大金持ちの侯爵様で老若男女を虜にする美青年であらせられるといっても! お客様はお客様です! 私のおまじないに不満があるなら対応しますが、おまじない以外のところを問題にされても困りますよ!?」

「……なんだか微妙に怒りきれていないのが面白いが、問題はそこだ。きみのまじないは、まじないではない」

「はい!?」

「魔法だ」

「…………はい?」

 ぽかんとするマチルダにロイドはたたみかけるように言った。

「まじないは、いわば偽薬だ。効くことはあっても、それはそのものの効能ゆえではない。気持ちに作用したがゆえだ。それを超えて効く偽薬があるなら、もはやそれは偽薬ではなく薬……この場合、超自然の薬だ。人はそれを、魔法と呼ぶ」

「……いやいやいやいや」

 マチルダは首を横に振った。

「魔法って、おとぎ話の中に出てくるものでしょう? 実は私に魔法が使えました! なんてこと、ありえないでしょうに」

「そのありえない、がありえているのが君の媚薬だ」

 ロイドが小瓶をマチルダに見せつけるようにする。

「これが媚薬なのか、それとも違う効能を持つものなのか、私には判別がつかない。実際に使ってみる相手もいないしな」

「…………媚薬を依頼なさったのはそちらでしょうに」

 半眼になるマチルダに、悪びれずにロイドは答える。

「要は、効き目がはっきりと強いものなら何でもよかったんだ。だから最初は惚れ薬をと言った。惚れ薬や媚薬、人の恋心に作用する薬……たいがいの魔女は、その種の薬づくりが得意なものだから」

「…………魔女?」

「そうだ。君は魔女だ、マチルダ。その媚薬は魔法薬だ。私にその効能は分からないが、その薬が魔力を帯びていることは分かる。見える」

 そう言ったロイドの碧眼が、淡く光を帯びた。呼応するように、小瓶に入った薄紫の液体も淡く発光する。

(どうなっているの、これ…………!?)

 目を瞠るマチルダに、ロイドは罪を宣告するように告げた。

「これから私は君の依頼人ではなく、君の監視者だ。王国に仇なす、魔女の末裔よ」


(どうしよう……! どういうこと……!?)

 ロイドは言いたいことを言うと、「忙しいから」とさっさと帰っていった。媚薬を受け取るのが楽しみだから自ら来たのではなく、作り手たるマチルダと問答をし、薬とマチルダの両方を見定めて……確定するために来たのだ。それは魔法薬であると。マチルダは魔女であると。

(…………いやいや本当に、どういうこと…………!?)

 頭の中は大混乱だ。単に言われただけなら疑うなり受け流すなりできたのだが、マチルダは見てしまった。彼の瞳が、自分の薬が、不思議な光を帯びるところを。その事実が現実をつきつけてマチルダを動揺させる。何か、ただならぬことが起きていると。

(私が魔女ってどういうこと!? 監視者って何!? 王国に仇なすって……心当たりがなさすぎるのだけど!)

「……今日は、いつもにもまして百面相ね」

「レーナ!」

 頭の中がいっぱいいっぱいで、目の前のお客様のことをすっかり忘れていた。いつものようにレーナが手土産を持って遊びに来てくれて、それが日常の象徴のように思えて、上の空ながら客間に通してマーサにお茶を用意してもらったところだったのだ。

「ごめんなさい、ちょっと……すごく……、気にかかることがあって……」

「そのようね」

 レーナは手元に視線を落とした。開かれて読み進められた本が膝の上に置かれている。どうやらマチルダが色々と思い返して色々と表情を変えていた間、読書をしていたようだ。お茶の減り具合を見ても、結構な間ぼうっとしてしまっていたらしい。

(いけない! レーナにも失礼だし、日常を取り戻さなければ! 魔法だとか魔女だとかロイド様だとか、考えるのは後で!)

「それで、ロイド様のことだけど」

「レーナ!?」

 速攻で蒸し返されてマチルダはお茶にむせた。

「依頼に来たのって彼だったのね。書庫にいたらマーサさんが興奮気味に独り言を言っていたのが聞こえたわ」

(マーサ……!)

 だからこの家は、内密の依頼には向かないのだ。依頼の内容はマチルダが厳守するが、依頼をしたことくらいは外に漏れても構わない、そのくらいの気持ちの人がリーランド男爵邸に依頼の相談をしに来る。

 まったく本当に、とんだ珍客だ。事前連絡なしで訪ねてきたと思ったら、特大の爆弾を落として去っていった。

 ロイドのことを考えると、頭が痛い。

「……恋煩いというわけではなさそうね」

「レーナ!?」

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