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 人の気持ちや行いを変えさせるようなものは作れない、とマチルダはロイドに言った。

 作れない。作ることができない、ではなく、作ってはいけない。……作ることは、できる。できてしまう。

 そんなことをしてはいけない。

 だからマチルダは、恋をしてはいけない。

 カトリンの心に、恋心に触れて……正気づかせようとするマチルダは、本当に……彼女の心を変えようとしていないと言えるのだろうか? カーティスへの……あるいはロイドへの思いゆえに彼女を疎んじる気持ちがないと……本当に言えるのだろうか?

(駄目、できない……人の心に触れることを、してはならない……)

「……なるほどな」

 項垂れたマチルダに、ロイドが静かな声をかけた。

「今から君に、まじないをかける」

「……?」

 少し顔を上げたマチルダに、ロイドは……額にそっとキスを落とした。

「…………!?!?!?」

 赤くなって口をぱくぱくさせるマチルダに、ロイドは諭すように言った。

「君は確かに間違えたのかもしれない。だが人間は誰だって間違うものだ。君の場合はできることが大きすぎたから問題も大きかったが、だからといって自分に枷をかけてしまうなど、そんな重荷を負わなくていい」

「でも……! そういうわけにはいかないの……!」

「大丈夫だ、その時は大おばあさまが止めてくださったのだろう? 君が間違いそうになったら、今度は私が止めてあげよう。だから、私に恋をすればいい」

「…………!?!?!?!? 思わせぶりな態度はやめて! ずっとそんな態度で……からかっているの!?」

「思わせぶり、な」

 ロイドは苦笑した。

「今から君に懺悔をするのだが、私は君を落とそうとしていた。甘い言葉をかけて思い通りにしようとしていた。そうすれば監視をしやすくなるし、私の言うことを聞いてくれれば魔女の血族の手綱も取りやすくなると思った」

「!?!?!?」

 確かに、絶対に何かの意図があるとは思った。だがそれは……乙女の純情をもてあそびすぎではないだろうか。わりと最低だと思う。なのに、そんな彼のことが……嫌えない。

「ほらな、私だって罪深いし、間違える。君ばかりが間違えることを過剰に恐れなくていいんだ」

 ロイドはまっすぐにマチルダの目を見て言った。

「私は君が好きになった。落とすつもりだったのに、君と話したりするのが楽しかった。君の初恋の人がどんな人なのか気になってここに来ようと思ったりもした」

 そこで言葉を切り、

「だから君も私に、恋をしないか? 間違いそうになったらお互いに止め合える、そんな関係にならないか? 大丈夫だ、私は魔にあるていど耐性があるから、君にまじないをかけられても意思を完全になくしたりはしない」

 間違わない、ではなく、間違いそうになったら止め合う……その言葉はマチルダの心の中にすとんと落ち着いた。

 そして――記憶の蓋が完全に開いた。

『…………かわいいマチルダ、ばあばがおまじないをしてあげるからね。ばあばの代わりに、あなたが間違いそうになったら止めてくれる……そんな関係になれる、本当に愛する人に出会えますように……』

 厳しくマチルダを戒めて叱った後で、曾祖母はマチルダに優しくまじないをかけてくれたのだ。

 優しい魔法、魔女のおまじないだ。叶ったその時に、ようやく思い出した……

 マチルダの目から涙があふれた。

「泣いている場合ではないぞ」

 口では戒めながらもロイドは優しく涙をぬぐってくれた。

 だから向き合える。

 動きを止められていたカトリンが、睦まじい二人の様子を目にしたからだろう、異様な力で戒めを解き、とびかかってきた。

 ロイドがそれを押しとどめ、マチルダを見る。信頼を込めた視線に頷き返し、マチルダは手を伸ばしてカトリンに触れた。

(人の心を変えるまじない……そうではなく、人の心に触れて……魔だけを追い返す、それができるはず……!)

 恣意的に人の心を変えてしまうのではなく、魔に侵された心を取り戻す、そのことだけに注力する。

 彼女に触れたときに再び襲ってきた違和感、それを手繰り、まじないをかける時のように力を込めた。

(分かるわ……恋は苦しいし、人を狂わせる。でも……あなたにも、あなたを理解してくれる人がきっといるはずだから……)

 カトリンの帯びていた光が弱まっていき、揺らいでいた姿が定まっていく。表情もそれこそ憑き物が落ちたかのようにもとに戻っていく。

「……わたくし、いったい……?」

 そんなカトリンにカーティスが心配そうに駆け寄っていく。ロイドの気を引くためにカトリンに利用されていたらしい彼だが、彼の方には情があったのかもしれない。

 彼が彼女の理解者になるのか、それは分からない。マチルダに分かるのは、今ようやく、マチルダのカーティスへの初恋に片がついたということだけだ。

 ふっきれた表情のマチルダにロイドもふっと表情を緩めた。

「恋人契約を、契約でなくしたいのだが。それだけでなく、監視者もやめだ。協力者にならないか? 君がいれば魔に侵された者を苦しめずに救うことができる。……手当てもしっかり出そう」

 それは、願ってもないことだ。この力を役立てられる。……彼の傍で。

「受けるわ、お金のためだけでなく。……でもいいの? まじないは嫌いだったのでしょう?」

 ロイドは微笑んだ。心からの笑みだった。

「嫌いじゃなくなった。君にまじないをかけられたからかな」


――それはきっと、恋の魔法。

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