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「どうしたのマーサ、そんなに慌てて。お客様がいらっしゃるのだから、まずはノックをしてほしいのだけど」

 マーサは恰幅がよく気のいい女性で、家の中のことをてきぱきとこなしてくれて非常に頼りになるのだが、貴族の家の使用人らしくはない。とはいえリーランド男爵家も貴族らしくはないのでお互い様というか、お互いちょうどよくおさまっている。

 そのマーサはいかにも市井の婦人といった感じで、お喋り好き、噂好き、実際的、ちょっとそそっかしいところがあるような……典型的な「おかみさん」だ。

 こちらは典型的な貴族令嬢であるレーナは、そんなマーサのことを興味深げに眺めている。お茶会に乱入されたことを怒るでもなく、普段あまり接することのないタイプの人が物珍しいといった感じだ。気を悪くしていないことがマチルダにとってはありがたいが、言うまでもなく失礼だ。

 マーサははっとした。

「すみません、お客様。……お客様です!」

「…………ええと?」

「お嬢様に、たいへんなお客様がいらっしゃっているのです!」

「なるほど……そういう意味ね」

 マチルダはこめかみを押さえた。レーナは笑い出した。

「私は邪魔みたいだから、出ているわ」

 マチルダは慌てて引き留めた。

「それは悪いわ! それに、私は誰も招いていないのだもの。先客のレーナを優先するわよ!」

 お茶やお菓子もいただいているし、ということは口に出していないが、レーナは察していそうだ。

「いいのよ。その代わり、書庫に入らせてもらうわよ。かえってありがたいわ」

「……それって、私とのおしゃべりよりも読書の方が楽しいっていうこと?」

 マチルダのじとっとした眼差しにレーナは肩をすくめた。

「お互い様でしょう。あなただって私よりもお金の方が好きでしょう? お客様のことも、儲け話かもしれないわよ?」

「!」

 目をきらっと光らせ、しかし我に返って取り繕う。そんなマチルダを面白そうに眺め、「もちろんあなたとのおしゃべりも楽しかったわよ」と言い置いてレーナは部屋を出て行った。

 リーランドは貧乏男爵家だから流行りの本などは買えないが、祖先が残したものや、父の学術書などが書庫に収められている。レーナはそれを目当てにこの家に来ているふしがあるのだが、お茶とお菓子に釣られて文句は封じられている。本好きで裕福なレーナは本を傷めたり売り飛ばしたりすることはないから信頼しているし、別にそれはいいのだが。

 なんだかしてやられたような気がするマチルダは、気を取り直してマーサに声をかけた。

「そもそもお客様って誰? 今日はレーナ以外と約束をしていないし、約束なしで私を訪ねてくるような人の当てなんてないのだけれど……」

 マチルダはまじない師として、「宮廷のキューピッド」などと呼ばれたりもしながら、宮廷人からちょっとした依頼を受けている。客層が貴族階級で、いちおうマチルダも貴族のはしくれなので、約束なしに不躾に訪問を受けるようなことは珍しい。依頼の内容も恋など内密の話が多いので、喫茶店の個室を借り上げて――もちろん費用は依頼人持ちで――話をすることも多い。

 マーサは興奮してまくしたてた。

「それが、ロイド様なんです! 麗しすぎて、あたしゃもう目が潰れるかと思いましたよ!」

 マチルダはぎょっとして目を剥いた。

「ロイド様って……あのロイド様!? 若くしてアルバラ侯爵位をお継ぎになった貴公子、社交界きっての美青年の……!?」

「ほかにどのロイド様がいらっしゃるっていうんですか! お嬢様も隅に置けませんねえ! 年頃なのに小金稼ぎにあくせくして、浮いた話の一つもないと思ったら!」

「……マーサ、私のことをそんな風に思っていたの?」

 マチルダは半眼になった。マーサは目を泳がせ、「とにかく連れてまいります!」と逃げるように部屋を出て行った。

 マーサの認識については後日じっくりと問い詰めることにして、今はそんなことを考えている場合ではない。

(嘘でしょう……!?)

 齢二十三の若すぎる青年侯爵。未婚の貴公子である彼は老若男女問わず魅了する美貌の持ち主で、社交界の花形だ。当然マチルダと接点はない。

 いや、ないことはないのだが……彼にふりむいてもらえるまじないを頼まれて請け負ったことが数えきれないくらいある。もちろん成就したものはないのだが、マチルダはあらかじめそのことについては説明している。恋をうまくいくようにするまじないというものがあるにはあるが、それは偶然の接点を増やしたり、自身の魅力を際立たせたり、そうした間接的なものだ。相手の気持ちや行動を変えることはできない。そうしたことを丁寧に説明した結果、相談者の魅力が増して良縁に恵まれたり、声をかけてもらえたて嬉しかったと言ってもらえたり、おおむね満足を得ている。

 マチルダと彼の接点といえば、そのくらいのあるかなきかの間接的なものだ。こちらはもちろん彼の顔を知ってはいるが、知られているかというとかなり怪しい。その程度のものだ。

 だから今回、不意の訪問にかなり驚いていたりする。

(……知られてはいたみたいだけど。ううん、人違い? ……まさか私のまじないを咎めに来るとか……!?)

 分からないが、マーサの言う、麗しすぎて目が潰れそうでロイドを名乗るお客様を、とにかくも迎えなければならない。

 どういう顔をしていいか分からないでいるマチルダの待つ部屋へ、マーサが客人を連れてきた。

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