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(まじないも使う人次第……それはそう。物心つく頃に、私は曾祖母に教わった……)
幼い頃のおぼろげな記憶だが、まじないのことを色々と教わったのだと思う。だがいかんせん幼かったのであまり覚えていないし理解もしていなかった。のちに文字が読めるようになってから、曾祖母や、さらにその祖先が書き残したものを読んで記憶を補完している。
その曾祖母から、一つだけ、厳しく教えられたことがある。
(それは……)
「そういえば、君はどうしてそんなにお金に執着するんだ?」
ロイドの声がマチルダの回想を遮った。マチルダは瞬いて答えた。
「お金があれば……できることが増えますから」
貧乏男爵家のリーランド家では他の貴族のように華やかに着飾って出かけたりすることが少ない。そのことがマチルダはたいして気にならなかったが、すぐ下の妹のアリサは泣いた。「どうしてうちにはきれいなドレスがないの、着られないの」と。
お金があれば妹たちのしたいこともさせてあげられる。生活も楽になる。ごく幼い頃からそれを実感してしまったせいで、それに加えてまじないの才というお金を稼ぐ手段をも持ち合わせていたせいで、マチルダはこうなった。別にこのことを卑下したり得意に思ったりすることはないが、いまさら変えられるものでもない。
ちなみに、ドレスがないと泣いていた妹は自分で作るようになった。姉妹そろってしたたかに育ったものだ。
そういったことを簡単に話すと、ロイドは何とも言い難い表情になった。
「……それは……何というか、すごいな……。貴族であれば、今あるお金をどうやって増やそうかと考えるものだが、そもそも元手になるお金がなかった、と」
「平民はこういうものですよ」
「君はいちおう貴族だろう」
間髪入れずに返したあと、ロイドは息をついて表情を緩めた。
「なんとなく分かってきたと思う。君のことが。根っからの平民気質なんだな」
「……分かってくださってありがとうございます……?」
なぜだろう、素直に喜べない。その通りではあるのだが。
「ここの活気を見ていても分かる。みんな地に足をつけて生きている感じがする」
豊漁を祝っているのは、漁師や商人や、この港町で生きる町人たちだ。みなそれぞれ懸命に生きている。貴族はそんなことを気にしたりしないものだが、ロイドは真剣な、どこか眩しげな眼差しで人々を見ている。
(…………悪い人ではない、というか、けっこう柔軟でいい人なのでは……? 責任感も強いようだし……)
いくら王国の忠臣とはいえ、魔女など訳の分からないものから王家や国を代々守ってきたというのは、貧乏籤に近いところがあるのではないか。引き換えに地位や名誉があるのだろうが、今回のマチルダのことも、彼が何も言わなければ発覚しなかったはずだ。気づかなかったふりを決め込んで貰うものだけ貰っておくこともできたのでは、と考えるのはずるすぎるだろうか。
(貴族の義務とか、矜持とか……そういうものもありそう)
彼は根っからの貴族なのだ。だけど、相容れないとまでは思わない。彼は彼で筋の通った考え方をしているし、悪い人ではない。
そんなロイドが苦笑して言った。
「……しかし困ったな、君のそういうところが可愛い」
「悪い人ではなくて悪い男だとか、そういことですか!?」
「……いきなり何だ?」
心の声が出てしまい、ロイドが怪訝そうな声を出した。だがこういう反応になっても仕方ないと思う。そちらこそ、いきなり何を言い出すのか。
「いや本当に、困っている。君が意外すぎるほどいい子だから、心が揺らいでいる。惑わされそうだ」
「お気を確かに!?」
「……それはこういう場面で使う表現ではないと思うのだが……」
ロイドの苦笑が深まった。そんな表情であっても、いちいち絵になる。
(困っているのは……こちらも同じよ!?)
妙に甘く接してきたり、かと思えば自然体でからかってきたり、いろいろと揺さぶられている。社交界では彼の洗練されすぎたエスコートが心地よくさえ感じてしまって怖いし、かと思えば今日のようにマチルダにいろいろと任せてくれることもある。何でもかんでも主導権を握ろうとしない、自然体で肩の力の抜けた鷹揚さは彼の余裕によるものなのだろう。
しかもこんな、意味深なことを言ってきたりもする。真に受けたりはしないが……少しだけ、彼の本音を感じ取れないこともない。
(でも……駄目)
マチルダは恋をしないと決めている。
恋をすることを、自分に許さないと決めている。