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「おい、もしかして……」
ロイドはマチルダに視線を据え、声を低めた。
「話し相手の女性に、まじないをしたのか?」
「そっち!? …………あ」
口が滑り、ぽろりと余計な言葉が零れた。そういえばロイドはマチルダのまじないが――魔法の力が――見えるのだった。さらに力を籠めれば瞳が淡く光り、まじないも光を纏うはずだが、さすがに人目のあるところではそんなふうにはしていない。
普段の彼がどのくらいまじないの効果が見えているのか、力を入れずとも見えるものなのか、気にはなったが尋ねている場合ではない。彼が笑顔のままひんやりとした怒気を滲ませはじめた。
「そっち、とはどういう意味だろうか。他にまだ何か隠し事があるんだな? 勝手にまじないをしたことについては後でゆっくり問い詰めさせてもらうことにして、まずはそちらについて聞こうか?」
(うわあああしまったあああ…………!)
マチルダはだらだらと冷や汗を流した。背中が開いているドレスでなくて本当に良かった。
じりじりと無言の攻防を繰り広げ、押し出されるように無人のバルコニーに追い詰められ、柱に手をついたロイドの腕の中に閉じ込められるような体勢で迫力のある甘い笑みを向けられ、とうとうマチルダは白旗を上げた。
一通りのことを白状させられ、ぐったりとしたマチルダは呻いた。
(どうしてこんな体勢で別の男性への初恋話を白状する羽目になっているの……)
目の前にいるのが今彼でもなければ、従兄は元彼でもない。どうしてこんな縺れたことになっているのか。
そもそも、従兄への初恋は苦い思い出だ。若気の至りと言うには若すぎるというか幼すぎるが、マチルダは彼に対してとんでもない失敗をしでかした。その戒めで、マチルダは誰にも恋をしないと決めている。
その初恋の頃はマチルダにまじないを教えてくれた曾祖母も存命だったが、その後しばらくして亡くなってしまった。老衰で、天寿を全うした穏やかな亡くなり方だったが、それでも悲しい記憶として染みついている。幼かったこともあって記憶が色々とおぼろげなのだが、従兄への失恋と曾祖母の逝去は強烈だった。
幼いマチルダの一方的な片思いだったため、カーティスは何も知らないのが不幸中の幸いだ。……こうして今、ロイドに知られてしまったのだが。
「………………ふうん」
マチルダを追い詰めて問い詰めておきながら、ロイドは面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
「私よりもああいう男がいいのか?」
「小さい頃の話ですってば! どうしてそこで張り合うんです!?」
軽口を叩き合いながらマチルダは気づいた。ロイドの眉が不可解そうに少し寄せられている。広間のカーティスたちの方へ視線を流しながら、何やら腑に落ちない様子になっている。
別にマチルダの男の趣味を疑われているわけではないだろう。どうも納得できないといったロイドの様子に、マチルダは少しだけ首を傾げた。
その場ではそれだけで終わったが、後日ロイドはマチルダが勝手にまじないをしたことをきっちりと咎めた。
だが、契約違反ではない。対価を頂いていないのだから。もちろん彼が何を考えてマチルダにまじないを禁じたのかは理解しているし、今度のことが彼の意向にそむくものだとはマチルダも承知しているが、こちらにも言い分がある。
「今はロイド様が恋人役として私を雇ってくださっていますが、いつまでもこの状態が続くとはとても思えません。私はまじないを売る基盤を失うわけにはいかないし、先祖から受け継いだものを役立てたいし、お金以外にも大切なものがあるんです」
マチルダの主張に、ロイドは腑に落ちないといった様子だ。
そこへ、侯爵家の使用人が絶妙なタイミングでお茶を運んできた。
「ああ、ありがとう。そこへ置いてくれ」
所作も完璧、茶器の選び方にも工夫が見て取れ、もちろん部屋の気配りも完璧。思わずマチルダは言った。
「さすがは侯爵家ですね。使用人の方も行き届いていて」
「そうだろう。代々仕えてくれている者も多いし、教育もしっかりとしている」
「そう、それです。そういうことなんです。彼らは誇りを持って侯爵家で働いている……賃金は大事だけど賃金のためばかりでなく、そうやって前を向いて生きているんです。人を使う側のロイド様にはぴんと来ないのかもしれませんが」
「……そういうものか」
ロイドは少し考える顔になり、しかしすぐに元の調子を取り戻した。
「まあ、君の考えも少しは分かった。だが、普通はこういう状況になったら、私を籠絡しようと動くものではないか? 金貨一枚どころでなく美味しい思いができると思わないか?」
「…………ロイド様の周りの方と一緒にしないでほしいのですが」
お金や地位目当てで彼に近づく女性は多いだろう。ロイドはそうした経験のもとで価値観を育ててきたのだろうし、貴族らしい考えだとは思う。
だがいかんせん、マチルダは小市民なのだ。自分の足で立っていたい。
マチルダとの価値観の相違について考えあぐねているらしいロイドだったが、ややあって口を開いた。