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ロイドによって「対価を得てまじないを行う行為」を禁止されてしまったマチルダではあるが、皮肉なことにマチルダのまじないを求める人は増える一方だ。
どうやらマチルダがロイドの恋人になった――ふりであることはまだ余所にばれていないので、そう見える――ことによって、マチルダのまじないの効力が証明されたような形になっているらしい。あのロイド様の恋人になれるなんてさすがは「宮廷のキューピッド」だと。もちろんこれはまじないの結果でも何でもなくて、互いがなんとか折り合いをつけた結果でしかないのだが。
そもそも、ロイドがまじないを売るなと権高に高圧的に命じたところで、まじないの需要がなくなるはずもない。人の望みがある限り、ままならない状況がある限り、まじないは求められ続ける。
(それに、私だってまじないから離れるわけにはいかないのだし……)
恋人のふり契約が――どちらかの申し出がない限り――無期限だとはいっても、本当に無期限で続くわけがない。いつまでもこんな状況が続くわけがないのだから、あっさり切られた時にマチルダのまじないが人々に忘れ去られていては困るのだ。
なぜかロイドは恋人のふりと言いつつやけに甘く接してくるし、ドレスもお菓子も目が回るくらい贈ってくれるのだが、ほだされてなるものか。まじないによって対価を得る行為を馬鹿にされたことを忘れはしない。
そんなわけで、今日もマチルダはまじないの相談を受けている。
「……でも、本当にいいんですか? お代をお受け取りにならないなんて……」
相談を持ち掛けてきた令嬢が困惑したように言う。マチルダは頷いた。
「お得意様へ、今だけのサービスと思っていただければ。その代わり、いつものようにきめ細かな対応はできません。そこをご了承くださるなら」
ロイドはあれからマチルダをお茶会や夜会などに伴うようになった。ドレスをオーダーメイドで作るだけでも疲労困憊だったし、マナーや教養や貴族の人間関係などを詰め込んだりしていると、まじないの素材を集めたりする時間が取れない。過去のものを切り崩して使ったり、簡易的なものになったりせざるを得ない。個人個人に合わせた細かい対応をしていられない。
だが、令嬢はほっとしたように頷いた。
「そういうことでしたら。それでも効果は疑っておりませんわ。何といってもマチルダ様は、あのロイド様を射止められたのですから」
「あ、あはは……」
マチルダは笑ってごまかした。まじないで縁ができたというところだけを見れば大きく外れてもいない。良縁というよりも悪縁のたぐいではあるし、まじないが叶ったのではなく目をつけられたという内実はとても話せないが。
「では、これを。あなたと思い人が上手くいきますように」
髪飾りにまじないをかけ、令嬢に返す。髪に差すと、令嬢はほんのりと頬を染めて微笑んだ。
「ありがとうございます。他ならぬマチルダ様のおまじないですもの、二重に安心ですわ。きっと効きますわね」
(ん? ……んんん?)
なんだか引っかかる気がしてマチルダは内心で眉を寄せた。二重にというのがどういう意味なのか分からなかったのと、もう一つ、どこがどうとは言えないが引っかかるところがあったのだ。
その違和感の正体を掴めないでいるうちに、令嬢は「ごきげんよう」と去っていった。
その違和感の一方は、早々に解決した。
ロイドと共に出席した夜会で、令嬢の思い人らしき人を見つけたのだ。彼女が頬を染めて話しかけていた相手は……
(……もしかして、カーティス兄様!?)
マチルダの父方の従兄、カーティスだった。久しぶりに見かけた彼は穏やかさが増し、いかにも優しげな好青年だ。結婚したという話は聞かないから、まだ独身のはずだ。令嬢が思いを寄せている相手は彼だったのだ。
(なるほど、だから「二重に」ね……)
マチルダのまじないの効果を信じてくれているというのが一つ。思い人の血縁だからというのがもう一つ。そういうわけだったのだ。
「……どうかしたか?」
二人のことに気を取られ過ぎていたらしい。ロイドが見とがめて声をかけた。
夜会の少し抑えられた照明のもとで見る彼も、相も変わらず美しい。華美ではなくオーソドックスな格好をしているのに、その造形の完璧さが際立っている。睫毛や鼻筋の影の濃さが絶対におかしい。
かく言うマチルダも、彼の見立てたドレスや侯爵家の侍女の化粧のおかげで見違えるほど化けている。奔放にうねっていたチョコレート色の髪は上品に纏められて飾り櫛で引き立てられ、裾を引くドレスの色合いと調和して、ロイドの隣に立っても逃げ出したくならないくらいにはなっている。並び立つなど無理だし、引き立て役になっている感は否めないが、とりあえず何とか立っていられてはいる。
「いえ……従兄がいたので」
まじないの依頼主がいたので、とは言えない。
「なるほどな、血縁者か。挨拶してくるか?」
「いえ、大丈夫です。お邪魔のようですし」
特に関係が良くも悪くもない相手なので、気を遣って挨拶に行くようなこともしない。近くを通りかかって互いに気づいたら会釈して立ち話を交わすかもしれない、くらいの間柄だ。
「そうか……」
ロイドはなおもこちらを見ている。
(まさか……何か感づかれた……!?)
カーティスは……マチルダの、初恋の相手なのだ。