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(次は一体、何が待ち受けているのだろう……)

 普通の貴族令嬢なら心躍る楽しい買い物の時間だったのだろうが、マチルダはすでにいっぱいいっぱいだ。非日常すぎて経験がなさすぎて、しかも隣にいるのが心の底の読めない相手だ。気疲れすることこの上ない。

 恐々としていたが、連れて行かれた先は甘味の店だった。店構えは上等だが、こうした飲食店であればまじないの依頼を受けるときに利用することもある。まだなじみのある空間だ。

 だがいかんせん、ロイドの意図が読めない。

「あの、ここにどういったご用事が? 甘いものがお好きなのですか?」

「嫌いではない。だが私はたいていのものは嫌いではない。だいたい何を出されても笑顔で食べられるからな」

「……そうですか……」

 それはもはや嫌いなのではないだろうか。なんだか高位貴族の闇を見た気がしてマチルダは追及を控えた。彼の笑顔が笑顔に見えないことがある理由が少し分かった気がする。笑顔は快を表すものではなく、単なる鎧なのだ。本心を見せないための。……利用されないための。

 突っ込みかねているマチルダをよそに、ロイドは店員と軽くやり取りを交わして眺めのいい窓辺の席を取った。ごく自然にマチルダをエスコートしてくれる。

「ありがとう、ございます……?」

「それはいいが、なぜ疑問形なんだ?」

 ぎこちなくお礼を言うと、ロイドは少し笑った。嫌味のない、これは作っていない笑みだ。

 だがその笑みもすぐに本心の見えないものに変わった。

「買い物は疲れるものだからな。ここで休憩していこう。何でも、いくらでも好きなものを頼んでいいぞ」

「え!」

 心が浮き立ったが、すぐに我に返る。

(只より怖いものはない……)

 だがマチルダは、その後すぐに、さらに恐ろしいものの片鱗を味わった。

 ロイドが、飛び切りの甘い笑みを浮かべたのだ。

 きゃあっと周りから黄色い悲鳴が上がる。マチルダに向けられた笑みだが、破壊力が充分過ぎて周りを巻き込んでいる。客だけでなく店員も釘付けにされている。からんと音を立ててメニュー表が店員の手から滑り落ちた。

「…………!?!?」

「何を固まっているんだ? 私たちは恋人同士だろう?」

「え……えっと……そうです、ね……??」

 マチルダは引きつった笑みを返した。色気も、女子力さえもロイドの笑みに遠く及ばない。

(無理無理無理、ふりだとは言っても…………!)

 気分は蛇に睨まれた蛙である。食べられてしまいそうだ。本来の意味で。

「君は恥ずかしがり屋だな。手始めにこういうところに連れてきておいてよかった。これから慣れていってほしい。恋人としての振る舞いをな?」

「…………!!」

 マチルダは真っ赤になって口をぱくぱくと動かした。言葉が出てこない。絶世の美青年が色気を駄々洩れにするとどういうことになるか、身に染みて分かった。これは無理だ、色々な意味で無理だ。

 恋をしないと決めているマチルダだからこそ目をハートにしないでいられるが、こんなふうに迫られたらころっと落ちる人は多いだろう。老若男女問わず。

「………分かったわ! 慣れればいいんでしょう慣れれば!? メニューをちょうだい! 食べないとやっていられないわ!」

「…………新鮮な開き直り方だな。酒を持ってこいみたいな調子で言われても反応に困るんだが……」

 マチルダの精神安定剤は一にお金、二にお金だ。目の前にあるとなおよろしい。だが、甘味であっても目の前にあってくれればありがたい。この胸焼けしそうな笑顔から気を逸らすためにも、思い切り甘いもので中和させたい。……相乗効果で逆効果になりそうな気がしなくもないが。

 まじないの依頼を受けるときに依頼人持ちで軽く食べることはあるが、遠慮なく頼む経験などないし、没頭して食べることもしない。だが今こそ、そういう時だ。やけ酒ならぬやけ食いをしてやる。

「この、桃とメロンのタルト。それとカスタードの糖蜜パイ。キャラメルのプリンと、季節のハーブティーを」

 ロイドの笑みが少し固まった。もちろんお金の心配ではなく、そんなに食べるのかと腰が引けているのだ。表情にそれが表れている。

「……では、それを頼む。私にはコーヒーときゅうりのサンドイッチを」

 ロイドの言葉で、固まっていた店員がぎこちなく動き出した。復唱し、かしこまりました、と頭を下げて戻っていく。

 ロイドが周りに聞こえないくらいの小さな声でぼやいた。

「……おかしいな。君といると調子が狂うんだが。どうしてこうも色っぽい空気にならないんだ?」

「……調子を狂わされているのは私も同じです。どうしてそう、無駄に色気があるんですか」

「眼福だと思わないか?」

「眺める分にはいいですが、近くにいられるときついです」

「……人を香水みたいに言わないでほしいんだが」

 小声で言い合い、ロイドは少し首を傾げた。内緒話をするように、少し身を乗り出して声を潜める。

「……もしかして、君には誰か、心に決めた人がいるのか? ……だからこの状況が不本意だとか?」

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