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――それはきっと、恋の魔法。
「ふふふ……やったわ……!」
赤みの強いチョコレート色の髪をした少女が不気味な含み笑いをもらす。可愛らしい顔立ちだが、表情のせいで色々と残念なことになってしまっている。
テーブルの上に両手を重ね、その上に顎を乗せるという緩みきった格好で少女が見つめる先にあるものは、魔術や錬金術によって作られた光り輝く黄金の山……ではなく、人の手から手へと渡って薄汚れた硬貨の山である。成果――もとい、対価――をテーブルの上に積み上げて舐め回すように見つめる少女から身を引きつつ、もう一人の少女がテーブルの向こうから溜息とともに呆れた声をかけた。
「マチルダ……嬉しいのは分かるけれど、もう少し包み隠したらどうなの。『宮廷のキューピッド』が台無しだわ」
マチルダと呼ばれた少女は、だらしなく緩んでいた表情を取り繕って咳払いをした。言い訳がましく言葉を返す。
「キューピッドと言われてもね……。私よりもレーナの方がそれっぽいじゃない? きれいな金髪だし、美人だし。私はただのまじない師で、それ以上のものになった覚えなんかないわ。べつに恋のおまじないが専門というわけでもないのに」
レーナと呼ばれた少女はまっすぐな金髪をさらりと揺らして小首を傾げ、紅茶のカップを優雅に手に取った。
「でも、宮廷人が望むことなんて色恋くらいじゃない? 金銭や権力もだけれど……陰謀めいたことをまじない師に相談するような切羽詰まった迂闊な人なんていないでしょう?」
「…………」
「……え? いるの?」
マチルダは少し目を逸らして小声で応えた。
「……いるわ。結構いるわよ? 気付かなかったふりをして受け流すのも大変なんだから。迂闊にしていられないのはこっちだわ」
変なことに巻き込まれてしまっては身が危うい。マチルダが望むのはローリスクローリターンな小金稼ぎであって、一攫千金の大博打ではないのだ。吹けば飛ぶような貧乏男爵家の令嬢の立場なんて、政争の余波の余波に巻き込まれただけで簡単に吹き飛ぶだろう。
「そんなことより、見てよこの稼ぎ。ふへへ……」
実家の貧乏は如何ともしがたいが、今日もマチルダ自身の金運は上々だ。硬貨の山を眺めて再び頬を緩めるマチルダに、レーナは再び溜息をついた。
「あなただってけっこう可愛い顔をしているのに、いろいろ台無しだわ……。小金稼ぎもいいけれど、あなた自身の恋の話の一つや二つくらい、ないの?」
気候のいい初秋の午後。貴族の邸宅での友人同士の令嬢のお茶会。そんな場だから恋の話が出るのは当然なのだが、マチルダとレーナの二人が恋の話をするのは珍しい。マチルダはとにかくお金が大好き、レーナはとにかく本が大好き、そんな二人がなぜか妙に馬が合うのは、他の貴族令嬢たちのように恋やドレスやお菓子の話ばかりでは退屈だと意見が一致しているからだ。もちろんどれも結構なものだが、四六時中そればかりではうんざりする。
レーナは自他ともに認める美人だし、伯爵令嬢として順当に婚約者がいる。恋だの何だのと浮ついている感じはしないが、嫌がっている様子もない。もちろんマチルダに相談を持ってきたりもしない。そのうち問題なく結婚するのだろう。
一方で、マチルダはといえば。婚約者もいないし、恋に関しては徹底して傍観者の立場を取っていたりする。
(恋なんて……もうこりごりよ)
キューピッドと呼ばれるくらいに恋の橋渡しをしているし、思いが叶って幸せそうな二人を見るのはこちらも幸せになれるのだが、完全に他人事だ。しかしそうした内心を隠して、マチルダはレーナに言葉を返した。
「恋より小金稼ぎの方が大切なの。うちの懐事情、レーナだって知っているでしょう?」
ほとんど名ばかりの男爵家のうえ、子供はマチルダを長子として女ばかりの四姉妹。妹たちの持参金のことを考えると今から頭が痛い。父母の老後のことだって心配だ。どういうわけかみんな楽天的で、最終的にはどうにかなると思っている節があるが、ならなかったらどうするのだ。浪費癖がある身内がいないのは幸いだが、きちんと節約してくれる人もいない。
むしろ、危機感を共有してくれるのは親戚でもないレーナの方だ。お菓子だけでなく茶葉まで手土産に持ってきてくれるうえに話も聞いてくれる友人の存在が有難すぎる。
レーナは難しい顔をした。
「貴族がおおっぴらに労働できない文化、問題あるものね。……だからといって、小金に目を眩ませる貴族令嬢がいていいとも思わないけれど」
瞳が完全にお金の色になっているマチルダに半眼になり、レーナは紅茶の残りを飲んだ。
そこへ、リーランド男爵家の使用人――侍女や小間使いなどと色々と分けて雇う余裕がないので、単なる家政婦として雇っている女性――が慌てた様子でやってきた。
「お嬢様! 大変です!」