【第七話】王子の考えは読めない
「……なあ」
政務室の空気が、ふと変わった。
リュシアン王子は、目の前の貴族たちに向かって、
ゆるい口調で尋ねた。
「専属メイドって、どのくらい払うべきだ?」
一瞬、全員が固まる。
フィオナも固まった。
というより、耳を疑った。
(は……?お、お給料……?)
もらえるの?
たとえ無給であろうとも(勘違い)、
むしろ、やらせてもらってるだけありがたい。
水道代とか椅子代が請求されないだけで、十分すぎると思ってた。
なのに。
「普通は、月給五十万リーヴァが相場でしょうな(でも、その子、普通じゃないんでしょ?)」
「いやいや、王子付きだ。百万リーヴァでも妥当だろう(五十万とかバカか。殿下のお気に入りだぞ?忖度しろ)」
「いっそ、年俸制にしては……(新しい予算組まなきゃ)」
貴族たちは勝手に話を盛り上げ始めた。
フィオナは、ひたすら縮こまる。
(やめて!そんな大金、私には恐れ多い!
年俸とか、もう命ごと担保に取られそう!)
が、リュシアンは、全く別のことを考えていた。
──彼女を繋ぎとめておくには、どうすればいいか。
フィオナは愚かだ。
……いや、そこまで失礼な言い方はしたくないが、
たとえば、王子に仕えるのに、あたかも借金取りに追われているかのような態度を取る者など、聞いたことがない。
普通の使用人なら、忠誠や敬意を滲ませるものだ。
だが彼女は、明らかに"警戒"していた。
椅子を勧めれば立ち、食事を出せば怯え、挙げ句、水道代を心配する始末。
しかし、その臆病さを──
リュシアンは、どこか微笑ましく感じてもいた。
目が離せないとはこの事かと、生まれて初めて抱く感情に心踊る気持ちだった。
言わば、リュシアンは幼少期を振り返っても極めて珍しく“はしゃいで”いたのだ。
(ああいう、手を伸ばせばすぐに逃げそうなものを、どうやったら繋ぎ止められる?)
王子としての立場を使えば楽だ。
だが、それでは彼女は怖がるだけだろう。
だったら、利を与えるしかない。
報酬という名の、鎖を。
──もっとも、あまり重すぎる鎖では、彼女はそれごと噛み千切って逃げ出しかねないが。
リュシアンは、珍しく真剣な顔をして、
貴族たちの議論を黙って聞いていた。
その一方で。
フィオナは、政務室の片隅で、
「年俸=借金地獄のはじまり」
という謎の公式を完成させて、密かに震えていた。
──この二人、理解し合える日はまだ遠い。
──続く。




