【第三話】空気を読むしかない
正式採用が決まった翌日。
私は、控えめに言っても「異常」な厚遇を受けていた。
「ウィンスレット嬢、朝食は済ませたか?」
「えっ……いえ、まだですが……?」
「ならばこれを食べろ」
リュシアン王子が、すっと差し出してきたのは——
お高そうなサンドイッチだった。
「ど、どうしてこんなものを……!」
リュシアン王子は真顔で言った。
「お前が腹を空かせて倒れたら、業務に支障が出るからな」
正論だった。
反論できないくらいに正論だった。
疑問に思う私のほうが悪いのか?
「……ありがとうございます」
そう口では言いながら、私は頭の中で恐れていた。
(いやいやいや、こんなの受け取って大丈夫なの?)
王族専用の食堂から取り寄せたと聞いた。
値札を探すも、当然そんなものは付いてない。
(これ、あとで『食費分、給料から天引きな』とか言われたら?
下手したら、手取りがマイナスに転じて、給与明細じゃなく請求書を渡される未来が見える……)
そんな恐ろしい想像が脳内を駆け巡る。
(……でも、ここで受け取らない方が、かえって失礼かも)
「食え」と言ってくれているのに、「いいです」なんて突っぱねたら——
王子のプライドを傷つけるかもしれない。
悩んだ末、私は震える手でサンドイッチを受け取った。
(も、もうどうにでもなれ……)
そして、恐る恐る一口かじった瞬間——
うまい。
びっくりするほど、うまい。
思わず涙が滲んだ。
なんだこの高級パン……なんだこの上品なハム……!
(この仕事、絶対に手放さない……!)
私は拳を固く握りしめ、決意を新たにした。
その横で、リュシアン王子は静かに微笑んでいた。
(まるで、溺愛するペットに餌付け中の飼い主みたいな顔で)
けれどその時の私は、
王子がどんな顔で私を見ているのか、知る由もなかった。
──続く。




