声
あの後僕は川端に追い回された。吉良さんは気まずそうに言っていた。
吉良『お揃いやね…。良かった。』
いや、仕方ないだろう。同じキーホルダーを持っているなんて誰が想像できる?
キーホルダーは交番に届けた。なんかいろいろと書類を書かされた。発見者は吉良さんで通っている。
今日は転校生が来るとあって、クラスが湧いている。二年の中では二組が一番人数が少ないので二組に来るのだろう。
川端「どんな子やろ?」
ワクワクしながら近寄ってきた。
鳩本「僕も楽しみじゃないわけじゃないけど、別に誰でも良くない?」
川端「青春損してるわあ。」
鳩本「転校生の身になってみて。勝手に期待される気持ち。あとせいしゅんぞんって言い方。」
転校生かぁ。転校生側に立ったことがないのでわからないけど、すごく緊張するだろうな。おそらく先生に連れられて、教壇の上で自己紹介と挨拶を求められる。入学式からいたらそんなことしなくていいので楽だ。
チャイムが鳴り、教室の期待が最高潮になる。先生が扉の前に来た。
「あの子ちゃう?」
「女子?」
先生が教室に入ったが、なかなか転校生が入ってこない。
教師「大丈夫。」
すると入ってきた。男子だ。女子を期待していなかったと言えば嘘になる。
「男かよ。」
それ言うな。心の声が出たかと思った。
転校生は下を向いてゆっくり歩き、教壇に立った。
教師「もう知ってるやろうけど、転校生。じゃあ自己紹介。」
転校生はチョークを持ち、名前を書いた。
西畑秋
丁寧に読みも書いてくれた。と、まだ書き続けた。
西畑秋
よろしくお願いします
そして何も言わずに頭を下げた。
教師「よしおっけー。上出来。みんな仲良くな。」
ベタすぎるセリフを言った。すると僕の席の後ろに座った。後ろに一つ席が増えていたので何となくわかっていた。
よし、挨拶は人間の基本だ。
鳩本「にしはたくん?よろしく。」
また頭を下げた。ホームルームが始まるし、深掘りは後でいいのですぐに前を向いた。
声が聞きたい。どんな声だろう?高めだろう。か弱い感じが全面に出ている。これで低かったら驚く。
ホームルームが終わるなり、生徒たちがすぐに集まってきた。前の席なので人が密集して影ができる。暗い。
「あきくん?名前珍しいね。」
「どこから来たん?」
「ミセス好き?」
「弁当、一緒に食おうぜ。」
暑苦しい。うるさい。
西畑「あ…あ…。」
ほら困ってる。記者の突撃みたいになっている。これでは突撃される人が答えられないのも納得だ。
しかし何だろう?何か違和感がある。焦り方が普通より緊迫感がある。パニックに近いような。
西畑「あっ…!あぁ…!」
これ、やばくね?
鳩本「うるさい!暑苦しい!どいて。」
完全に感じ悪いやつになってしまった。
鳩本「ほら、どいたどいた!」
あえて群集の中を掻き分けて通った。何となく辺りが明るくなった。
西畑くんの状況に気づいたらしい。一歩引き下がる人、心配する人、興味本意で近寄る人。
「西畑くん大丈夫?」
「そらいっぺんに訊かれたら、パニクるやろ。」
「お昼の検討だけしといて!」
群集が散った。別に彼らも悪気があったわけではない。積極的に話しかけていてむしろ好意的だ。もう少しやり方を考えるべきだったか。
しばらくして再び西畑くんに話しかけた。少し心配なので。
鳩本「西畑くん。落ち着いた?」
西畑くんは僕の顔を見て固まった。口がもごもご動いている。
鳩本「あ、下の名前が良かった?」
また焦り出した。
西畑「あ、あ…!あのあのあの…!」
川端「あのちゃんが三人。」
鳩本「うわっ。急にくんな。」
西畑「あのあのあの…!」
川端「倍になった。」
鳩本「落ち着いて。なんもしないから。」
すると西畑くんはスマホを取り出し、指を動かした。躊躇なく川端が覗き込んだ。
川端「なになに?」
「学校案内してほしい」
地図が読めない二人にこのお願いはきつくないか?
川端「おし!じゃあ昼休みに三人で行こ!」
鳩本「おい!」
川端「何?まさか一年ちょっと通った学校まだ覚えてないの?」
憎たらしいやつだ。
鳩本「わかったよ、一緒に行けばいいんやろ?」
授業の内容は前に通っていた学校で既に学習済みらしい。かと言って勉強はそこそこ苦手なのとノート提出等があるので真面目に授業を受けている。プリントを渡す時にノートが見えた。字がとても綺麗だ。
国語の時間。長文読解の範囲だ。国語の先生はとても元気で、授業中にも関わらず生徒とぺちゃくちゃ話す人だ。
教師「じゃあその席の列前から読んで。」
めんどくさい。加減が難しい。棒読みで読んでも変だし、感情を入れても変だ。丁度中間辺りで読む。
鳩本「したがって、人間と動物には深い関係があることがわかる。」
終わった。別に毎回特にミスはない。
そういえば次は西畑くんだ。
西畑「こ、ここここの、このこここ…」
胸の辺りを強く握りしめている。クラスのほとんどが西畑くんの方に振り返った。
西畑「ゲホッ!ゲホゲホッ!」
激しい咳をした。
教師「ゆっくりー。」
大きく息を吸い、再び声を出す。
西畑「この、こここ、このよう、ゲホッ!」
鳩本「このように一見何の関係もなさそうなことが関係していることは世の中にたくさんある。」
教科書を指でなぞり、言った。
西畑「コホン。」
鳩本「続けて。このように」
西畑「このように」
鳩本「一見何の関係もなさそうなことが」
西畑「いい一見な何の関係も、なさそうなことが」
ゆっくり丁寧に読んだ。声はこれでもかと震えていた。
教師「はい、ありがとう。そしたら最初のとこから…」
目を合わせてお辞儀をした。前を向いて先生が黒板に書く文章を写した。
すると背中を突かれた。振り返ると西畑くんが教科書の端に何か書いていた。
「ありがとう」
鳩本「いや全然。また困ったことがあったら言って。」
笑顔で頭を下げた。
昼休み、またさっきの生徒が西畑くんに話しかけた。
「どう?一緒に食わん?」
そういえばお誘いがあった。またパニックにならないか?助けようと群集に口を開こうとすると、西畑くんが手を前に出して止めた。スマホを取り出し再び書く。
「一緒に食べたい」
群集の男子は少し驚いたらしい。
「よ、よっしゃ!じゃあこっちで!」
こっちも約束があるので引き止めた。
鳩本「五十五分に屋上来て。わかる?」
西畑くんは元気に親指を突き出した。
川端「ねぇ。何ではともいるの?」
結局、川端と吉良さんと僕の三人でお昼を食べている。一人で食べようとしたが急に孤独を感じた。川端には絶対に言わない。
川端「ねぇね『猫に千円』先行上映会当たったんだけど!」
ついこの間アニメ化の話をしていた気がするが放っておいた。
吉良「ええ?!いいなぁ。僕も行きたかった。」
どうやら学校では『僕』らしい。
川端「マジで楽しみぃ!」
すると吉良さんが緊張した面持ちで話しかけた。
吉良「ねぇ鳩本くん…。」
鳩本「何?」
吉良「夏休み何か予定ある?」
鳩本「ない。」
吉良「そっか」
訊いておいて「そっか」はないだろ。
鳩本「なになに?」
吉良「いや、いい。」
ええ?
そろそろ五十五分になるのでわかりやすいところに出た。
鳩本「あ、来た。」
手を振ってアピールした。
吉良「誰?」
小声で川端に訊いた。
川端「転校生。」
吉良「ああ、噂の。」
川端「吉良ちゃんも来る?」
吉良「え?何?」
西畑くんが少し驚いた表情をした。
鳩本「いや学校案内を頼まれてて。」
吉良「ああね。」
すると西畑くんに向かって吉良さんが言った。
吉良「僕、吉良翠です。一応男。よろしく。」
手まで掴んだ。スキンシップ遠慮ないな。わかりやすく西畑くんの顔が赤くなった。それと同時に混乱も見えた。
吉良「鳩本くん、僕が男だって言ってなかったから言ったら混乱しててマジでおもしろかった。」
鳩本「言う必要あった?」
川端「んじゃよろしく。」
突然、川端が手を振り別の所に行こうとした。
鳩本「はぁ?学校案内は?」
川端「呼び出しくらいました~。」
鳩本「何やったんだよ。」
そのまま立ち去った。
鳩本「あの…僕本当に地図読めなくて、必要なとこしか覚えてないから、つきあってもらっていい?」
吉良さんはポカンとした顔をした。
吉良「あ、え?学校案内やんね!」
鳩本「え、うん。」
案内はほぼ吉良さんに任せた。職員室や教科の教室、部活の教室。部室の紹介は必要なのか?
吉良「ここ軽音部の部室。」
西畑スマホ「前の学校より楽器たくさんある」
吉良「ちなみに僕軽音部。加えてちなみにボーカル。」
西畑くんが驚いている横で僕は知らない場所に立っている。
鳩本「…ここどこ?」
吉良「え?来たことないの?」
鳩本「来ないし。来てもすることないし。」
吉良「んじゃ練習見にき…」
小声で何か言った。
鳩本「なんて?」
吉良「いい!一通り回ったから終了!自分で帰って。」
走っていこうとしたので引き止めた。
鳩本「ええ?!無理やって!」
遠くから振り返り言った。
吉良「がんばれ~!」
西畑くんがスマホを見せてきた。
「覚えた。連れて帰れる。」
鳩本「すごいね今ので覚えたの?」
「鳩本くん方向音痴レベル1000」
鳩本「違う。100や。」
西畑くんがスマホを顔にこすりつけてきた。
西畑「せ、せん~。」
鳩本「い、痛い。」
初日だったのにもう仲良くなってしまった。僕も友だち作りが上手になったらしい。
教室へ戻る際、西畑くんが口を開いた。
西畑「あ…あ、あああ…」
話し終わるまでゆっくり待った。
西畑「ああ!」
声が裏返った。顔を赤くして逸らした。
鳩本「ん?」
口を閉じた。諦めたらしい。文字ではなく口で伝えようとした。何を言おうとしたのか気になる。
と、急に立ち止まった。
西畑くん「ありがとう!」
鳩本「うおぅ!びっくりした!」
西畑「う…」
突然感謝の言葉が飛んできた。枯れそうな大きな声だった。
鳩本「ど、どうも…。」
僕は何もしてないけど。
するとQRコードが映ったスマホを見せてきた。
西畑「ごめ、ごめ…」
鳩本「ああ連絡先。いいよ。」
連絡先を交換するなりメッセージを送ってきた。
「今日は案内してくれてありがとう」
鳩本「それじゃここに書くね。」
次々と送られてきた。
「心配してくれてありがとう」
「話してくれてありがとう」
「優しくしてくれてありがとう」
「そんなに感謝されても何も出ないよ」
「前の学校はみんなから避けられてたから話すの諦めてた」
「でもここのみんな優しかった。弁当の子もうるさいけど優しかった」
一生懸命スマホに打ち込む姿を見て西畑くんとは仲良くしたいと思った。上から目線だしお節介かもだけど、この子と一緒にいなきゃと思った。そして何よりキャラが面白い。そういえば、僕は個性の塊のような人物とばかり仲良くなっている。うまくまとまってくれたらいいな。個性が反発したりしたら困るしめんどいので。
鳩本「もういいよ。指擦り切れる。」
「指の皮分厚い」