第六話 不動の店主は出来る男
槍ちゃんと回復ちゃんの面倒を見ることになったが伸び代もやる気もあるので鍛えてやりたいと思う。
これから身請けしに行くレイネと同じパーティを組んで貰って俺の手間を省きたいと言う打算もあるんだけどね。
朝通ったのと同じ道を通って馴染みの娼館に入る。
真昼間から入ると通行人の目が多少寄せられるが躊躇う事無く入る。
こう言うのは躊躇したら負けだ。恥ずかしがったり、カッコつけても負け。
ただ堂々と何か問題があるのか? と言う顔をつくっておくだけで風格が出る。
昼も過ぎた頃だが、朝出ていって時と同じ場所と姿勢で店主がカウンターで待っていた。
冒険者では無いが、その道のプロ。流石の佇まいに不動という二つ名をくれてやりたいぜ。
「ここのレイネを即日身請けしたい。金は用意してある」
「此方も用意は出来ております。少々お待ち下さい」
今朝金額やらを聞いただけなのだが、今日来る事を予期していたのか?
表情も不動。声色も不動。凄まじいな……店主!
一度後ろに下がった店主が身支度を整えたレイネを連れてくる。
いつもの扇状的な格好ではなく、そこらの町娘の様な出立ちで少し新鮮だ。
「彼女でお間違いありませんか?」
「ああ。間違いない」
返事を返すと共に、金貨の詰まった袋を店主にスッと差し出す。
店主もスッと受け取り、一瞬目視で確認したらすぐに袋の口を閉じた。
……まさか、今の一瞬で金貨を数えたのか?
「慣れますと、重さで分かる様になるのですよ。ではレイネ。今日までお疲れ様でした。よく働いてくれましたね。貴方のこれからの人生が良いものである事をお祈りしています」
心読まれたんだが。つーか重さで分かんのかよすげぇな。
「こちらこそ、お世話になりました。乱暴な人もいなくて、快適にお仕事もさせて貰えて……改めてここで働けて良かったと思います。ありがとうございました」
おぉっと。思わず店主の事ばかり考えちまったが、レイネを貰いにきたんだった。
レイネと店主も挨拶を済ませた様だな。
「おうレイネ今朝振りだな。なんか流れで貰いに来ちまった」
「しばらく待てとか言ってたのにね?」
俺の方が頭ひとつ分背が高いからレイネは自然と上目遣いになって顔の良さが際立つ。
だが、堪え切れないのか、頬が緩々に緩んでいるので今一つ残念だ。
だがそんな所が俺は好きだ。
残念なやつの面白い所は本気だからこそ残念な所だ。こいつは残念なやつだからこそ、その顔から伝わる気持ちが本物だと分かる。
レイネの頭をぐりぐりと撫でてから、レイネの荷物を持ってやる。
「店主。こいつ共々世話になった」
「またのご来店はお待ちしなくて宜しいですね?」
「ああ。こいつを手放すつもりも、粗雑に扱うつもりも無い。良い店だった」
「長らくのご利用、誠に有難うございました」
不動の店主が深く腰を折る。その所作は俺が見てきたどんな奴よりも美しく綺麗で、心の籠ったものだった。
「レイジ〜」
「どした?」
「呼んだだけだよ〜」
嬉しくて仕方ないのだろうが、うざいので無言でアイアンクローをかましておく。
「痛い痛いい゛だい゛! 粗雑に扱わないんじゃなかったのぉぉおお!?」
「大切にアイアンクローしてるだろうが」
「頭凹む〜〜!! 指の痕つく〜〜!!」
「凹まねえし痕もつかない力加減でやってる」
頭を離してやると、距離を取るのではなく逆に抱きついてきて「いたぁぁ〜〜い」と泣いている。
それを無視して脇に腕を通して抱えながら道を歩いていく。
「恥ずかしいからやめてよぉお〜〜!」
「じゃあ自分で歩け」
「離してくれなきゃ歩けないじゃんっ!」
仕方が無いので降ろしてやるとする。
俺ならそのまま抱えられて運ばれたいと思うが、まだまだ面倒くさがり度が足りないな。
「レイネ。このまま冒険者ギルドに行くぞ。そこで今日の獲物の素材と肉を貰うついでにお前の登録を済ませよう」
「せめて荷物を置いてから……あれ!? 私の荷物どこ!?」
「ポーチの中」
「入る訳ないじゃん。何言ってんの??」
腹の立つ顔と声で言ってくるのでアイアンクローを決めてやろうと手を上げた瞬間抱きついてくる。
こいつ懐に入るの上手いな。才能ある。
「こうしたらレイジはあんまり強い態度を取らない事を私は知ってるんだよっ! で? 荷物どこやったの?」
あくまで信じるつもりはない様だ。
仕方がないのでポーチから荷物を取り出して見せるとリアクションがうるさい。
往来で騒がしいのは面倒なので、もう一度抱え上げて無理矢理冒険者ギルドまで運ぶ事にした。
……道中もちゃんと煩かった。
「ここが冒険者ギルドだ。先ずは登録しに行くぞ」
「ふわぁ〜い」
目にも声にも活力を感じないがまあ大丈夫だろう。
ギルドの扉をくぐり、受付へと向かう。
冒険者共が依頼を終えて戻って来るまでまだ少し時間はあるはずだが、今日は受付嬢を軟派する奴が多いみたいだ。
邪魔なのでルフェルの真似で、魔力に威圧感を乗せながら特定の相手にぶつけてみる。
軟派野郎共全員にピンポイントでぶつけてみたのだが、一人残らず蜘蛛の子を散らす様に去っていった。
「おっす。冒険者にしたい奴連れてきたから登録手続き頼む」
「レイジさん! ありがとうございます! すぐに準備しますね!」
試しで軟派を追い払っただけなのだが、受付嬢達からの好感度を稼いでしまったらしく、逆に軟派された。
適当にあしらうのも悪いので、大銅貨を受付嬢達の胸ポケットに入れていく。
一つ入れるたびに脇腹をつねられるが、甘んじて受け入れよう。痛みよりも気持ち良さが勝つのだ。
「準備できましたよ! 登録されるのはそちらの小脇に抱えてる方ですか?」
「そうだ。名前はレイネ、歳は十九。武器適正なんかはこれから見ていく」
「分かりました。それではレイネさん、こちらのプレートに魔力を流して下さい。魔力の情報を読み取って貴方を証明するギルドカードが発行されます」
小脇に抱えられたままプレートに魔力を通して冒険者証を発行するレイネは憮然とした顔をしていた。
冒険者証の発行料は初回は大銅貨一枚で良いのだが、紛失して再発行する場合は銀貨五枚を払わねばならず、冒険者は皆失くさない様に肌身離さず持っている。
流石にレイネを降ろし、自分で受け取らせる。
レイネが立ち上がって初めて顔をよく見たのか、受付嬢達に戦慄が走っていた。
どうやら想像以上に可愛い上にスタイルも良く、俺の良い人なのではないかとのことだ。
当のレイネは憧れでもあったのか、受け取った冒険者証をキラキラと目を輝かせて何度も見て触って感動していた。
そんな中一人の受付嬢が声をかけてくる。
この子はあれだな。依頼終わりに大銀貨サービスをしてもらって、槍ちゃんと回復ちゃんにアドバイスをした受付嬢ちゃんだ。
「あのっレイジさん! 私はダメですか! 家事とか身の回りの世話も出来ますよ……? その、二人目とか三人目とかでも良いので……だめ、ですか?」
「俺の相手は面倒だぞ? 俺自身が面倒臭がりなのもあるし、生活のペースが合わない事もあるだろう。何より冒険者だ。いつ死ぬか分からん。君みたいな可愛い子を未亡人にしたくは無い」
思い切って思いの丈をぶつけてくれたのだろうが、冒険者がいつ死ぬか分からないのは当たり前。
結婚するなら完全に引退したいし、引退した後に働きたく無い。
詰まる所、同業者じゃ無いと覚悟が足りない。
失う覚悟と、失った後の覚悟だ。嫁に入る覚悟だけじゃ足らんのだよ。冒険者の嫁は。
そして覚悟の足りない夫婦が孤児を作るんだ。
世界の理不尽を物心つく前から宿命づけられる孤児は哀れで仕方がない。
だからこの話はお断りだ。
「……じゃあそちらのレイネさんは?」
「こいつは俺が鍛える。俺が死んでも生きていける様に。その覚悟をしてるはずだ。後何より、波長が合う。俺がめんどくさい、だるいと思う事をこいつも同じ様に思う。一緒に居て苦にならないのがレイネだ」
「急に何、レイジ? 惚気? 帰ったらえっちする?」
「んな事してる体力があれば良いがな。明日から死なない程度に訓練だぞ」
「聞いてない……」
「言ってない」
俺が誰かと一緒に居て苦にならないってのは本当に稀だ。
大体のやつとは、思考が合わないしペースも合わない。そのせいでパーティなんて組めた試しも無い。
バカだアホだと言いながらレイネが殴ってくるが無視して頭を撫でておく。
徐々に勢いが収まり成すがままになる。
良い鎮圧方法を見つけたな。
「追加で言っておくと、まだ定住する場所も無い上、此処を離れる事もあるかもしれない。だから余計に無理だ。君の気持ちは嬉しい。だが、だからこそ君を不幸にする事は出来ない。申し訳ない」
「いえ、私こそっ申し訳ありませんでした。少し頭を冷やしてきます……」
顔を伏せながら去っていく受付嬢を黙って見送る。
俺が家持ってて、ここで人生終える事を決めてたら貰ってたな。勿体ねえ。
「解体場に行く。レイネもついて来い。……あの子のフォロー頼みます。では」
他の受付嬢達はサムズアップして送り出してくれた。男前かよ。
受付横の扉から解体場に入ると、俺の獲物を優先的に処理してくれていたのか、頼んだ分は既に選り分けてあった。
「おーい! レイジだ! 肉やら素材やら受け取りに来た!」
レイネはあまりの血生臭さに鼻を抑えているが、いつかは慣れなくちゃいけない匂いと光景だ。
初めてで顔を抑える程度で済んでいるだけマシだな。
俺の声を聞いて解体場の親方が対応してくれる。
肉百キロとレザー系の素材が思ったより多めに、硬質な素材なんかも意外とあったみたいで、結構な量になっていた。
「皮系と硬えのが想ったより多いから、肉もう百キロと交換してくんね?」
「こんだけの素材と肉百キロは釣り合わんぞ?」
「じゃあ釣り合う分量で〜」
「うぉおおおおい!! 肉一トン持ってこーい!!」
いっとん? 千キロ? んな量食えるか? ルフェルに会いに行く時の土産にすりゃ良いか。
後は干し肉と、肉屋に熟成頼んどくか。
素材を受け取って、解体の手間賃とかギルドの仲介料だとか諸々差っ引いた分の金をもらう。
娼館の店主を真似て重さで額を当ててみたいがちっとも分からん。
大人しく袋の口を開いて確認する。
結構でかくて強い獲物が多かったから、そこそこ入ってるはず。
金貨にして三十枚くらいか。ルフェルの身体で圧殺されて無けりゃもっと入ったんだろうな。
推定料金だから多少低く見積もられるが、商人との面倒な交渉をせずに済むし、解体の手間省けるし、ギルドの信頼があるしで、ここは冒険者に大人気だ。
他にも解体ショーとか、解体コンテストとかも開かれるくらい解体業界は割と人気がある職種だ。
冒険者引退した奴でもやれるしな。
「うぃ。金も素材も肉も確かに。あんがとなおやっさん」
「死に方はひでえが、上物ばっかでなかなか経験が積めねえ奴らだった。若え奴らにも触らせやすかったし、どんなもんでも良いからまた持ってきな!」
「あいよー」
一トンの肉を持ち運ぶなんざ死んでもごめんだったが、持ってて良かったマジックポーチだな。
解体場を魔物搬入口の方から出る。
受付嬢ちゃんが戻ってきたら気不味いし、会うにしても時間は欲しいだろうからな。
「レイネ、少しづつで良い、慣れていけ」
「分かった。レイジの女になる条件だもん、がんばるよ〜」
「……お前ほんと良い女だよ」
「えっ? 約束破る様な事しないよ、私。そんなの女じゃなくても面倒臭いでしょ?」
「ははっ違いないな」
身請けされたんだ、約束を反故にしても自由の身は変わらないのに、こいつは俺に尽くしてくれるらしい。
気持ちの良い奴だ。
『俺の宿』に着いた頃には日が傾いていたので料理を四人分俺の部屋に持ってくる様に頼んでから部屋に戻る。
槍ちゃんと回復ちゃんに夕食を頼んだので部屋に来る様に言ってから、二人の部屋の隣の俺たちの部屋に入ってレイネの荷物を出しておく。
「隣の人とはどう言ったご関係で?」
「今日知り合った十三歳の女の子冒険者が二人。明日から行動を共にする仲間候補であり、お前と一緒にパーティを組んでくれるかもしれない子たちだ」
「御手付き?」
「つけてない」
俺が使っていた毛布やらマントやらを出して寝るときはそれを使う様に言っておく。
レイネ用の動きやすい服も買っときゃ良かったか。
ブーツ、レザーアーマー、筋力的に短剣、グローブもいるか。
明日の朝は、工房に注文して回るか。あと肉の依頼だな。
明日のスケジュールを立てていると、レイネが擦り寄ってくる。
同じ空間に二人きりになって気分が昂ったか?
俺の膝の上に座って、首に手を回しながら足で俺の腰をがっちり掴む。
そのまま首の匂いを嗅いできたり、首にキスした後は唇で喰んでくる。
口を貪りにはこない辺りが本当に理解がある。
息苦しくて気分じゃ無い時は好きじゃないんだよな。
首の後は耳を唇や舌でいじってくるが、大して邪魔にもならなければ悪い気分でも無いので好きにさせておく。
少しの間、レイネの愛情表現を受け止めていると夕食を運んでくる気配があったのでレイネの唇を塞いで終わらせる。
「飯が来た。ここのは上手いから期待して良いぞ」
「ご飯は大事。美味しいご飯はご褒美だよっ!」
こう言った切替が出来るのも俺がこいつを気に入っている理由の一つ。飯を楽しみに出来る所もそうだ。
レイネとは趣味嗜好ががっちり噛み合う。だからこいつと居るのは良い。
今日のメニューはフィアーボアの煮込みと柔らかいパンとサラダ、そしてエクセレントフルーツがついている。
フィアーボアはそのままフィアの森で獲れるボアなのだが、こいつは森の中層にいる少し手強めの魔物だ。つまり割と美味しい。
だがエクセレントフルーツはかなりレアだ。
こいつはエクセレントブランチと言うモンスターが実をつけていないと収穫すら出来ない代物だ。
こいつもフィアの森の中層あたりに居るが魔物に季節は関係無い。真冬でもつけるやつは実をつけるし、春でもつけない時は裸の枝を晒してやがる。
そんなモノを客に提供するだと? ここの店主はどうなってやがるんだ?
大量に手に入れる伝手があるのか?
俺は用心しながらエクセレントフルーツを手に取る。フルーツの下に手紙があった。
開いてみれば、なるほど物々交換という訳だ。
「レイネ、ちょっくら店主に顔見せてくるから待ってろ」
「ほーい!」
美味そうな料理にご機嫌そうだ。プラチナブロンドの髪が左右にゆらゆらと揺れている。
肩にかかる程度の長さの髪も冒険者的にはポイント高いな。髪が長いと引っ掴まれてしまう。
部屋を出た後、店主に少し多めに美味いだろう肉を提供する。
多く渡したのは干し肉作りを依頼するためだ。
ここ俺の宿には地下があり、そこで食材を保管したり干したり、仕込んでたりする。
そこに俺の干し肉も干しといてくれと言う事だ。
美味い肉は干しても美味いから出来上がりが楽しみだ。
諸用を済ませ部屋に戻る途中で槍ちゃんと回復ちゃんの気配が部屋から動いて居ない事に気付く。
ノックをしてから入ると、俺のお古マントを片手に先に眠っていた様だ。
だが消費したカロリーを補給しないまま眠るのは感心しないので二人を起こす。
マントを剥がして呼びかけようとするが、声を出すのを辞める。
二人の下着が濡れていたからだ。
二人も人間。性欲が溜まる事は仕方がないが……ふむ。
手早く二人にズボンを履かせてから何事もなかった様に起こす。
跳ね起きる様に起きた二人は自分の状態を瞬時に確認し状況を把握すると、少ししたら向かうと言って追い出された。
時間が経って下着の濡れた箇所が冷えていたし、着替えるのだろう。先に頂いておくとしよう。
「レイネ、先に食べよう。少ししたら二人も来る様だ」
「りょうかーい。じゃあいただきまーす!」
うむうむ。うまっ。
ボアの臭みは感じないが野生味は感じる程度の臭み抜き。そして煮込まれてほろほろと崩れていく肉から旨味が出てくる。
そんなボアの肉の旨味が溶け出したスープも絶品と言える。
パンを浸すとパンが美味い。普通に美味いパンがすごく美味いパンになる。肉も一緒に口に含めばすごくすごく美味い。
肉で口がしつこくなれば、サラダでサッパリさせてまたスープと肉。
そして締めのエクセレントフルーツ。口の中の脂が流されていって後味もさっぱり。甘味と酸味が程よく、口の中を蹂躙していく。
こんなもんいくらでも食えるわ。
二人が来る前に食べ終わってしまった。
レイネも冒険者が食っても満足する量をぺろりと平らげてしまった。
「ご馳走様……今日も最高だった」
「レイジ……私幸せだよ。こんな美味しいご飯食べた事無い……幸せくれるレイジ好き……する?」
「まだ二人が来てないし話もしてない中出来ねーよ。もちっと待て」
「んー今良い気分なのになー」
「こっちこい。くっつく分には構わない」
酒を入れたわけでも無いのに、ご機嫌にくっついてくるな。
俺が上半身をベッドに投げ出せば、レイネも隣で身体を倒す。
「食べて、寝転んで、イチャついて、最高だね?」
「最高だな。良い女も居てもっと良い」
「なっははー! 照れちゃうなー! レイネちゃんはレイジの女だからね。好きにして良いんだからね?」
「はいはい」
ゴロゴロ、ダラダラしてると二人の気配が動いて部屋のドアの前で止まる。
先んじて声をかけて部屋に招き入れる。
「よう二人とも。まずはそこの美味い飯を食え。話はそれからだ」
二人に飯を食わせたら、ようやく話し合いだ。