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第三話 出会っちまった

 魔物の混乱に気づいたギルドの依頼で森の奥地の調査を命じられて来たは良いものの。


「腹を上にして寝てる黒竜が原因とはな……」


 阿呆な格好しちゃいるが、こいつから漏れ出る魔力は凄まじい量だ。その上、漏れ出た魔力だってのに威圧感すら感じる。


 腐っても竜。寝てても竜か。


 まあでも、原因も分かったし帰って報告すっか。


 踵を返そうと動き出した瞬間、黒竜と目が合う。


 …………


「はぁ。よく眠れたか?」


 …………


「俺に戦う意思は無えぞ。お前の眠りを邪魔するつもりも無え。なんなら俺も眠りてえくらいだ」


『奇遇だな』


 ……喋るんかい。


 でかい竜のでかい瞳が瞬きをする。片目とは言え竜に見つめられるのはあまり嬉しくない。


『人間、私は何故ここで寝ている?』


「流石に知らねえけど、山の方見りゃ丸分かりだろ。竜っつーのは案外寝相が悪いんだな?」


 そう、この竜が寝ている場所から山の天辺まで、この巨体が転がり落ちてきたような痕が延々と続いている。

 道中の木を倒して、立ち塞がったであろう岩は押し潰され、接近に気付かなかったのか逃げ遅れたのか知らねえが、強そうな魔物が幾つもぺちゃんこだ。


『むっ。私の寝相は悪く無い。悪いはずが無い。私はこれでも動く事が嫌いなんだ』


「未だに腹出してる奴に言われると説得力がちげえや」


『むっ。そう言えばそうだった。はしたない所を見せてしまったな』


 のそりのそりと身体を起こしているが、そもそもが巨体な所為で起き上がるだけでも衝撃と風がすごい。


 現実に竜と出会う事なんて無いと思っていたが、こんな出会いを果たした人間はそれこそ俺以外には居ないんじゃないか? 御伽話でも聞いた事ねえ。


『にしても人間。お前は私を怖がらず、逃げず、大したものだな。眠りを邪魔されないように、寝ている間は魔力に威圧を乗せて垂れ流していた筈なのだが』


「あれ意図してやってたのかよ……お前のその魔力と寝相が悪かったせいで魔物共が住処を終われて森中が大混乱に陥ってんだよ。俺はその調査で来たから逃げて無えだけだ。正確には、帰ろうとしたら目が合ったんだ」


『むむっそれは悪い事をしたな。すぐに寝床に戻るとしよう。だが人間一つ言っておくぞ、私の寝相は悪く無い』


 寝相悪いと思われんの嫌なのかよ。でも事実だろうがよ……


「わぁーったよ。普段は悪く無いって事で。後、人間人間言うな。俺はレイジだ」


『そうか、レイジ。折角知り合えたのだ、次は山の上の寝床に来ると良い。レイジならば歓迎しよう。お前と話すのは悪い気はしないからな』


 そう言うと、黒竜は巨体を持ち上げのっそのっそと山を歩いて登って行く。


 ……いや飛ばねえのかよ!? そのでかい翼はなんで折ったままなんだよ広げろよ!?


 黒竜がある程度上まで登ったところで、高い崖になっている所に直面していた。

 あろう事か飛ぶでも、迂回するでもなく、登り始めた。


「何やってんだあいつ……」


 あっ。崖の足場が崩れて滑り落ちてきた。


 ……滑り落ちてきたああああ!?!?


「うおおおおおい!? 馬鹿かお前えええ!? なんで飛ばねえんだよ! 落ちてくんじゃ無えよおお!」


 寝ていた場所よりもさらにこっちに滑り落ちてきやがった。俺を潰すつもりかこいつ。


『むぅ。飛ぶのが面倒で歩いてみたのだが、案外登れないものだな。もう此処を寝床にしても良いか?』


「生態系変わっちまうじゃねぇか。……あーなにか? お前眠るの好きで動くの嫌いで、なんつーかすげぇな?」


『竜も所詮は生き物。人間同様に欲があり、そしてその欲に素直に生きる事が出来る力を持つのが竜だ』


「俺、お前と仲良く出来そうだよ。良いよな、力を使ってだらける環境つくって、怠惰を貪るのは」


『分かるかレイジよ。やはりが話が合う。馬も合う。寝相が悪くて良い事もあるものだな』


「寝相悪かったの認めてんじゃねぇか。折角だ! あんたの名前を教えてくれよ! 酒とかツマミとか持って合いに行くぜ?」


 こいつ程、理不尽に怠惰を貪ろうとは思わないが、こいつみてえに自由に生きたいという思いはいつも抱いている。

 何より悪い奴じゃ無え。暴れもしねえし、話も通じる。種族が違っても仲良くやれるもんなんだな。


 黒竜の大きな瞳が二度瞬く。


『すまぬ。流石に真名は名乗れぬ故、適当に竜でも黒竜でも好きなように呼ぶと良い』


「俺はお前に名前で呼べと言っておいて、俺が適当じゃ締まらねえじゃねえか」


『では、レイジよ。お前が私に仮の名をつけてくれ。そしてその名で呼ぶ事を私が許そう』


「お前がそれで良いなら、なにか考えるが……」


 俺はその場に腰を下ろして考え始める。

 竜はそんな俺の真ん前に鼻先を置いて俺を見つめてくる。


「ごめん、ちょっと近くね? 鼻息が凄いんだが?」


『むぅ。すまぬ。人間の友は初めてなのでな。少し嬉しかったのだ。それに名を貰うこともそうは無いからな』


 心なしか、瞳がキラキラ輝いている様に見えてきた。

 やっぱこいつめちゃくちゃフレンドリーだ。俺の文句に素直に従って少し距離を置いてくれたし。

 ……数十センチしか変わってねえけど。


「そういやあ、お前さんオスか? メスか?」


『私はメスだ。時折、オスの竜が来て鬱陶しくてな。魔力に威圧を乗せるのもオス避けの為なのだ』


「へぇ〜人気あんのな。まあ気持ちは分からなくもねえけど。光沢のある鱗は綺麗だし。体のフォルムも綺麗だし。でっかい瞳も紅色が綺麗だ」


 こいつの鱗なら好事家に高く売れそうだし、何枚かくんねえかな。


『……レイジよ、あまり褒めるな、照れてしまう』


「おう……すまん。竜の美的感覚は分かんねえから何とも言えねえけど、人間から見ても綺麗に見えるってだけだ。他意は無いぞ」


 ちょっと罪悪感湧くじゃねえか……好事家に売るとか考えた事は黙っておくか。


 にしてもメスか……まあ、これで良いか。


「名前、思いついたぞ」


『ほう、してどのようなものだ。聞かせてくれ』


「まずはちょっとした由来から話そう。人間の昔の王様がな? 人間には七つの罪があるって言ったんだよ。憤怒、傲慢、強欲、嫉妬、色欲、暴食、んで最後に怠惰。んでな? その七つの罪を司る悪魔が居るってな話で、怠惰の悪魔の名前がベルフェゴール——」


『——怠惰な私に相応しいと言うことか。悪魔の名と言うのは少し気になるが』


「待て待て! 最後まで聞けっつの。悪魔の名前から取った名前をつけたんだよ。ベルフェゴールから綺麗な音だけを取った、『ルフェル』ってのはどうだ? お前は怠惰だが悪魔じゃねえ。それに悪魔じゃなくて怠惰を司る名前から取ったって思ってくれ。それならピッタリだろ?」


『ルフェル……ルフェルか。良い響きだ。レイジよ、私はルフェル、そう呼んでくれ。』


 黒竜は目を細めて息を長く吐きながらそう言った。


 嬉しそうだが、息で吹き飛ばされそうで俺は名前を呼ぶどころじゃねえ。


 鼻息が吹き終わった所で、立ち上がりながらちょっとした提案をしてみる。


「よっと、そんじゃあルフェル! とりあえず寝床まで戻んぞ。飛べねえなら引きずって運んでやろうか?」


『このルフェルを引きずるだけの力がレイジにあるのか? 出来るなら頼もう。楽そうだ』


 天下の竜様がそれで良いのかよ。極まってんなぁ。


 まあ、新たに出来た友がそう望むんなら久々にあれやるか。


 俺の『超人』っつー二つ名は、手抜き仕事でついた名前だ。

 詰まる所、超人なんて名前じゃ収まらねえ力でもってでっけえ黒竜を寝床まで引きずっていってやろうじゃねえの。


 力も使わなきゃ錆びちまうしな。


「ほいじゃ、大人しくしとけよルフェル」


 日頃は魔力で魔力を抑え込んでいるのだが、それを解放。

 魔力を体内と体表に巡らせる。それも超濃密な魔力だ。

 濃密な魔力は可視化すら出来るようになる。


 そんな濃ゆい魔力で身体強化をすると頭おかしなレベルの力を出せる。


「よし。行くぞ〜」


『待て、待って、レイジ待って、それで掴まれたら身体壊れないか? 私の体壊れないか??』


「壊れねえだろ? 壊れねえように持つし。安心しろ、出来るだけ丁寧に運んでやるよ」


『いや待て、なんだか飛びたくなってきた。久しぶりに飛ぶのも悪く無いかもしれない!』


「急になんだよ? 飛ぶならまあ、好きにすりゃあ良いんじゃね? 俺もこの状態を維持すんの怠いし」


 一体なんなんだ。俺の親切心返しやがれ。せっかく運んでやろうと思ったのによぉ。


 急に翼を羽撃かせて風を撒き散らしながら、どこか必死そうにアピールしている。


 後ろ足で立ちながら、細長いスタイリッシュな身体を高く伸ばしているが、威厳がちょっと薄くなったな?


「いつまで羽撃いてんだー? 飛ばねえのかー?」


 俺の質問に漸く翼を畳んで、持ち上げた体をまた地に伏せさせる黒竜。


『なんだろうな、不思議な気分だ。このまま別れるのが少し寂しいと思えてしまう』


 本当にさっきからどうしたんだコイツ?

 そんな事思うほどに仲良くなったっけか?


「数日もしたら森も落ち着くだろうし、そしたら会いに行くぞ? それでも寂しいのか?」


『分からぬ。だが、その日を一先ずは待つとしよう。ちゃんと会いに来るのだぞ? でなければ、コチラから迎えにゆくぞ?』


「それは絶対にやめてくれ……俺の立場がめんどくさくなる……ちゃんと行くから待ってろ、ルフェル」


『むぅ。待っている』


 そう言うと、今度こそ強く羽撃き体を持ち上げて飛び上がる。

 みるみるうちに小さくなって行き、山頂の方へと隠れていく。


 そんな姿を見送って俺もようやく踵を返す……前に、あいつが潰した魔物の死骸や岩の破片を回収しておく。魔力濃度の濃い場所にある自然物は変異している事があるし、強い魔物の素材は多少潰れても使い道はあるだろう。


 寝相の後処理をある程度終えたらようやく帰る。


 今日はいつもより美味い酒を飲もうと思う。だらける事が好きな奴に出会えた今日は良い日だ。

 新たな仲間に乾杯しよう。




 齢二十五にして、竜と友達になった俺の名前はレイジ。

 森の調査に来て、眠りこける黒竜と出会い、怠惰に理解を示して名前を付け友誼を結んだ。


 森が落ち着けばまた会いに行くのだが、なんだかその日が少しだけ待ち遠しく感じる俺がいた。


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