第一話 がんばるって面倒くさい
俺の名はレイジ。二十五歳独身。貯金は結構ある。 冒険者として一人で活動を続けながら、気付けば上から四番目だかのB級冒険者になっていたから本当に金だけはある。
最近の趣味は酒場で酒を嗜みながら新人の初々しい姿を眺めたり時々助言をしてやる事と、娼館に通って好みの娼婦を見つけることだ。
若い頃はそれなりに努力もしていたが、今じゃやる気も気力も熱意も無いおっさん手前の活動歴10年以上のベテラン冒険者と言ったところだろうか。
今は娼館で性格の合うお気に入りの娼婦を抱きながら目が覚めたところだ。
朝日に顔を顰めながら俺はふと思った。
「頑張ろうとするの、もうやめようかな。ダラダラ生きたい」
「朝一からダメ人間発言してるねぇ? そんなところも気が合って私は好きだけどぉ」
「俺も、こう言う話に本心から乗ってくれる君が好きだよ」
「じゃあ身請けしてよ?」
「女の一生背負える程の責任感が無いから辞めとく」
ちぇーと呟いてからいそいそと服を着ていくお気に入りの娼婦を見て、今まで覚えないようにしていた名前を尋ねてみる。
「君の名前、なんだっけ」
「ふぅん、覚える気になったのぉ? そんなに知りたいなら教えてあげないこともないかな〜」
にやけ面でこちらを探るように見てくるのを見て、折角その気になっていたのに気分が急激に萎んで行く。
「渋るんならいいや。なんかやる気無くなってきたし」
「うそうそ〜言う〜! 言うから聞いてよ〜それで覚えてよ〜〜!」
コイツの凄いところはあざと過ぎないところだ。微妙に子どもっぽさを残してこちらを揶揄ってきたり擦り寄ってくるので適当にあしらっても嫌な空気にならない。
計算してやってる可能性もあるが、素だろうが、作りものだろうが、俺にとってそこは重要じゃない。
取り繕う必要の無い相手であることが重要なのだ。
「じゃあ聞くから言え」
俺も服を着込みながら適当に返す。
「……レイネ。ちゃんと憶えてね? 忘れちゃやだよ?」
謎の間をつくってから名前を告げて、念押しに念押しを重ねてくる。
こいつの狙ってやってそうな媚び方だけは少し面倒だな。分かりやすい媚びはなんか萎える。
レイネ、ね。まあ普通に憶えてるだろう。
「俺に媚びるの辞めたら憶えとく」
「……レイジだから、媚びるんだよ。媚びてでも貰われたいって思ってるからやってるんだよ……」
着替え終えると同時に見えたレイネの顔は緩んだ顔ではなく、覚悟を決めたような、一生懸命な顔をしていた。
「お前、仮に俺が身請けしたらそのあとはどうするんだ」
「家政婦か愛人とかに落ち着くんじゃないの?」
「俺はこれでも冒険者だ。いつ死ぬとも分からん。そんな奴に身請けされても、ただの未亡人が出来上がるだけだ」
しかもコイツは見た目も良い。身長も高すぎず低すぎず、胸は似合うサイズよりも大きめだが整った形をしてる。性格も人に合わせるのが上手いのも知っている。
そんな女が未亡人になってみろ、すぐに手をつけられるぞ。
なんなら俺が長期の仕事に出てる間に強姦されてもおかしくない。
少なくとも、俺が冒険者を辞めるまではコイツを身請けする事は無いだろうな。
「じゃあ私も冒険者になる。それで一緒に仕事する」
「……それはそれでおもしろいか? お前今何歳だ?」
「ぶー。女の子に年齢聞くんだ?」
「言いたくないなら別に良い。俺はそろそろギルドに行く」
俺が趣味で新人のサポートをしてやってる事を知ってるのかと思うほどぴったりな提案だったが、妙な駆け引きやらを挟むくらいならもういいや。
「うそうそ〜言う〜! 言うから聞いてよ〜〜! 十九歳ですぅ!」
「はぁ……まあ十九なら鍛える事も出来るか。魔法とか武器とか何か使えるか?」
「使えると思ってるなら世の娼婦達はみんな暗殺者だよ!」
「なるほど。道理だな。身体で信用を勝ち取り寝ている間に殺す。最も合理的で手っ取り早い。だがそうか、何も使えんのか。冒険者としては二流が精々か?」
「頑張るの辞めるんでしょ? 丁度良いじゃん。私なら貴方のこと分かるし、私からは求めないから」
……正直魅力的な提案ではある。頑張るのを辞めるのにこれほど丁度良い機会もない。
冒険者ギルドの方にも更新の育成の為に活動を控えるとでも言えば特に文句も言われないだろう。
何より理解者であると言うのが大きい。俺のだらけ方をレイネは知っている。
そしてその点についての思考回路も似通っているのがさらに大きい。
「もうしばらくの間待て。すぐには身請けまでは決めきれん。だが、面白そうだとは思う。待っていろ」
それだけ告げて返事は聞かずに部屋を出て、娼館の受付にいた支配人にレイネの身請け額を聞いておく。
俺の蓄えの十分の一と言ったところだろうか。俺からすればどうと言うことはない額だ。
世の一般的な複数人でワンパーティーを組む冒険者なら、この額は簡単に出せるものではないだろう。
俺の戦闘スタイルで防具が破損することは滅多にないし、一人で依頼料を全て懐に入れてきたからこその余裕だな。
支配人に礼とまた来ることを伝えてから娼館を出る。
今日は雲一つない晴天で白んだ空に太陽が顔を出して俺を照りつけてきて……少し気分が落ち込んだ。
俺はカラッとしながら曇った日が好きだからだ。日差しがないのが良いんだ。
あとは休みの時限定で雨の日も好きだ。休みの大義名分を得たようで嬉しいのと音がすきだ。
日差しに憂鬱になりながら今日もいつも通り冒険者ギルドに顔を出す。
改めて見渡すとなかなか広いギルドだ。
入って右側は緊急性のある依頼や常設の依頼を張り出しているやたらでっかいボードと、通常の依頼の案内や買取りや販売、依頼の達成報告などを行う受付がある。
受付をさらに右に行けば解体場に繋がるドアがあり、解体場の広さはギルドのホールを超えるぐらいデカいかもしれないな。
向かって左側には酒や料理を楽しめる酒場が併設されている。
依頼で稼いだ金をギルドに落とさせてやろうという小賢しい意図が透けて見えるが、ここの料理は鮮度抜群の肉や野菜で作られており、十分過ぎる程に美味いので良く世話になっている。
真正面には二階に上がる階段があり、上の階は上位の冒険者や秘匿性の高い会話や会議に用いられており基本的に俺は上に向かうことは無い。
ちなみにここのギルドの統括であるギルドマスターの仕事部屋は受付の奥にある階段から行けるのだが、部下とのやり取りが容易に行える様に設計されているのか、事務員たちには良い意味で敬われていない。
一人でここに向かうのも今日が最後かもしれないと思うと少し感慨深いかもしれない……こともないかもしれないな。
相変わらず男が多くてむさ苦しい。受付嬢の華やかさをこっち側にも分けてくれよ。
そう思いつつ、朝の依頼受注ラッシュを避けるように併設されている酒場で柑橘系の果物を絞ったジュースを買う。
「くっはぁぁあああ!」
朝一に飲む甘酸っぱいジュースはエールよりも美味えんだ!
これがなきゃ眠気が飛ばねえぜ!
「やあ、相変わらず良い飲みっぷりだね『超人』さんっ!」
「朝一から爽やかな笑顔見せつけてくるな『氷閃』。あと超人って呼ぶな」
朝っぱらから快活に話しかけてきやがる爽やかな顔面のこの男の名前はカウティス。
銀髪と黄金の瞳という見た目から輝きを振りまいていて、視界に入ると非常に不愉快だ。
ちなみに氷閃というのはコイツの二つ名だ。氷の魔法を恐ろしいほど精密に扱うことから付けられている。
「二つ名は誇るべき証ですよ。それに面倒な称号も使い様によっては便利ですよ? 好きな女性に『超人』の物だってツバをつけておいたりね?」
コイツ綺麗な顔して割と下衆い話もいける口なのが性質が悪い。
そのせいでコイツは男女問わず人気があり仲の良い者たちが多い。
しかもそういう奴らに限ってまともな人間なんだよな。憎めないところが憎い奴だ。
「んで? お前がわざわざ朝一に俺に声掛けるってことは面倒ごとか? お一人様なもんで危険度分からねえ依頼は受けねえぞ」
「今回の依頼はそこまで危険ではないです。端的に言えば森の奥地の調査なので。」
「……端的に言わず詳細を言えよ」
「そこは上で聞いてきて下さい! だって僕もまだ詳細は聞いてませんからね〜! あっはははは」
張り倒したい。
「わぁーった。行けばいいんだろ行けば」
まあ仕方ない、下手に話が広がれば無用な混乱を招くかも知れないんだからな。
ジュースのお代わりをもらってから俺はそそくさと二回への階段を登って人の気配の多い所に突撃する事にした。
レイネの事もあるし早く終わる依頼だと良いんだがな。