プロローグ
星の光がない黒い空、荒廃した地面に巨大な樹が生えている。
広がる枝に咲き誇る花、桃色の花弁は風に舞う。
紅い月が見守るその地で、全ての命を吸い込み咲き誇るその樹は、涙が出るほど美しく、吐き気がこみ上げるほど悍ましい。
樹に向かって真っすぐ進む者が一人。長い淡藤色の髪が肩辺りで緩く結ばれ、一歩歩くごとに揺れている。
その場に立ち止まり、首を傾げムムゥと唸る。
もうかれこれ二日はずっと移動してるのに、一向に樹に辿り着かない。
真っ直ぐ走ってみたり、適当に回りながら進んでみたり、逆に後ろに向かって進んでみたりしたが一向に辿り着けない。
なんなら右を向こうが左を向こうが前を向こうが後ろを向こうが樹は樹は変わらずそこに聳えたち、景色が変わりなさすぎてこちらの方向感覚がおかしくなってしまいそう。
ずっと同じ距離で、なのに絶対に近付けない。
特定の人物しか近寄れないのか、特定の道を歩く必要があるのか。
どちらにしろ困ったなと息を吐き、物は試しと腰を落として樹を真っ直ぐ見据え、腰に刺した刀を抜き、斬る。
確かに何かを切った手応えはあるが、樹に変化はない。
ちょっと不満に思いながら目を瞑り、鞘に納めた刀に肘を置く。結びつけていた紐につけた鈴がシャリンっと鳴った。
こちらの進行を邪魔するものは見えない、あの樹も側に近付かなければ見れそうにない。
残念なことに、見えないと、斬れないのだ。
この迷路とは、相性が悪い。
しょうがないので、刀に結んである紐のもう片側につけていた青色の札を破った。