油断すると幼女って呼びそうで
暗い通路を白い小さな頭が迷いなく進んでいく。
物置きの壁の黒い扉の先に続く通路は狭かったし、暗かった。
明かりが一切なくひたすら続いていく通路はどこか恐ろしさを感じさせ足を踏み入れるのに一瞬迷ったが、隣にいた幼女は一切の躊躇なく進んでいったのでステラもソレに続いて進むことにした。
「案内してくれるんだよね」
通路は暗かったので、ステラはポケットに入ってたスマホのライトをつけて前を照らしながら声をかける。
「うん、案内するよ」
暗い道を迷わず進む幼女が振り返ることなく答えた。
このスマホ、電池は全く減っていないからいくらでも使えるが異世界なので当然ながら電波が通らないのでただのカメラ兼正確さ不明な時計兼ボイスレコーダー兼ライト兼メモ帳である。アレ結構高性能。
「どこに?」
でもこのスマホ、電波が通ってないため電話は使えない、そのため名前をスマートフォンから高性能メモ帳に変える必要があると考える。
電話出来ないのにフォンの名を名乗らせるわけにゃいかんのだよ、世知辛いね。でも呼びやすさ的にはスマホが一番だから高性能メモ帳(愛称スマホ君)としよう。
「行けば分かるよ」
「……そー」
スマホ君を片手に構え白い頭に付いていく。
目的地は教えてくれないらしい。
狭い通路を淡々と進む。
幼女からはなんだか、甘くっていい匂いがしたので嗅覚に意識を集中させて何も考えずにその後ろをついていく。
「ねぇ」
「なに?」
「あの泥みたいなのって、なに?」
「根だよ」
「人を襲ってたのは何でなの?」
「根は養分を吸うでしょ」
「なるほど」
静かな空間がちょっと気まずくって話しかけて見る。
「樹に近付けない理由って知ってる?」
「どこにあるのかすら分からないから
「前にあるじゃん」
「そう見えるだけだよ」
「へぇ」
「それに、地上だと立ってる場所も向きも直ぐに変わるから」
「そうなんだ」
直ぐに会話が途切れた。
この世界の事について結構色々知っているらしいこの幼女に、何をどこまで聞いていいのかイマイチ分からないのだ。
幼女は特に気にしていないらしいので、ステラももう気にせず黙ってついていく事にした。
そういえば
静かに通路を歩く、階段を降りたり真っ直ぐ進んだり分かれ道を曲がったりする。そんな中、何度目かの分かれ道を幼女が迷いなく曲がるのを見て、アッ、となったステラがそう切り出した。
「なに?」
「君の名前、聞いていい?」
「今聞くんだね」
「聞いてなかったなって、今思い出したから」
「ふぅん、いいよ」
前も向いて歩き続ける幼女が、その時、初めて立ち止まり、静かに振り返る。
高い位置で結ばれた髪が頭と共に動き、白い髪がユルリ、ヒラリと舞い上がる。
振り返り、真っ直ぐ向かい合う。
ライトで照らされたその顔に表情はない。
無表情だ。
無表情だが、その幼女が振り返る途中、一瞬だけ、顔に笑みが浮かんでいた。
綺麗な顔に、綺麗な、
笑みが
否。
否違う、横顔は髪が遮ったから振り返る瞬間の表情なんざ見えない。
でも、綺麗な笑みが浮かんでる気がした。したのだ。妄想。幻覚。等々頭イカれたのだろうか。かも知れないな。
ぱっちりとした薄紅色の瞳を細める。
花のように可愛らしい顔、果実のように甘い香り。
まるでこの世界でずっと前にそびえ続ける、桃色の花弁を散らす樹のようで、その姿に見惚れる。
「とうか」
短くそう告げられた。
幼く甘い声は、頭によくなじんだ。