7、王国の謎は魔が歌に揺れる上(アゼナ4)
7、王国の謎は魔が歌に揺れる上(アゼナサイド4)
私アゼナベーゼンが王宮に登城したのはあれから三日後の事でした。
この三日間、私は涙に暮れておりました。初めて私自身を受け入れてくださった聡明で優しいお方、レン様を失ったのはあまりにも大きかったようです。まるで心にポッカリと孔が開いてしまったようで何も手に付かなかったのです。
ですが、こんな状態の私ではレン様に頂いた最後で唯一の願いを叶えて差し上げる事すら出来ないでしょう。
それで、朝早くからミレシアの泉でみそぎをしておりました。
冬の到来を肌で感じるこの時期、みそぎはかなりの苦行なのですけれど、邪念を払い、心を研ぎ澄ませるにはこれしかありません。特に自分の魔力パターンを絵柄にするジュエラーには、質の良い純粋な魔力を練るのに効果があるのです。
それでも、レン様と出会ったこの王級の庭園を目にしますと、涙が流れそうになります。
(だめよアゼナ。泣いていてはレン様に託された願いを叶えてさしあげられないわ。それでなくてもレン様にいただいたお仕事は難しそうだし、何があっても失敗しないと心に決めたじゃないの。泣くのは全てが終わってからよ)
私は覚悟を決めて両手で自分の頬を叩きました。
深呼吸をして少し気分を落ち着かせた私は、王宮にあるジュエラーカウンターに行き受付をする事にいたしました。
ジュエラーカウンターに座っておられたのは落ち着いた雰囲気の二十代半ばほどの男性でした。
「あのすみません、本日の黒星のジュエルを受領したジェムフルールと申します。受付をお願いいたします」
私がそう声を掛けますと、その男性は慌てたように書類を見始めました。
きっと今日の黒星は王子様の葬送の式としてはあまりにも小さいので、ジュエルがあるとは思わなかったのでしょう。
しばらくして男性は書類から目を上げて言いました。
「お待たせしました、それでは今回のジュエルはチケット性となっておりますので、半券をお出しください」
私が半券を手渡しますと、その方は書類の番号と半券の番号とを見比べ、受領印を確かめるとうなづきました。
「確かに確認いたしました、ジェムフルール様。ですが、歌詞をお渡し出来るのは式の一時間前と明記されております。ですので後三十分後くらいにお持ちの鍵を持ってもう一度ここにお越しください」
私はうなずくと庭園の見える窓辺に下がり王宮の柱時計を目の端で確かめながらレン様とお会いした時の事を思い出しておりました。
私は最後に分かれる時に見詰めたあのレン様の後ろ姿を忘れる事は決してないでしょう。ある種の覚悟の中に悲しみと怒りそして慈愛を抱え込み誰にも話すことの出来ぬまま行ってしまったレン様の後ろ姿を。
思えばあの日がレン様の亡くなる四日前だったのですね。あの時私にはある予感がありました。今捕まえていないとこの方は溶けて消えてしまうのではないかと言う危うさを。それは質感を伴って手で触る事が出来るほどの感覚でした。ああまた私の心がざわめくのを感じます。それがいったい何を意味しているのかあの時の私にはわかりませんでしたが、なんと言いましょうか、私が今見ている世界がまやかしであったかのような、世界が二重写しで見えているような違和感。
私はなんだかめまいがしてお城のソファに座りながらこの感覚がなんだったのかを考え込んでおりました。
私がそうしているうちに、大広間の柱時計の針は進み、いつの間にか約束の時間の十分前を指しておりました。
私はジュエラーカウンターに急ぎました。
「それでは受付を再開いたしましょう。鍵をお出しください」
その男性の声に私はレン様から預かっておりました小さなカギを手渡しました。
「確かに。では少々お待ちください」
そう言ってその男性はカウンターの後ろにあるロッカーに行きその一つの扉を開け、中からきっちりと封をされた一通の封筒を私に手渡しました。
「それではあちらのお部屋でご準備ください。時間となりましたらこちらからお知らせいたします」
そう言って示されたのは小さな小部屋でした。私はその中に入り鍵を閉めると、やっと息を吐きました。
初めていただいた封筒を見ます。それは王宮御用達の封筒で月と太陽を模した王宮だけに使われている封蝋が押してありました。これでは誰も事前にこの封筒を開く事は出来なかったでしょう。
私は勇気を出してその封蝋を開け、中から一枚の紙片をとりだしました。
その紙片も王宮でのみ使われる書類用の紙で、四隅に付きと太陽の印が透かしで入っておりました。
部屋の備え付けのテーブルにその詩をおいて、私は恐る恐るそれに目を落とします。
「リンゴの木には実が五つ
「一つめリンゴは、きんぴかリンゴ
欲張りネズミは、傷だらけ
二つめリンゴは、裏切りの味
朝焼けに、オレンジ薫る
三つめのリンゴは、腐りかけ
ネビナの花に誘われて、西へ西へとふらりふら
四つめのリンゴは、蛇リンゴ
既に地に落ち、蛇のもの
五つめリンゴは、月リンゴ
巣の小鳥たち、さあお休み
次の朝日が昇るまで」
。その詩を読んだ後、私は恐ろしさに身を震わせました。冷や汗が止まりません。
血が引くと言うのはこう言う事を言うのですね。
もしなにも知らない者が見たのでしたらこれは単なる童歌にしか見えないでしょう。けれどこれは現在の王や王子方への風刺が多分に込められた物なのです。
「リンゴの木「とはこのポメール王国を示しており、「リンゴ」は五人の王子様方を示しているのでしょう。
私のような最下級貴族の娘が知っていて良いような物ではありませんし、下手をいたしましたら国家反逆罪で捉えられる可能性すらあるのです。普通のジュエラーなら、この時点で逃げてしまう事でしょう。でも
「それでもレン様、私は貴方のお仕事を受けた事を後悔しておりませんわ」
もしここで生き延びられたとしても私には未来はないのですから。人を者のように扱うあんな男の基に行くぐらいなら、心から愛しいと思える方のためにこの命を使いたい。
私に心をかけてくださったレン様が命がけで伝えたかった物を、今度は私が命を懸けて歌で繋ぎたいと本当に思ったのです。
その時、私の目にレン様のお姿が浮かびました。あの日、私に鍵と半券を渡すとき、あの方は複雑なお顔をされていました。申し訳なさそうなほっとしたような、それでも心配そうなレン様の姿。
(あああの時レン様は既にこうなることをご存じだったのですね。だから歌詞を渡すのも指揮の一時間前として、誰も手を付けられないお城のロッカーに預け、しかも誰にも風雅破られないように王室御用達の封蝋を使われた。それだけではなく、会場でこの歌詞も私が書いたのではないかと思われないように王室でしか使われない貴重な髪を使ってくださった。それも全て世継ぎ争いに巻き込まれる私を守るためだったのですね)
私は自分の胸をを見つめました。そこには黒く光るマリーセント石がはまったペンダントがありました。あの日レン様に唯一いただいたこの石をなくさないよう、今までもらってきたお給金を全て使っ手、このペンダントを仕立てたのです。仕立て屋のおばあさんはこの石にはすでに影魔法が入っていると言っておられましたけれど、レン様はご自分の魔法を込めておいてくださったのですね。
これも私の身を守るためにレン様は出来るだけの準備をしてくれていたのですね。
こんな下級貴族の私にも心をかけてくれたレン様へのあふれるような感謝と悲しみが私の心を覆いました。
やはりあの時レン様は自分がなくなることを知っておられたのでしょう。そうでなければ自分の葬送の式でこんな企てをする事なんて出来るはずないのですから。
その時私は三度あの違和感に襲われました。
(そうだわ。レン様はあの時既に知っていたはずよ。これから自分が死ぬことを。そうであるならレン様は火事に巻き込まれて死んだんじゃない。ある種の呪いか誰かに殺されるのをあらかじめ知っていたと言う事になる。)
私はブルブルっと身を震わせました。何故継承権すら与えられていないレン様を殺したのか、それを思うと恐ろしさに身が震えます。
でもそれ以上に感じたのは怒りと深い悲しみでした。
これほどお優しいレン様をいったい誰が市に追いやったのか、それだけではなくレン様は王子様だったと言うのに、これを伝えるためにご自分の命すらかけなければならなかっただなんて、あまりにも理不尽だと思ったのです。
「絶対にレン様を詩に追いやった者を私が探して見せます。けれど今やるべきはこの詩にメロディーとジュエルを付けて葬送の指揮で発表する事だわ」
誰にかは分かりませんが、レン様が命がけで伝えようとしたことを、今度は私が身をもって余すところなく伝えなければ。それがたった一つレン様にしてあげられる事なのですから。
私は深呼吸をして自分を落ち着かせると改めてその詩に目を落としました。
もう一度この詩を読み直してみますと、童歌の数え歌のようだと私は思いました。確かレン様も童歌のような物と言われておりましたし、童歌風のメロディーが合うような気がいたします。それに、童歌なら見かけでこの恐ろしい内容も隠せるかもしれません。
(出だしから初めの部分は童歌風に、二つめと三つめのリンゴの所は誘惑するようなちょっと怪しげな雰囲気に、四つ目のリンゴの所から調を変えてメロディアスに、愛情をこめて優しく歌い上げて、最後の所は明るくすっきりと歌って行こう。)
あらかたメロディーを楽譜に起こすと、残り時間はもう20分も残っておりませんでした。私は慌ててこの歌にジュエルを付ける事にいたしました。
(闇の中に黒々と浮かび上がるリンゴの大樹、やはりここには花は似合わないので雪を降らせる事にいたしましょう。朝日を浴びて輝く金色のリンゴと真っ赤なリンゴ。
枝では少し黄色イリンゴが風に揺れている。
四つめのリンゴは氷で作る事にいたしましょう。夕日を浴びる氷のリンゴは、半ば溶けるように落ちてゆく。
空には月が昇り、美しいリンゴを銀色に染めている。そのそばにはなん羽もの小鳥たちが休んでいる。
私がジュエルを作り、全てをイメージ出来るようになったのは時間ぎりぎりでした。
「それではジェムフルール様、お時間となりました。パーティー会場にお入りください」
その声に私はもう一度服装と顔を確かめてから、パンと頬を叩きました。
「レン様、見ていてください、私は必ず貴方の願いを叶えて見せましょう」
最後に見えないレン様に礼をして部屋を出ると、パーティー会場に向かいました。