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キズモノ娘娘の絵空事 〜自称傾国は絵筆で覇王と戦います〜  作者: 中村朱里


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11-① 白妃戦(前)

私の勝利が宣言され、観客が大きくどよめいた。誰もが「あの朱妃様が負けた……?」「夏家の天才児達を相手に平民風情が?」「いやだがあんな戦い方など」などとあれこれとささやき合ってる。当人達はこっそり話しているつもりかもしれないけれど、それが一人や二人であればともかく、鍛錬場中の観客のほとんどが、私の勝利を信じられないとばかりに好き勝手に話し合っていたら、そりゃあ一つや二つどころでない文句が、私の耳に届いても仕方のない話だ。


――やりすぎたかしら。


今更ながら反省する。朱雀を呼び出すであろう朱妃様に対して、もっとも効果的かつ効率的かと思われる戦法を選んだだけだったのだけれど、終わってみれば、これはあれだ。いたいけな少年少女をいじめる身の程をわきまえない悪女のやり口だ。

いじめ、かっこわるい……と反省しながら、運び出されていく煉鵬(れんほう)様と、彼に寄り添いながら自らの赤の天幕に戻っていく朱妃様を見送る。せめてものつぐないに、先ほど新たに作った神牌(しんはい)で、煉鵬(れんほう)様の龍氣を満たし、整えさせていただいたけれども、彼は当分は寝台から離れられなくなるろう。

ううん、やはりやりすぎたか。でも私だって負けるわけにはいかなかったわけで、と、うんうん唸っていると、不意に、ぱちぱちぱち、と澄んだ拍手の音が耳朶を打った。

ぱちくりと瞳を瞬かせてそちらを見遣ると、いつの間にか、自らの白の天幕から出ていらしていた白妃様が、自らの両手を打ち鳴らしながら、鍛錬場の中心へと出ていらっしゃるところだった。護牌官(ごはいかん)を引き連れることもなく、たった一人、凛と背を伸ばして彼女はこちらへてと歩み寄ってくる。

きゃあああっと観客の中の女性陣が黄色い悲鳴を上げる。それを当然のように受け止めつつ、白妃様は、きょとんと眼を見開いている私に、拍手をしながら、にっと快活に笑った。


「見事な戦いだった。なかなか奇抜な戦法だったが、燦麗(さんれい)殿相手にはもっとも効果的な方法だろう。このわずかな時間の間でそれを見抜き、彼女を降すとは……俺もあなたを見くびっていたようだ」

「お、お褒めにあずかり光栄にございます……?」

「ああ、そう思ってくれるか。ならばついでに謝罪しよう。そのかんばせ、その衣装、戦装束としてこの上なくあなたに似合う見事なものだ。初対面のときに、宝珠(ほうじゅ)殿、あなたを揶揄したことをお詫びする」


洗練された仕草でこちらへと一礼してくださる白妃様の姿に、先ほどとは異なる悲鳴が、女性陣の口からほとばしった。「そんな女なんかに謝らないでくださいませ!」「白妃様に頭を下げさせるなんて、何様のつもりかしら!」「ああ、白妃様、おいたわしいこと……!」と口々にさえずる女性陣の圧といったら、それはもうとんでもなく熱く重くとげとげしい。ひえええ、とおののきつつ「頭を上げてくださいませ!」とほとんど悲鳴のように叫ぶと、頭を持ち上げて姿勢を正した白妃様は、にこりと凛々しくも美しく微笑んだ。


宝珠(ほうじゅ)殿の寛容さに感謝する。あなたのような優れた美しき創牌師(そうはいし)と一戦交えられること、俺は心から嬉しく思うぞ」

「……こちらこそ、心より光栄に存じます。なにとぞお手柔らかに、白妃様」

「はは、尽力はしよう。俺としてはあなたと本気で香煙牌(こうえんはい)に臨みたいのだがね」


さらりと恐ろしいことをおっしゃる白妃様の笑顔は、やはり凛々しく美しいのに、同時に優れた武人としての凄みを確かに感じさせ、ぞくりと背筋に悪寒が走る。

ごく、と息を呑む私と、そんな私を見つめる白妃様の間に、そうして、審判の声が割り込んできた。


「第二戦。白妃、(しゅう)夕蓉(ゆうよう)様」


やはりか。当たり前だけれどこの流れ、二戦目は白妃様であるそうだ。

じゃあん、と香煙牌(こうえんはい)の開始を告げる銅鑼が鳴り響く。私は早速まっさらな神牌(しんはい)に向かって筆を走らせようとしたのだけれど、そこで「待った」と声をかけられた。え、と手を止める私に、私に待ったをかけた張本人である白妃様が、その手に私と同じくまっさらな神牌(しんはい)と絵筆を持ったまま、「提案があるのだが」と口火を切った。


「俺もあなたも、護牌官(ごはいかん)がいない。となれば、俺達は純粋に神牌(しんはい)の優劣を競うことになる」

「はい、さようにございますね」

「ならば、互いに神牌(しんはい)を用意してから戦わないか?」

「……と、おっしゃいますと?」


どういう意味なのか、その真意がくみ取れず首を傾げると、白妃様はいたずらげに笑って肩を軽くすくめた。


「いやなに、恥ずかしながら、私は神牌(しんはい)を描きながら同時にそれを使役して戦うのはあまり得手としていなくてね。神牌(しんはい)に携わるよりも、直接武具を手に取って戦うほうが性に合っている。俺の都合で悪いが、互いに先にすべての神牌(しんはい)を作り上げてから、香煙牌(こうえんはい)を始めないか?」

「それは……」


少々どころではなく、白妃様に都合がよすぎるお話ではなかろうか。いくら本人が神牌(しんはい)の制作と使役の同時進行を苦手だとおっしゃっているとは言っても、彼女は間違いなくこの五星国において指折りその創牌師(そうはいし)であり、その優れた神牌(しんはい)を扱うに足る武人である。神牌(しんはい)を先に用意をする、なんて戦い方では、私の強みの一つである速筆が意味を成さなくなってしまう。

当然、受け入れられるはずがない。しかしここで彼女の提案を断るのは、それだけで自らの神牌(しんはい)への信頼を疑うことに直結してしまう。ずるいやり方だ。白妃様は武人であると同時に、立派な策士であるらしい。

提示された提案を受け入れることもはねのけることもできず、結果として黙りこくるしかない私に対し、白妃様は凛々しい眉尻を下げ、「ためらいはごもっともだ」と深く頷く。そして彼女は「ならばこうしよう」と自らの人差し指と中指、二本をぴっと立てて私に示した。


「俺が用意する神牌(しんはい)は二枚だけ。宝珠(ほうじゅ)殿、あなたは……そうだな、先ほどの見せてもらった実力を鑑みて、五枚の神牌(しんはい)を。これならば俺達は、対等に戦えるのではないか?」


なるほど、こちらに譲歩してくださるらしい。

悪い条件では、ない。何せ私は朱妃様との一戦で、かなりの量の神牌(しんはい)を作り上げており、これからさらに何枚もの神牌(しんはい)を作り始めるのは少々どころでなく負担が大きい。だが、五枚程度ならば、私は確実に完璧な神牌(しんはい)を作ることができる。それくらいの自信はあるし、自負もある。

とはいえ、白妃様がどんな策を企てていらっしゃるのか解らない状態で、この提案を受け入れるのはいかがなものか。むむ、と眉根を寄せる私に対して、たった二枚の神牌(しんはい)で私を降すと宣言したようなものである白妃様は、それに、と、白妃様はその紅のさされた艶めく鮮やかな唇に、にやりと弧を描いた。


「陛下の寵姫と名乗りを上げておいて、まさかこの程度の条件で、俺に屈するつもりか?」


それほどまでに取るに足らない安い女なのかと、彼女はその白銀の瞳で私に問いかけてくる。

挑発されているのだとはすぐに気付いた。先ほどの一戦における、朱妃様に対する私の台詞や態度と同じようなものだ。こんなにも解りやすい挑発に乗るつもりはないのだけれど、かと言ってここで私が彼女の提案を断れる理由はない。


――本当に、策士だわ。


そう内心で溜息を吐いて、私は白妃様に頷きを返した。


「かしこまりました。白妃様は二枚。私は五枚。今から互いにそれだけの神牌(しんはい)を描き上げて、香煙牌(こうえんはい)へと臨みましょう」

「そうこなくては!」


白妃様は破顏され、そして早速絵筆を動かし始める。続けて私もまっさらな神牌(しんはい)に筆を入れる。

私に与えられた神牌(しんはい)は五枚。何を描くか、と迷ったのはほんのわずかな間にすぎなかった。白妃様が描く二枚の神牌(しんはい)の予想はついている。ならば、私が描くべきは。

そうして、しばしの沈黙ののちに、白妃様は二枚、私は五枚の神牌(しんはい)を描き上げる。


「覚悟はできたか?」


遠目にもそうと解るほど見事な二枚の神牌(しんはい)をその手にして、白妃様は笑う。戦を前に高揚する、獰猛な獣を思わせるその表情とまなざしに冷や汗をかきながら、それでもなお、私もまた笑ってみせた。


「覚悟など、最初から決めております」


そうだとも。覚悟なんて、この香煙牌(こうえんはい)に出ると決めたときから、ずっとこの胸にある。そして、四つの勝利を夜昊様に捧げるという誓いもまた、確かにこの胸に。

だからこそ、今更おじけづくような真似など、誰が許してくれたとしても、私自身が許せない。だからこそ無理矢理浮かべてみせた笑顔に、白妃様は満足げに頷き、そして二枚の神牌(しんはい)を宙へと放つ。


来来(ライライ)!」


キィン、と。高らかな金属音が響き渡る。それは決して耳障りなものではなく、涼しげで心地よい、うっとりしてしまいそうな余韻を引きずりながら鍛錬場に広がっていく。

同時に白銀の金属片が数えきれないほど宙に生まれ、それらはぶつかり合いしゃらしゃらと歌うような音を立てながら、巨大な一頭の獣――そう、冬家が象徴、朱雀とともに四神の一角と数えられる神獣、白虎の姿を形作る。

白銀にきらめく白虎はぐるると低く唸ってこちらを見据え、そして自らの主人たる白妃様へとその鼻先を甘えるように寄せる。くつくつと笑って白虎を撫でた白妃様の手にあるのは、一振りの矛だ。やっぱり、と納得するまでもない。彼女が使用したもう一枚の神牌(しんはい)が呼び出したのは、強く輝かしい金の氣を宿した、白銀のそれ。無駄な装飾など何もない、限りなくそういう『無駄』をそぎ落とした、それでもなお見惚れそうになってしまうような、美しい矛だ。


「さあ、宝珠(ほうじゅ)殿。次はあなただ」

「かしこまりました。それでは失礼して――――来来(ライライ)!」


一枚目の神牌(しんはい)をかかげて叫ぶ。私の声に応えてくれたのは、かつて神々や精霊が人間とともに暮らしていた遠く旧い時代において、その武勇を誇ったのだと言う鎧武者。その甲冑は金の氣を練り上げて作られた、最高峰の鋼。あらゆる刃を、矢を跳ね返し、自らの身を傷付けることなど決して許さない、勇ましき武人だ。

鎧武者がその手にある、私の身長よりもずっと大きい偃月刀を、ひゅんっと宙を切って構える。三日月型の刃が、陽の光を反射して、ぎらりと輝いた。

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