ふとした瞬間、思い出す。
授業でやった羅生門。
正直なところ、あんまり覚えていない。
確か……雨の日にクビにされた男が、羅生門で雨宿りをしてババァだったか、ジジィだったか殺して服を奪い、雨の中走り去って、その後の男の行方は誰も知らない。で終わった気がする。そんな気がする。うん。
なんでそんなことを思い出したかというと、帰宅途中に雨が降ってきたからコンビニに避難したら、ふと思い出した。たったそれだけだ。
もしここが羅生門なら、俺はこの購入予定のビニール傘で店員を殺して、新しいビニール傘を奪って走り去る、いや違うな。殺したら、レジの金も、ビニール傘も奪って走り抜ける。そいで、設置された監視カメラから俺の存在がバレて速攻捕まって豚箱行きだぁ。
——まぁ、やる度胸も、する理由もないからしないけど。
気だるげな店員の「ありがとうございましたー」の言葉に、軽く頭を下げコンビニの外に出る。雨は今も降り続け、固いアスファルトの色を変えていく。雨特有の匂いに鼻が少しだけムズムズとした。
バサッと音を上げて、開いた傘に落ちてくる雨が当たりパチパチと音を立てる。弾ける雫になんだかむずがゆくなり頭を左右に軽く振った。
——……なんだかなぁ。
羅生門の男の行方は誰も知らない。
知らないことはないけど、新たな土地ではそいつが羅生門の男ってことを知ってるやつがいないから知らないだけなのかもしれないし、どこぞの道で野垂れ死んだから知らないのかもしれない。きっとここで俺が店員を殺したら、全国のニュースで流れて、ほとんどの日本人は俺が警察に捕まって……捕まった後も、俺のことを忘れることはあっても、知らないことはないんだろうと思うと息が詰まった。
「………帰ろ」
俺は羅生門の男と同様に、この雨が降る暗い夜に紛れるように足を踏み出した。