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見えない雪がふってきた!

 誰にも見えないよ!しかし、自分にだけは見えてしまう、そんな雪!

岩男はこの段階になって、流石に皆も気が付いているかと様子を窺ったが、誰も窓の外になんか目を向ける者はいなかった。ただ一人、岩男だけが雪を気にしているようである。岩男は首を傾げながら同僚達を窺ったが、彼らは窓の外はおろか、岩男の存在すら気にしてはいないようだ。

それはそれで、悲しい事ではあるけど、岩男の中では別の気持ちが大きくなっていた。

こんな雪が降るなんて思いもしない驚きを、すぐに分かち合いたい気持ちで満たされてしまったのだ。当然、会議中なので隣の同僚に話しかける事も出来ないからしかたないけど、きっと、岩男が彼らに窓の外を見るように促したら、驚くだろうし、困惑するに違いないだろう。嫌な顔をする人の方が多いだろうが、一人くらい自分みたいに心沸き立つ人もいるかもしれない。

その顔を想像したら、なんとなくにやけてしまう。

すると、その顔のまま上司と目が合ってしまい、彼の眼が一瞬細くなったので、岩男は慌てて用意された資料のページをめくり、険しい顔を作った。急に心拍数が上がってきて、居心地が悪くなってしまう。気をつけなければ、あくまで仕事地中なのだ。

しばらくして、なんとなく上司を窺うと、彼はもう岩男の事など見てはいなかった。ほっと、心の中で胸を撫で下ろし、息を吐き出す。昨日すっかり怒鳴られた手前、何となく居心地が悪い事もあるが、気が抜けてるんじゃないかと責められたらたまらない。たまに、そんな気の抜けたような失敗をしてしまうのが、岩男の今ひとつ閉まらなくて、しっかり認められない理由と言えた。ここぞという場面で、外してしまうのだ。それは、小さい頃からそうであるが、理由なんて本人にも分からない。

風が吹くままな生き方をしているからだろうか。

しかし、昨日の事があるからではないけど、今日はそれほど忙しくはなさそうだから、その点でまだゆとりがある。来週になればそんな事も言っていられないけど、まあ、嵐の前の静けさと言ったところだ。気の抜けたところや、やる気が出ないのはそのせいかもしれないけど、来週になったってモチベーションは一緒なのだろうから、結局は岩男次第な訳だ。風さえ吹けば、やる気にもなるかもしれない。

そんな岩男だったが、会議に参加する機会がないせいか、誰かの報告に耳を傾けるのも飽きてきだした。話を聞いていないので、まったく何を言っているのか理解できないから、はっきり言って詰まらないのだ。だから、また、集中が切れ、肘をつきながら、なんとなく窓の外を見た。

その途端、彼は思わず目を見開いてしまった。

いつの間にか、さっきまで十円玉くらいだった雪が、リンゴほど白い塊となって空から落ちていたのだ。

こんな大きさの雪が降るなんてありえない!

だが、それは窓の外に広がる灰色の空から、まんべんなくゆっくりと舞い落ちており、次々に降り積もっているようだ。

しばらく様子を見ていると、次第に雪の塊は大きくなり、リンゴから大きめのグレープフルーツ台ほどまで大きくなっていった。

それを見て、岩男は思わず席から立ち上がってしまった。そして、声も出せないで、眼を見開きながらこの驚きを皆に伝えようと振り返った。

しかし、同時に会議も終わったらしく皆は一斉に立ち上がり、思い思いに立ちあがってしまったので、彼はタイミングを奪われて声もかける事が出来なかった。当然のことながら、誰も岩男の事など気にもしていない。もし、会議中に彼が立ち上がって声を出していたら、間違いなく注目されていただろうけど、その惨事はまのがれたようだ。本人は、その事は気にもしていない様子ではあったが。

なので、岩男の行動は不自然ではなかったにしろ、その後に行った事は明らかに変であった。皆がぞろぞろと入口から外に出ていくのに、岩男だけは残って会議室の窓に手をつきながら、外を眺めていたのだから。

ただ、その気持ちも分からなくはない。

何しろ、見渡す限りの土地を雪がすっかり覆っていて、いつもの東京の面影が全くなかったからだ。とめどなく走り回っている車の様子や、数え切れないほど(うごめ)いている人の様子も全く見る事が出来ない。さっき見た雑居ビルや住宅街など見る影もないのだ。もう、ビルの四階ほどに雪が積もっていて、多くの建物が雪に埋もれているのが見て取れる。それに、雪は止む様子など(つゆ)ほども感じられず、むしろその強さを増しているのだ。

信じられない光景に、岩男は自分の目を疑った。だから、頭で考えるより早く体が反応して、思わずまだ会議室に残っていた同僚の一人に声をかけてしまった。

「下がえらい事になってるよ!雪で!」

 普段岩男とあまり話した事のないその同僚は、(いぶか)しげな顔をしながら傍に寄ってくると、岩男と同じように窓を覗き込んだ。

「雪がどうしたって?」

「だから、見ればわかるだろ?雪がこんなに積もるなんて!」

 岩男は興奮しながら、唾を飛ばしながらそう言った。こいつはなんでこんなにも反応が薄いんだ?こんな状況になっているのに!

しかし、同僚は首を(かし)げながら、まじまじと岩男の顔を見てきた。まるで、奇妙な者でも見る目つきだ。

「何言ってるの?雪なんて降って無いぞ」

 同僚のその言葉に岩男は絶句(ぜっく)した。どういう事だ?こいつには雪が見えないと言うのだろうか?建物が埋まってるんだぞ、この東京の!馬鹿にしたような眼をしやがって。

岩男は興奮を隠しきらずに、声を荒げた。

「だから、雪が降ってるだろうって!見てみろよ、粒もでかいし!」

岩男は拳を握りしめながら、体を震わせると、その同僚を睨みつけた。本気の言葉であるのはその顔からビンビン伝わってくる。

しかし、相手はただ困っていた。普段、それほどの付き合いは無くても、岩男がそんなへんてこな冗談を言ってこない事は分かっていたし、だいたい自分から喋りかけてくる事も珍しい。

雪?粒がでかいって何だ?

同僚はすぐに心配そうな表情を浮かべた。

「何にも見えないぞ。疲れてるんじゃないか?大丈夫?」

同僚はそう言って、岩男の顔を覗き込んできた。ストレスが貯まり過ぎたのだと思ったのだ。岩男の心情を図ると、その答えが浮かんできたのだろう。哀れみさえ浮かんでいる。

岩男は何かを言おうとしたが、彼にそんな顔をされて言葉にならなかった。なので、息をのみ込むと、顔を歪ませながら顔を逸らすと「いや、いいんだ」と言って、手を弱弱しく上げた。

そんな岩男の様子を見て、その同僚は困惑したような顔をしながら、何も言わずに会議室から出ていった

 一人取り残された、岩男は弱弱しく窓の外を見た。

 ちょっと目を離した隙に、雪はスイカくらいの大きさになっている。音は聞こえないけど、きっとすごい音を立てて落ちているはずだ。あんなのが人に当たれば、怪我どころじゃすまないはずだ。

しかし、分厚い窓から見る景色だから現実感がない。いや、ない訳ではないけど、そんな簡単には受け入れられない光景が広がっているのだ。見渡す限りの銀世界であり、寒さを感じないからか、いつまでも見ていたくなるほど幻想的で、大変な事態だとは思っても目が離せなくなってしまう。東京がまるで東北の豪雪地帯の様に雪で覆われてしまっている。いや、豪雪地帯だって、ここまでは降らないだろう。信じられないけど、もう十階建て以下の建物は見えなくなっているのだ。首都高はすっかり覆われているし、見渡す限り遠くの方まで白く埋め尽くされている。

これは事件だ!岩男は直観的にそう感じると、徐々に自分を取り戻していった。急に体が熱をもったかのように、機敏に足を動かすと、すぐに自分のフロアーの戻った。そして、窓際近くにいた人に声をかけた。岩男より年が若い、派遣の女子社員だ。

「君、外に雪が降ってるの見える?」

 すると、彼女は岩男に無表情に顔を向けてくると、冷静に答えてきた。

「見えません」

 首を振って、すぐに岩男から目を逸らした。そして、それ以上何かを言っては来なそうだった。まるで、相手にしたくないみたいだ。 

岩男はしばらく彼女を見ていたが、すぐに諦めてその場から立ち去った。同じ課の女性は、皆そんな態度をとってくる。岩男が話しかけると、いつも無表情なのだ。この会社はそんな女性ばかり集まってくるのか、この課の雰囲気がそうさせるか知らないが、皆お難くて男を寄せ付けない感じだ。感じが悪いったらないのだ。

とは言え、雪が見えていないのは間違いなさそうだった。

岩男は信じられない面持ちのまま、窓の外に目線を映して、またびっくりして思わず声をあげてしまった。

何と、二つの雪がくっついた雪だるまが降ってきているのだ。かなりの大きさの雪だるまが、いくつもいくつも降ってきては地上を埋め尽くしている。中には三つ直列で連なったものや、水分子の様な形をしたもの、それに鉄アレイみたいな形をした大きな雪の塊も落ちている。岩男はガラスに顔を張り付けて、それらが下に落ちるまで目で追った。

それを見ていた女子社員は、明らかに挙動不審な岩男を怪訝そうな顔で眺めて、あからさまに体を震わせた。たぶん、気持ち悪がったのだろう。だからか、窓にへばりついている岩男をその場に残してどこかに行ってしまった。

 一方、岩男は彼女の事などすっかり頭に無くて、ただ驚愕で頭が真っ白になって、ただ落ちていく雪だるまを目で追うしか出来なかった。こりゃ、仕事どころではない。とにかく、外に出てみなければ!そう考えると、足が反応してすぐに駆け出していた。慌ててエレベーターに乗り込み、早く早くと妙に焦りながらも地上階まで降りていくと、一目散に吹き抜けの広いエントランスがある正面玄関まで向かった。そこには、自分の会社の人間はもちろん、来客者も多数いたが、岩男は脇目も振らず駆け出した。

そして、受付嬢の目の前に立ち尽くすと、目の前の光景に思わず手で口を覆ってしまった。そこには、大きなガラスの扉が六枚で構成されている、二十人がいっぺんに通れるほどの入口があるのだが、それがすっかり雪で埋まっていたのだ。岩男は瞬間的に、入り口がふさがれた!と感じたが、他の人間は構わずそこから外に出ていき、雪の中に突き進んでいくし、外からも人が入ってきてはいる。岩男にはドアが開閉されるたびに入り込んでくる雪が見えたので、自分が外に出る気にはなれなかった。周りを見渡しても、そんな異常事態に気が付いている人はい無くて、パニックを起こしている岩男だけが一人浮いている感じだ。


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