表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/21

 終りの後は何故か切なくて

 そこに何かを見出したなら、ずっと信じてみよう!

 そこに何も無くても、あなたは何かを見つけ出すはず!


 そう、あなた自身の何かを!


 そして、新しい世界をまた、見つけ出すのだろう!


 頑張っていきましょう!

だから、仕方なくケースを開けると、二つ並んだ金色のカラーコンタクトを覗き込むと、ごくりと唾を飲み込んだ。

 本当に付けていいのか?

前の緑の奴も話に乗せられて付けたばかりに、今自分はこんな世界に放り込まれてしまったんじゃないか!今度これをつけたら、いったいどうなってしまうか、まったく予想がつかない。

今やすっかり興奮も()めているので、再び危険をともなう事への不安も無くはない。きっと、楓が自分を受け入れてくれさえしていたら、全然違った展開になっていたかも・・・。

なんて思っていると、すかさず楓の怒号が飛んだ。

「あなた、早くしなよ!」

 体を震えさせながらも、さっきは名前で呼んでくれたのになんて思いながら、岩男はしぶしぶコンタクトを付けた。楓はすっかり両目がゴールドになっており、急かすように岩男を睨みつけている。

「どう?」

 そう言われて、両目にコンタクトを付けた岩男が辺りを見渡すと、すぐに驚いて尻もちを付いてしまった。

「うわぁぁ!」

楓はよくこんな場所に立ってられる!

 岩男の目の前に広がっているのは、白く波打っているは青い海だったのだ。その海が眼下に広がっていて、岩男と楓は二畳ほどの岩場にいる。二人は四十メートルほど切り立った崖の頂点におり、後は見渡す限り、荒れ狂うように波立つ海ばかりだ。

要するに、二人はマッチ棒みたいに海に突き立てられた島の上にいるのだ。

岩男が尻もちをつくのも無理はない。危うく、楓の足に(すが)りつこうとしたいのを寸でのところでこらえて、ゆっくりと起き上がると、涼しい顔をしている楓に向き直った。

「今度はなんだろ?」

 震えた声で岩男がそう口にすると、楓は遠くを見ながら首を振った。吹きつける風で、ライトブラウンの長い髪が靡いている。

「分からないわ。でも・・・」

「でも?」

前に見た顔で、楓は口元をゆるませた。

「なんだかわくわくするわ。私、海好きだし!」

何で嬉しそうなんだ、この女は!岩男は首を振って答えた。

「そう言う問題?」

 楓は澄ました顔で、こくりと頷いた。

「また、新しい物語が始まるかも」

 やけに嬉しそうにそう答える楓に、岩男は呆れて大きく溜息をついた。一体、これから何が始まるって言うんだよ?こんな断崖絶壁の孤島の上で?呆れてものが言えない。

しかし・・・。風に靡く髪の毛と、白い肌の彼女の横顔はあまりに美しかった。ゴールドに光る瞳が、水平線から昇りかけている日の光に照らされて、眩しく輝いている。

まさに、ビーナスそのものだった。

岩男はゆっくりと、彼女に肩に手を回そうとした。

先の戦闘は、岩男の中に積極性とある種の自信を持たせたようだ。攻撃こそ最大の防御なり。

岩男は今まさに攻撃を仕掛けようとしていた。

 しかし、またしても先制攻撃されてしまった。

「あれを見て!」

 楓が足元の海を指差した。口を開く切っ掛けを奪われ、伸ばした手もかわされた岩男は、言われるがままに彼女の指先に視線を移した。そして、息を呑んだ。

 そこには、直径百メートルはあるであろう大きな渦が、物凄い勢いで波しぶきを立てながら、辺りに爆音を(とどろ)かせて回転していたのだ。螺旋状(らせんじょう)(うごめ)くその海流の中心は、海面より十メートルほど下がっており、全てを飲み込む口の様にその存在を(あら)わにしていた。怪物そのものだ。

岩男が口を半分開けながら隣にいる楓を窺うと、楓はいつか見た様なキラキラとした目で岩男に微笑返してきた。

そして、無言の訴えをしている。岩男は素早く反応した。

「いやだよ!」

 岩男は激しく首を振りながら楓を見たが、彼女はただじっとゴールドの瞳を向けてきた。そして、可愛さをまんべんなく使って、口を開いた。

甘えるような声と共に、岩男の顔に言葉の棘が刺さる。

「怖いの?」

 この女にそう言われたら、岩男に断れるわけがない。

岩男は歯を食いしばり、涙目になりながらも、もう一度崖の下に広がる、途方もない大きさの渦に目を向けた。

 絶対死ぬ。ただ事ではない。信じられない光景だ。

でも、隣で目を輝かせている人は、そんな事露ほども感じてない様子だ。

「私、小さい頃よく海に飛び込んだのよ!すごい高い所から」

 雪国の生まれじゃぁ無かったのか?岩男の疑問は、すぐ楓の言葉にかき消されていった。

「高い所から飛ばれなきゃ、近所の子供達から・・・」

「バカにされんだろ?」

岩男はそう言って、口元を緩めた。

「そう言う事」

 楓はそう言って、岩男の手を握った。

「あの時、格好良かったよ」

「え?」

 岩男は眼を広げて、楓の横顔を見た。楓は遠くを見ている。

「私を守ってくれたでしょ?最後の最後まで」

 この女は・・・やっぱり分かってくれていたのか。岩男は嬉しさと興奮で顔を真っ赤にしながら、楓の手を強く握り返した。そして、空いている方の手で楓の肩を抱き寄せようとした。

「当たり前のことしたまでさ」

 歯の浮くようなセリフも、今の岩男にははっきりと言い切る事が出来た。何しろ、自分はやることをやり切ったのだから。眩しい日の光が、岩男の頼りなげな頬を照らした。

「私、本当は最後まであなたがやられちゃうんじゃないかと思ったのよ」

楓が頬を桃色に染めてそう言って来るのを、岩男は無言で受け止めた。確かに途中は危なかった。

「でも、あなたは勝ち残った。私の為、そうでしょ?」

楓はそう言って、岩男の顔を覗き込んできた。陶器の女達よりもきめ細やかな頬と、ぷっくりとした唇が岩男のすぐそばで揺れている。岩男は鼻息を荒げた。

「そうだよ」

自分のことで精いっぱいであったことなど今や昔。とにかく自分は勝ち抜いてきたのだ。自分の恐怖を知る粘土人達ももういない。 すると、楓がその場に坐り、岩男も隣に座る隣に誘った。

「こっちに来て」

岩男は導かれるままに隣に座った。自然と胸が高鳴ってくる。彼女から漂う少し汗交じりの、自然な香りにすっかり心が参ってしまう。そんな岩男に火を注ぐかのように、楓はピッタリと体を寄せてきた。

「私、強い人好き」

岩男は自然と楓の肩に手を廻した。すると、驚く事に楓は拒否しなかった。陶器の女とは違う柔らかい感触を指先に感じて、岩男は恥ずかしさと共に、そこに楓がいる実感を心に刻みつけた。楓の髪の毛がサラサラと鼻先に舞い、岩男は鼻息を荒げた。

「朝比奈さん!」

 すると、楓はうっとりとした顔をしながら、岩男を見つめてきた。「楓って呼んで」

 それは、もう、とろけるような声である。二人は息を吹きかければ感じるほどの距離でみつめあっており、すでに岩男の両腕は彼女の背中に回っていた。岩男は全ての事を忘れて、ただ楓の事だけを見ていた。聞こえるのはただ、渦が波を切り裂く音だけ。金色に輝く二人の瞳。楓のピンクの唇。二人の荒い息使い。

 岩男はたまらず、楓の顔に言葉を吹きかけた。

「楓」

その時である。

あろうことか、尻からガスが噴き出る音がした。

それもとびきりの奴である。

巌は楓の顔を覗き込んだ。緊張が緩んだのだから仕方がない。タイミングを考えないのが閉まりの悪いところだ。

岩男はどうしていいか分からず言葉も出ないが、二人の間を漂うその頭を揺さぶる様な臭気は、おのずと答えを導いてしまったようだ。屁の音が悪いのか、その匂いが悪いのか、あるいはその両方か。

楓は何も言わずに崖に歩きだすと、何か声を掛けたそうな岩男に構わず、岩場の(へり)まで進んでいった。

むろんその表情は岩男に窺えない。怖くて見れたものではない

そうは言っても、岩男もつられてそこまで進んで行った。

「楓?」

岩男の呼びかけに、彼女は答えなかった。

「あの、その、なんて言うか・・・ごめん」

岩男が情けないような声を出して、彼女に近づこうとすると、彼女は海の方を見たまま、二本の指で岩男を呼び寄せた。

岩男はすぐさま隣に並んだ。直立不動である。

「落ちて」

剣のある楓の声が、岩男の耳に飛び込んできた。

「え?」

「ここから、あの渦に落ちて」

岩男は下を覗き込んだ。とてもじゃないが怖くてどうしようもない。

「俺から?」

楓は頷いた。

「当たり前でしょ!」

岩男は体を縮こまらせて、恐る恐る楓の横顔を窺った。

「そんな、俺・・・」

「うるさい!」

楓は取りつく島がないようだ。おならぐらい誰だってするじゃないか。岩男はそう思ったが、彼女には通じないようだ。どうにも納得できないらしい。

「その、そんな事もあるよ」

 巌がそう言うと、楓は真っ赤な顔をしながら、彼を睨みつけてきた。岩男は驚いて顔を引き攣らしたが、おずおずと彼女の傍に歩み寄った。

「誰にも言わないで!」

楓がそう言ってきたので、岩男は頷いた。

「言わないよ。楓が屁をこいたなんて」

岩男がそう言うと、彼女は彼の両腕を掴んで、崖に突き落とそうとした。足元から、小石がじゃらりと音を立てて落ちていった。

「絶対に言わないでね!」

「わ、分かったよ!絶対に言わない!誰にも言わない!約束するから!だから、落さないでくれ!」

岩男が慌ててそう懇願すると、楓は彼を崖のヘリから自分の方に引き寄せた。そして、顔を岩男に近づけると、呟くようにその顔に息を吹きかけた。

「絶対言わない?」

目が真剣だ。岩男は何度も頷いた。

「絶対言わない!」

「約束する?」

その金色の瞳は、岩男のピュアなところまで届いた。

「約束する!」

岩男がそう言うと、彼女は岩男の背中に手を回して、その唇に口づけをしてきた。思いもよらぬ事に岩男はびっくりして体を硬直させたが、楓が止めるつもりがなさそうだと分かると、自分も彼女の背中に手を廻した。激しい接吻である。

二人はお互いに唇を離した。そして、しばらく見つめ合った後、おもむろに楓が口を開いた。

「行くわよ」

 行く?どこに?

「え?」

 楓は下を見下ろした。

「行くわよ」

 楓の言葉を理解した岩男は慌てて口を開いた。

「その、やっぱやめない。これから、その、あれだ。二人の思い出を・・・」

岩男が恐怖と期待の入り混じった顔でそう言うのを(さえぎ)ると、楓は首を横に振った。

「行くわよ!」

「無理!無理!だって・・・」

 岩男が首を振って拒否して、つないでいた手を離すと、彼が話し終わる前に楓は飛び込んで行った。

「うわぁぁぁ!!!」

思わず叫び声をあげて下を覗き込むと、楓は真っ直ぐに渦に中心に落ちている。

岩男は天を仰ぐと「まっ、仕方ねぇや!」と言って、同じように崖から飛び込んで行った。二人はきりもみしながらも、導かれる様に渦の中心に飛び込んで行った。


楓はなにもかも忘れる様な嬉しそうな顔で、眼を見開きながら。


岩男は今までの行いに後悔して、顔を引き攣らせながら。

 

二人の物語が、今始まろうとしている。


さて、ここから始まる物語は、また二人の退屈を上手に刺激して、満足させるのだろうか?岩男はもう懲りているようだが、楓はどうなのだろうか?すごく知りたいとは思う。現状を当たり前に感じない世界に行くと、現状が異常にすら感じられて、もとの世界には戻れないと言う。異常が正常に、正常が異常に。どちらの世界を行き来するのも、本人の意思次第なのだろう。

楓はそれを選んだ。                    


では、岩男は?


それを望んだのだろうか?ただ流されただけ?

いや、彼はちゃんと、自分の意志を持っていたと思いたい。

なぜなら、正常の中で自分の異常に気が付き、異常の中で自分の正常に気がついた彼が、一番欲していたものに向かう事が出来たのは、彼の決断に他ならない。

何かを欲すと言うこと自体が、それに対して決断していると言う事なのだから。

人は何かを欲しなくてはならない。

そして、何かを決断するのだろう。

それが何かは、岩男の様に異常に生き、正常に気がつく事で見えてくるのかもしれない。

もしかしたら。


たぶん。


いつの日か。


    

おしまい 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ