さらに戦いは続く!
何を守るのか?
何の為に命を使うのか?
何が出来るのか?
自分と向き合い、そして相手と向き合う。
絶対負けられない戦いがそこにあるのだ!
粘土人達は、一人ひとり岩男に向かってきた。なので、岩男は個別に彼らの体を受け流して、次々と崖の上に投げ落して行った。柔道なんて中学生の時にしか習った事無いけど、そのような体の動かし方で何人かを足にかけて、投げ落したのだ。
しばらくして、かなわないと思ったのか、男達は向かって来るのをやめて、様子を見ていた。怖がっている様子も、死を恐れている様子もなかったが、圧倒的な力を前にしてどうしようか攻めあぐねているようだ。その中には、楓がボディーガードとして選んだ二人もいる。彼らは彫刻の様な均等が取れた素晴らし体を、戦闘の興奮からか気持ちが高ぶっているかのように、上下させていた。
岩男も息を整えながら、次をどうしようか考えていると、不意に彼らが岩男とは反対側に戻っていった。
引いたのか・・・。助かった。
岩男は張り詰めている筋肉を解すかのように深く息を吐き出し、これで彼らと闘わなくて済むのかと一瞬だけ頭に思い浮かべたが、すぐにそれが誤りであると分かった。
岩男の目の前で、粘土色の肌をした男達は円陣を組み、岩男に聞き取れない言葉を大声で叫びながら、足踏みをしていた。反対側にいる楓が玉座にしがみつきながら、恐怖の色を浮かべて震えているのが見える。そんな楓の様子を見て、岩男は今のうちに彼女の近くに行こうと思い、男達を遠巻きに見ながらじりじりと足を進めた。この広くて平らな足場は、ちょうど円形にそり立っているので、崖沿いに進めば楓の所には必ずたどり着ける。それに、中心付近にいる男達とも距離をとれるので都合がいい。岩男はなるべく音をたてないように、でも、出来るだけ急いで彼女の所に向かおうとした。
しかし、半分まで来ないうちに、十人ほどの男達は円陣を解き、二組に分かれて岩男を取り囲もうと動きだした。その動きはさっきとは違って、統制がとれているかのようにスムーズだ。ばらばらに攻めかかってくるのではなく、彼らが連携を取ろうとしているのは岩男にも分かった。
男達は岩男を挟み込むかのように距離を縮めてくると、表情の変わらない粘土色の顔を興奮しているのか、大きく揺らしてまた威勢のいい言葉を吐き出してきた。
脳味噌が覚醒して本能を漲らせた岩男は、瞬時に二組の間の隙間を狙って、迷いもせず一目散に駆け出した。
一瞬の隙である。
近くに迫ってきた一人の粘土人の腕を吹き飛ばして、岩男は包囲網をかいくぐると、中心の広い所で男達と向き直ろうとした。勢いで彼らが一人づつ攻めてきたら、こっちのものである。一人だったらさっきの様に個別に倒していけばいいのだから、その分勝機は見える。その刹那に岩男の中でその筋書きが頭に浮かんだが、そうは問屋が卸さないようだ。
粘土人達も馬鹿では無い。岩男が彼らに振り返った時、彼らは慌てる様子もなく、岩男を中心にして間隔を空けながら取り巻いてきた。すっかり取り囲まれていて、距離はあるものの徐々に縮まっていくのだから、岩男にもここで一抹の不安が頭をよぎった。
自分の体を覆っていたセメント質の殻も、相続く戦闘のせいですっかり剥がれていて、今や腹の部分と、腰回り、太ももの半分ほどしか残っておらず、後はほとんど体が剥き出しになっている。それでも、あの飲み物の効力が訊いているのか、まだ筋肉は盛り上がって、力を漲らせているのが救いだ。
ただ、状況が好転する兆しは見えない。粘土人達はさらに距離を詰めてきた。いくら相手が粘土とは言え、十体も倒してまったくダメージが残らない筈はないだろう。岩男は円を狭めてくる粘土人達を、自分の体をゆっくりと回転させながら睨みつけた。見るからに隙はなさそうだし、連携を取りだしているから、一人に組みかかっても一気に囲まれてしまいそうだ。そびえたつ四本の柱から燃え盛る炎が作る男達の影が、岩男の足元まで伸びてくると、岩男はいよいよ覚悟を決めた。
そして、不意に笑みを浮かべた。
「ふふふ」
思えば笑ってしまうが、今自分はエキサイトしている。
死を間近に感じて、どうしようもない感情を抱いている自分に、岩男は口元を緩めた。自分の死がもうあと少しで迫っているのにも拘らず、沸き起こってくる高揚感を感じて、自分の中の見えていなかった側面を見た気がした。
俺は戦えるのか・・・。いや、闘っているのか!
不思議な感情だが、今まで過ごしてきた日常の生活が、まるでモノクロの遠い思い出の様に感じられて、今ここで死に直面している今の方がよりリアルを感じてしまっている。自分が死ぬと言う事なんて、未だに全く理解していないのにも拘らず、闘っている自分に酔いしれているのだろうか?本能を感じて戦う事に目覚めてしまったのか?向うの世界では全く感じられなかったのに、死を意識してようやく感じるだなんて。
それに、もう自分に助かる道はなさそうだ。
岩男は大声を上げながら、目の前に迫ってくる男前のボディーガードを見つめて、狂ったように笑った。
「おら、一気に来いよ!」
岩男はそう叫んだ。一思いにやってほしかったのだ。
すると、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえて、岩男はその声の方に顔を向けた。
「岩男!頑張れ!」
見ると楓が玉座に仁王立ちして、声を張り上げていた。
彼女は岩男に向って、両手を口に添えて、力の限り、声を振り絞って何度もそう繰り返してきたのだ。
岩男の眼が、再び熱に揺れた。
自分が応援されている。
しかも、楓に。あの、美人に!
岩男は怒号の様な唸り声をあげると、寸でのところで一斉に飛びかかって来た男達の体を吹き飛ばして、その隙をついて駆け出した。すぐに、小柄な男が岩男の腰にタックルをかまして来て、その衝撃で腹の殻が砕け散り、岩男にも相当の衝撃を与えたが、岩男はよろめきながらも倒れず、逆にその男の胴を薙ぎ払って、真っ二つにした。その男は胸から上だけになりながらも、必死に岩男にしがみついていたが、岩男は気にする事もなく走り続け、残りの男達をひきつれて、火の付いている柱に向かった。
それは計画していた訳ではなく、本能的であったが、岩男は直観的にその柱を登っていった。男達は何もできない様子で上る岩男を見上げていたが、やがて意を決した一人がその後を追ってきた。
あのボディーガードの一人である。
屈強な体つきをした彼は、岩男にも負けないスピードでそのごつごつとした岩肌の柱を上った。
一方、岩男は柱をのぼりながら、腰でしがみついている男に目をやると、まだ力を緩めそうにないので、片方の拳で頭を潰した。粘土色の肉片が、岩男の顔や体に飛び散る。すると、彼はだらりと力無く腰から落ちそうになったが、何を思ったのか岩男はそれを受け止めて腕を掴むと、その腕の反対側を柱の頂上で火柱を上げている炎に投げ込んだ。
すると、その体は勢いよく燃えだして、みるみる大きな火の塊になった。粘土人の体が燃えだしたのだ。それはごうごうと音を立て、その熱が岩男の頬を撫でた。
岩男はそれをすぐ近くまで迫っていたあのボディガードの粘土男に投げつけると、それはうまい具合にその男の背中に当たった。すると、その炎は彼に燃え移って、あっという間に火が体を舐めつくし、瞬く間に火ダルマになってしまった。
そして、燃えだした彼は、柱の頂上付近からまっさかさまに地面に落ち、丁度下にいた仲間の頭上に落ちた。すると、瞬く間に火は下にいた男達にも燃え移り、何人もが火だるまになった。彼らは二秒もしないうちに火ダルマになると、熱さからか飛び上るように四方に駆け出し、全体に広がっていった。