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 戦いは続く!

 男は戦いの中に自己を見出すんだ!


 逃げるな!立ち向かうんだ!


 そこに障害がある限り!

岩男が恐る恐る目を見開くと、そこには両腕を肘のとこから無くして、腕を振りおろした状態で体を固まらせている老人がいた。自分でもびっくりしているのか、岩男のすぐ近くで無くなっている自分の手首を見ている。すると、岩男のすぐ後ろを、杖を手にもったままの老人の両手が回転しながら落ちているのが見え、すぐに奈落の底に落ちて消えてなくなった。

岩男は眼を見開いてびっくりしながら、それと、自分の体とを見比べたが、一番信じられない顔をしていたのは老人の方だ。

彼はたった今目の前で起きた出来事が、どうにも受け入れられない様子で、無くなった両手をおろおろしながら見ては、岩男の視線を送っている。

驚くのも無理はない。

彼こそが、前の合戦も勝ちぬき女王と結ばれた存在でもあり、今ここで争っている男達の父親である、男の都で一番強い男であったのだから。彼の予想では、下で争っている息子達の中で勝ち抜いてきた者と自分とが、最後の決着をつけるものだと思っていたわけで、その時の為の言葉も色々と考えてきた訳である。だからこそ女王の傍にいても、彼には他の誰も戦いを仕掛けてこなかったのだし、それはその世界の暗黙の了解みたいなものだったのだ。

しかし、訳の分からない奴がいきなり現れた。ちびで薄灰色をした体の男だ。見た事は無かったが、すぐに戦いに慣れてないと思った。明らかにとても弱そうだったから、息子と戦う前に一丁(いっちょ)腕慣らしでもするかと、安心して戦いを仕掛けてみたにも関わらず、思いもよらぬ事にこんな状況になってしまったのだ。

彼は現状を全く理解出来ないまま、驚愕(きょうがく)の表情を浮かべて岩男に向き直っていた。

一方、岩男はその感触で、全てを理解していた。

この世界の男の体は、見たまんま粘土細工みたいに脆い!まったく痛くも痒くもないじゃないか。

そうと分かれば、もう迷いはない!

今岩男には、自分の中には無いと思っていた動物的な本能が覚醒しており、今までに全く感じた事のない自信が漲っていった。

岩男は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、ゆっくりと老人に歩みを向けた。あの赤い草の粘液とこちらの砂とが反応して、岩男の体の表面はコンクリートの様に硬くなっていたが、動き出す度に関節でそれが削れ、関節部だけはむき出しになっていた。だが、岩男が動くにはそれほど支障はない。どうやら、この堅くなった砂が、プロテクトアーマーとなっているようで、衝撃を和らげ破壊力を増しているようだ。勝利の女神は、岩男に力の風を吹かした。

今度逃げるのは老人の方だ。彼は必至で、腕を振り上げて逃げ出した。 

なので、岩男も走り出すと、背中を向けた老人に追いつき、懸命に殴りかかった。すると、左の肩に右ストレートがあたり、そこが拳の形にめり込むと、老人は足元から崩れ落ちた。すぐさま、前のめりになり、彼の体は砂にめり込む。

それを見て、岩男のこめかみに汗が流れおちたが、今度はずっと熱い汗だ。岩男の中の闘争心は冷静さを欠いており、むしろ恐怖の反動から積極性を生み出していた。

俺はすごいパワーを持っているんじゃないか!

信じられないけど、実際そうじゃないか!

そう思い、岩男は老人を捕まえると、ヒーローが悪人を投げ飛ばすかのように持ち上げようと、両手に力を込めた。

しかし、持ち上げようと思っても持ちあがらない。力が増した訳ではなさそうだ。

岩男は拍子抜けして息を吐き出した。すると、その隙に老人は岩男の両手を振りほどくと、息を切らせながら彼に向き直った。

「くらえ!」

 老人はそう言って、岩男めがけて突進してきた。彼は前のめりになりながら、全速力で向かってきたが、岩男は紙一重のところでそれをよけると、横に転がった。すると、老人はそのまま足を(もつ)れさせ、手もつけないものだからバランスを崩して、あっと言う間に崖に落ちてしまった。

断末魔の叫び声が聞こえてくる。岩男は恐る恐る下を(のぞ)いたが、老人の姿はもうそこには無かった。

「あなた強いじゃない!?」

 後ろから楓の上ずった高い声が聞こえたが、岩男は崖から視線をそちらに向けると、力無く首を振った。ただ、興奮で息を切らせながら、今自分に(みなぎ)る自信と力をひしひしと感じて、掌を広げてそれを握りしめた。まさか、自分にこんな力があっただなんて。

しかし、俺はあの老人を・・・殺してしまった。

今になって、冷静さも戻ってくる。

そんな岩男の姿を見て、楓が玉座から降りて来て、彼の傍に近寄ろうとすると、今まで殴りあっていた男達が一斉に動きを止めて二人の方に顔を向けてきた。

すでに半数以上に減ってはいるが、それでもかなりの数の男達がいて、それが二人を興奮したように睨みつけている。楓は慌てて玉座に戻り、男達の様子を窺いつつも、岩男にも目線を送った。岩男は彼女の目線を感じながらも、そちらには目もくれずに、ゆっくりと彼らの方に歩み寄った。

何故か、自然に今から自分に何が降りかかるか、そして何をすべきか分かる。戦いが始まるのだ。

粘土色の肌をした男達も、それを感じたようだ。

彼らは、傷ついた者も、無傷な者も、同じように憎しみに燃えたような表情を岩男に向けると、じりじりと歩み寄ってきた。そして、階段の中腹にいる岩男と、粘土人達の先頭との距離が五メートルほどに迫った時、彼らは足を止めた。

その場所に一瞬の静寂が訪れ、張り詰めた様な緊張が(みなぎ)った。

玉座からそれを見ていた楓は、あまりの恐怖に黙ったまま、ただ岩男と彼らの様子を交互に目で追った。腰が抜けたように、それしか出来ないのだ。

一方、岩男は階段の上で落ち着かせるように息を吐き出し、粘土人達を見下ろした。どれほどの人数がいるだろうか?どう考えても、一人で相手をする数では無い。しかし、やらなければ!

次の瞬間、岩男と男達は同時に駆け出し、ぶつかりあった。

玉座のすぐ目の前で最初の戦いが起こったのだ。

岩男は先頭にたどり着くなり、そこにいた小柄な粘土男にとび蹴りをくらわした。今まで一度もそんな事をした事は無かったけど、頭の中でそれがイメージ出来たし、出来るとも思ったから体がそう動いた。すると、そのとび蹴りは全くイメージ通りその男に決まり、岩男はその小柄の男の腹を真っ二つに蹴り割ると、そのまま地面に着地した。男は腰を蹴り破られてすぐに地面に崩れ、声もあげずにその場に動かなくなった。

それを合図に、次々に男達が岩男に襲いかかってきた。

右から襲いかかってくる粘土男の腕を交わして、腹を力一杯打ち付けると、左わき腹が大きく吹き飛び、岩男の顔に粘土色の肉片が飛び散ってきた。相手はすぐに崩れ去る。だが、攻撃の手は留まる事を知らない。一人が岩男の右足を抑え込んできた。まだ、子供みたいな体をした奴だ。しかし、岩男は躊躇(ちゅうちょ)する事無く、その男の頭に拳をくらわして叩き潰した。拳を取り巻いている、砂のプロテクターが効果を発揮している。

岩男は一瞬息をついた。そして、周りを見た。

誰もが素手であったが、ここまで勝ち残ってきただけあって体格のいい面子(めんつ)ばかりで、岩男よりも皆背が高かった。しかし、かなわない相手ではない。むしろ、自分の方が力的には優位なのだ。しかし、粘土人達は休むことなくもう一度岩男に襲いかかってきた。彼らの攻撃パターンが単調で、一騎討ちを好むせいか、岩男はそれを何とかしのぐ事が出来た。今の岩男なら、彼ら相手にタイマンで負ける事はないのだ。

だから、岩男は無我夢中で向かってくる粘土人達を、ひたすら殴り、何度も蹴って、幾度となく彼らをなぎ倒した。粘土の様に柔らかい彼らの体は、その度に吹き飛ばされ、簡単に体を貫かれ、辺りに肉片を飛び散らせながら頭を潰された。もちろん、中には岩男に届く拳もあったが、岩男に当たるや否や拳から潰れていき、まったくダメージを与える事が出来ないでいた。赤い草の粘着質と、この世界の砂が混ぜ合わされて硬くなったプロテクターで、体中が覆われていたからである。

だが、彼らに攻撃を受ける度に岩男の体を覆っていた硬いプロテクターは剥がれていき、徐々に肌が露出してきた。そして、それは丈夫を誇っていた岩男の拳も同じで、殴る度にどんどん剥がれてゆき、十人ほど倒したところで両方の拳はすっかり砕けて、(あら)わになっていた。体は何とか守られているが、腕や足はもうぼろぼろな状態だ。それでも、岩男自体にそれほどダメージは響いていなかった。ただ、流石に疲労は隠せようもない。

まあ、それは粘土人達も同じであり、二十人ほどになった粘土人達は円になって岩男を取り囲み距離をとりつつ、仲間達の無残な亡骸を見ながら、肩を揺らして息を荒げていた。

岩男も肩で大きく息を吐いて、止めどなく流れる汗を拭うと、周りを取り囲む彼らを睨みつけてた。

彼らが武器を持っていないのが幸いだ。老人の持っていたような木の棒も、ここには無い。刃物もない。飛び道具もない。

素手だけが武器である。いや、岩男の身につけているプロテクターは、粘土人にとってかなりの脅威である事は間違いない。

偶然がもたらしたものとは言え、岩男は自分の運の強さに少し自信を持ち、それは内から満ちてくる力へと変わっていった・

その勢いのまま、岩男は首を振りながら三百六十度見渡すと、楓の座る玉座とは反対側に駆け出した。そして、粘土男達の包囲の輪を破るように、一番手前にいた男を一撃でなぎ倒すと、そのまま男達の囲みを突破して、少しだけ広くなっている広場に向かった。いくらなんでも、囲まれたら終いだ。

振り返ると、後ろからは男達が体を震わしながら追いかけて来て、その迫力たるやまるで小鹿を襲う狼の群れである。

彼らは誰も声も出しはしなくて、岩男を威嚇(いかく)する様なしぐさや、叫び声すら上げないのが逆に不気味で、力に歴然とした差があるにも関わらず岩男には響いた。淡々と攻めてきて、その度に壊されていく粘土人達に、岩男は攻撃されているにも関わらず、少なからず心が痛みだし、さすがに心苦しくもなった。

しかし、完全に火がついた闘争心と本能は、衰えも見せないでメラメラと熱い炎となって燃え盛っている。これは今更抑えようもない。自分が死ぬか、向こうを殺すか、二つに一つの世界なのだ。

そこから駆けだした岩男は、先の争いで敗れた粘土色の(むくろ)を避けながら崖ぎりぎりまで来ると、不意に振り返った。

目の前には、男達が攻撃の姿勢を構えながら、じりじりと距離を詰めようと迫っている。岩男も拳を振り上げて、男達を迎え撃った。 

背水の陣だ!


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