サングラーマ!
この言葉の意味は調べて載っています。と思います。
さぁ、始まってしまいましたよ!どうなる?どうなる?
二人に近くにいた老人の横顔もオレンジ色の炎が照らし出し、その不気味な顔を二人の前に浮かばせた。
「時は来たり!」
老人はそう呟くと、皆の方を振り向いて、大きく雄たけびを上げた。
「サングラーマ!」
すると、男達が次々と同じ言葉を口にし出し、辺りはその声で埋め尽くされていった。また、一斉唱和である。
岩男と楓はそれに圧倒されてなす術がなかったが、急に四本の柱から火の玉が空に上がり、ちょうど皆のいる真上で四つの火の玉がかち合い、大きく弾けて火花を散らした尺玉の花火の様にである。
すると、それを合図にして、二人の目の前にいる粘土色の肌をした男達が次々に殴り合いを始めていった。さっきまで大人しくて従順であった粘土色の肌をしていた男達は、鬼の仮面みたいな表情を顔に張り付けて、奇声を上げながら、素手でお互いを殴りあいはじめた。粘土人達は立派な体躯をしているからか、力が凄まじいらしく、頭を潰される者や、腕を引きちぎられる者、そして、崖の外に投げ出される者もいた。
岩男と楓は、しばらくあっけにとられて動く事も出来ずに、ただそれを眺めていた。しかし、さっきとは雰囲気の違う、かなり興奮した様子の老人が、拳を構えながら岩男ににじり寄ってきたので、岩男は身構えて玉座の後ろに飛びのいた。
こいつはやる気だ!
岩男は身構えながら、玉座の上で足を抱えて体を縮こまらせている楓を挟んで、眼をすっかり戦闘モードに切り替えている老人と睨みあった。勿論、岩男は喧嘩の経験などない。人を殴った事もなければ、命をやり取りするような状況に陥った事もなかった。
しかし、今老人を目の前にして、自分がその瞬間に立ち会っている事を感じざるを得なくて、岩男は俄かに吐き気を催した。込み上げてくる恐怖の感情とそれを助長する脳内物質で、興奮の頂点に達しながら岩男の目も血走り、瞬時に体が熱くなってきた。
何を根拠に自信を持っているのかは分からないが、岩男はそこから逃げ出したり、降参してその場にへたり込むよりも、老人と向き合い叫ぶ事を選んだ
「うをぉぉー!」
威嚇すると言うよりは、叫ばなくては、自分を保っていられない。
この時点で、恐怖の為か、楓の事はすっかり頭から無くなっていた。
「くそー!かかってこいや!」
弱い犬ほどよく叫ぶ、とはよく言ったもので、威勢はいいのは岩男の方で、老人は何も言い返しても気やしなかった。随分場数をこなしているのか。老人は落ち着いた興奮状態を保ったような動きで、玉座を中心に園を描くように、ゆっくりと足を動かしてきた。同じようにして、岩男も老人と距離を取る。
中心にいる楓は恐怖からか、声も出せずに眼だけ二人を追っていた。逃げ出す事も出来ずに、ただ恐怖に染まっていたのだ。
玉座から少し離れているせいか、他の男達が岩男と老人を無視しているから、誰かが背後から襲ってくる様子は無かったが、岩男からして見たら老人を相手にするのも十分重荷である。他の男達からして、老人との争いは避けているような節すらあるのだから、尚更、老人の実力を感じて額に流れる汗も増える。少しでも隙を見せたら、やられそうだ。一体、ここまで緊張を強いられたのはいつの事だろうか。もしかしたら、初めてかもしれない。
二人が一周ほど対峙すると、ふいに老人が低い声を出した。
「若いの。わしとお前さんとの実力の差ははっきりしてる。お前さんの恐怖は手に取るように伝わってくるでな」
老人はそう言うと、にやりと口元を歪ませたように見えた。正確には、彼の表情は仮面のように変わらない。
しかし、岩男にははっきりと、自分の実力が見透かされているのが分かって、ちっとも声も出ない。
すると、老人は何度も頷きながら口を開いてきた。
「初めての戦いか?怖いのも無理はない。じゃがな、これはサングラーマじゃ、手加減は出来ん。だから、お前さんに二つの道を選ばせてやろう!」
老人はそう言って、指を二つ突き立ててきた。岩男は喉をカラカラにしながら、瞬きもしないで耳をそばだてた。
「いいか、よく聞け!わしゃ行く度の戦いを勝ち抜いてきた。だが、お前さんの命を取るのには、五秒とかからんじゃろう。もっとも、もがき苦しみながら殺す事も出来るがな!」
岩男は完全にちびっていた。しかし、老人は顔を歪ませながら、言葉を吐き出してきた。
「正々堂々とわしと向き合い殺されるか?潔く後ろの崖に飛び込むか?どちらを望む!」
どっちも嫌だ!死にたくない!しかし、話し合いに応じてくれる様子は微塵もなさそうだ。
岩男は首を振りながら、真後ろの断崖絶壁に目線を送ると、すぐに老人に振り返った。そして、逃げ出すかのように老人の右側に走りだそうとした。
しかし、老人の方が一枚上手だ。すかさず老人は岩男の正面に飛び出してきて、岩男を崖の方に追い詰めてきた。
岩男は行く手を遮られ慌てて足を止めると、拳を握りしめながら老人と向き直った。もう逃げる余裕はない。後ろは崖、前は古兵。絶体絶命である。これを乗り切るだけのプランは無かった。
すると、老人は腰を低く構えながら、手に持っていた杖を振りかぶって距離を詰めてきた。太い木の棒はしっかりと老人に握られている。それは、この世界で考えられるだけの、唯一の武器と言っていいかもしれない。
岩男は興奮して、息を呑みこむのも苦しくなって、足もぶるぶると震えたが何とか持ちこたえて、やっとの力で老人を睨みつけた。冷たい汗がこめかみを伝って、肌がピリピリと際立つと、岩男は熱が引いていくような恐怖を感じた。
老人はじりじりと近づいてきて、恐怖で体を強張らせている岩男を、獲物を狙う獣のように狙いを定めた。その皺の刻まれた仮面の様な粘土色の顔は、殺気だった感情を岩男にダイレクトにぶつけてくると、「行くぞ!」と低い声をもらして駆けてきた。
岩男はなんでこんな事になるんだ!と覚悟も決めれないままであったが、今にも飛び掛かってくる老人の恐怖に耐えられなくなって、張られた糸を切られたかのように動き出していた。
もちろん、老人とは反対側にである。
しかし、行く手は断崖絶壁、すぐに老人に追い詰められ、彼がすごい勢いで杖を振りかぶりながら近づいて来るのと、玉座の背もたれから楓が震えながら顔を出しているのが、同時に目に入った。彼女は腰が抜けているのか、助けようとする様子が見られないし、逆に岩男に恐怖が伝わってきてますます気持ちがなえてきてしまう。
一瞬の出来事だ。
老人は素早く岩男の前に立ちはだかると、獲物をしとめるかのように大きく杖を振りかぶってきた。
もうだめだ!やられる!
岩男はそう思いながら、眼を瞑ると、老人の振りおろしてくる杖に合わせて、反射的に手で払いのけようとして、それを防ごうと動かした。
すると、鈍い衝撃が岩男の腕に走った。
「うん?」
何が起こったんだ!