迫る戦い!
男達の祭りが今始まる!
求めるのは美女一人!
さぁ、主人公はどうするのだ!
しかし、それと同じくして、粘土色の男達の一斉唱和がそこら中に響いたため、岩男の言葉はそれに飲み込まれ、かき消されてしまった。岩男と楓は、反射手に粘土人達の方に顔を向けた。
粘土人達が言っていたのはこんな内容だった。
「時は来た。女王は玉座を占め、気分を良くしてる。
時は満ちた。女王はその身をささげ、我らを導かん。
我らは男。男は僕。
選ばれし僕、今、女王の片割れにならん。
選ばれし僕、今、女王と結ばれん。
選ぶは女王。女王が選ぶ。
女王に選らばれし、男。それは誉。
その者、女王と永遠の契りを交わし、今世界の父とならん。
我らは一つ。一人の為に。
今、女王に選ばれん」
彼らは歌い終わると、一斉に立ち上がった。そして、一番前にいた一人の老人が玉座の前に歩み出て来て、二人の前で立ち止まった。
すると、老人の合図で、皆一様に粘土人達は立膝を付いて、玉座に首を垂れた。まるで戦いに行く戦士の様だ。
その老人は、膝を曲げて丁寧にお辞儀をした後、震えるような声を出してきた。
「時は来ました。さあ、お選びください」
老人は、明らかに楓だけを見て、言葉を発していた。岩男の事は見えないかのようにふるまっている。
楓は岩男に助けを求めるような視線を送ってきたが、岩男にも自体は呑み込めなかったので首を振るしかなかった。
しかし、楓が眉間に皺を寄せて、身振り手振りで促してきたので、岩男は仕方なく老人に向けて声をかけた。
「どういう意味ですか?選ぶって?」
しかし、老人はぴくりとも反応しなかった。他の男達もそうである。岩男は辺りを見回したが、ちっとも返事が返ってくる様子が無いので、肩をすくませて楓を見た。彼女は明らかに頭に来ており、「使えない奴」なんて悪態が飛んできそうな目線をしていたが、老人に向き直ると今度は自分で同じ質問をした。
「それはどういう意味なの?言って御覧なさい」
まるで本物の女王様のような口ぶりだ。老人は深々と頭を下げた後、礼儀正しい口ぶりでゆっくりとそれに答えてきた。
「契りを結ぶ相手を一人、選んでいただくのです」
「契りって?」
岩男が口を挟んで「やるって事だよ」と言うと、楓はびっくりしたような顔をして、眼と口を大きく開いて見返してきた。彼女はここで、ようやく事態を飲み込もうとしていた。
一方、老人は岩男の事などいない顔ように、また深くお辞儀をした後、楓に向かって恭しく答えた。
「交わっていただき、また新しき命を宿していただきます。ここにいる我々はそうやって、ここに生を受けております」
「私が・・・選ぶの?」
楓は目を細めながら口を開いた。すると、老人は頷いた。
「そうでございます」
「一人だけ?」
「その通りでございます」
楓は少し考えを巡らした後、もう一度老人に訪ねた。
「他の人はどうなるの?」
「皆、この崖から身を投げます」
「え?」
楓と岩男は顔を見合わせた。そして、玉座のすぐ後ろに広がる切り立った崖に、同時に目線を映した。眼下には暗闇が広がっていて、崖の下は全く見えない。岩男は顔を青くして、冷たい汗を流した。
とんでもない事態になってしまった。一人を残して、皆が死んでしまうと言う事か?要するに、楓と楓の選んだ男との、二人の世界が出来上がると言う事になる。エデンの園だ。選ばれた者は生き残れるのだろうけど、臭って近寄るのも嫌がられる様な人間はまず論外だろう。生き残れないと言うわけだ。
じゃあ、いったいどうなるんだ、俺は!粘土人はそれで迷い無く崖から飛び降りるのかもしれないけど、俺はこの女に選ばれなかったというだけで死ぬわけにはいかない。大体、そんな気持ちになれない。なれるわけがない!
だいたい、選ばれなかったからと言って、皆が死んでしまうなんて。そんな権利を、あんな傲慢で、気分屋の女に握らせてしまうなんて、どうにも考えられやしない。俺はそんなんでは死んでも死にきれんぞ!
岩男はそう思うと、眼を血走らせながら楓を見た。すると、彼女は、事の成り行きに全く付いていけない感じの、困惑した表情を浮かべていた。しかし、何とか自分を保っているのか、瞬きもしないで、老人に問いかけた。
「誰も助からないの?その、私が選んだ、・・・一人を除いては」
すると老人は、また恭しく頷いた。
「そうでございます。席は一つだけでありますので。そうして、選ばれた男と新しい世界を作ってもらう事になります」
その言葉を聞いて、茜は慌てて声を出した。
「もしかして、まさかだけど」茜はそこで、一つ息を呑んだ。
「今いる人は、そうやってここにいるわけ」
すると、老人は素早く返答した。
「そうでございます。私を除き、皆母は同じでございます」
老人が答えると同時に、茜は声を張り上げた。
「まさか、一人の人が生むの?こんなに!?」
「その通りでございます。女王は、百七の命を生み出したのち、その姿を石となし、光り輝きます。あそこにある水晶のように」
老人がそう言うと、二人は中心にある、すっかり割れて輝きを失っている水晶の塊に目をやった。要するに、百八人も子供を産んだ後に、死んで石になると言う事なのだろう。彼らを生んだ母がどんな人物か知らないが、あんなに綺麗で大きな水晶になっているのだから相当な女だったのだろう。どんな状況で選ばれたのかは知らないが、しっかりと百七人の粘土人を生んだのだから、それだけでも相当な事だ。
ただ、今回の該当者はそうは思っていないようだった。
自分の置かれている状況を理解し始めた楓は、恐怖のあまり顔をひきつらせて今にも泣き出しそうだった。
それを見て、岩男は思わず楓に叫んでいた。
「朝比奈!俺を選べ!そうすれば、全ては丸く収まる!」
すると、楓はすぐに首を振った。
「いやよ!私、好きな人じゃないと体なんて許さないんだから!」
岩男は慌てて首を振った。
「いや、そんな事言ってる場合じゃないだろう!とにかく時間を稼がなきゃ!」
しかし、パニックになっている楓は、訊く耳を持ちはしなかった。もう涙をぽろぽろと落としていて、可愛い顔が赤らんでいた。
「あなたと二人きりになったら、あなたの子供百八人も産まなくちゃならないのよ!そんなの、絶対嫌だ!絶対選べないよ!」
楓の表情は必死だ。ただ、それゆえ岩男は自分が情けなくて仕方無くなった。こんな場面で、こんなにも拒否されるなんて。
じゃあ、こんな粘土みたいな人間と交わりたいとでも言うのだろうか?岩男は恐る恐る窺うように、楓に言葉を投げかけた。
「お前、こんな奴らと関係出来るのか?」
岩男にそう言われて、楓は嗚咽を漏らして、涙を拭き、鼻を啜ると、少し考えを巡らした。そして、「格好良ければ・・・」と口にして、岩男をがっかりさせた。
何だと!俺は粘土人間よりも劣ると言うのか!そんな岩男の失望をよそに、楓は言葉をまき散らしてきた。
「顔が良ければ、なんとか我慢できるかもしれないけど、問題はそんな事じゃないよ!百七人よ、百七人!百七人も子供産まなくちゃならないなんてありえない!何なのよ!こんな事なら、女王になるなんて言わなきゃよかった!キャンセル!キャンセル!」
「今更無理だろう!」
岩男がそう言うと、楓は顔を歪ませながら大声を上げた。
「あんた、どうにかしてよ!」
楓はすっかり混乱しているようだ。岩男にどうにか出来る問題じゃないことぐらい、いつもの彼女なら分かりそうなものなのに。
岩男が頭を抱えて答えあぐねていると、楓はさらにまくし立ててきた。
「それに、最後にあんな水晶になるなんていやよ!」
「まだ分からないだろ!」
岩男は彼女を落ち着かせようとそう言ったが、彼女の考えている事は違った。
「あんな水晶は嫌!なるんなら、ルビーかサファイヤがいい、それが私にふさわしいのに!」
岩男はどんな言葉をかけていいか分からなかった。彼女の思考は今やバラバラになっている。手がつけられない。
すると、その様子を見てか、老人がゆっくりと顔を上げると、二人の方に震えた声を出してきた。
「もしお選びいただけないようでしたら、別の手段でその者を選び出す事になります」
「別の手段?」
岩男と楓の声が揃った。すると、老人は大きく頷いた。
「そうでございます。実は、もう時間があまりありません。今一度柱火が吹き上がるまでに決めていただけ無ければ・・・、その手段によって一人を決める事になります。どうしても決める事が出来ない場合、それは自動的に取り行う事になっています」
意味が分からない茜は首を捻った。
「どうやって決めるの?」
「はい。サングラーマです」
「サングラーマ・・・」
「そうです。合戦によって決めます」
老人はそう言うと、眼を妖しく光らせた。その瞬間、岩男のこめかみに冷たい汗が流れた。そして、眼が血走る。
合戦をするだって!?要するに、殺し合いをして決めるのか。
それはただ事ではない!
岩男は俄かに高ぶる心を露わにして楓を見た。すると、彼女は顔を真っ白にさせながら、言葉をなくした様子で、どこに視線を合わせるでもなく眼を見開いていた。
「お、おい!どうするんだ!」
岩男は楓に声を張り上げた。すると、彼女は耳を両手でふさぎ、眼を閉じた。
「黙っててよ!」
「お、おい、状況が分かってるのか?!早く選ばないと、ここにいる皆が殺し合うんだぞ!」
「分かってる!」
すっかり恐怖に包まれた楓は、体を玉座の上に縮こまらせながら、声を震わせていた。岩男は状況切迫さに興奮して、いても経ってもいられなくなった。勢い、楓を怒鳴ってしまう。
「分かってるなら早く決めろよ!俺を指名するんだ!」
彼女は首を強く振った。
「出来ない!」
「しろよ!時間が無いぞ!」
「なんで、私がそんな事決めなきゃならないのよ!」
「早く決めろって!」
「皆で話し合って決めてよ!民主主義でしょ!話し合って一人に決めてって!」
「そんなのここで通用する訳ないだろう!頼むよ、早くしてくれ!俺にしてくれたら二人は助かるんだ!」
岩男は必至に懇願した。しかし、楓はそれを却下した。
「あぁー!うるさいわよ!決めれない!決められない!決められない!そんな、一人になんて決めれないよ!」
楓がそう言って、眼を見開いて拳を振り上げた時、ちょうど、四つの柱から暗闇を裂く様な高い火柱が上がった。岩男は反射的にそちらに顔を向け、楓は驚き蹲った。すると、火柱が上がったのを合図に、立膝を付いていた粘土人達は一斉に立ち上がり、オレンジ色の炎がその無数の顔を照らし出した。