女王再び
男達はヒロインを崇拝しているのか?
主人公の入る余地はあるのか?
今、男の戦いが始まる!
そこにいた男達は突然の出来事に、何が起こったか分からないまま反射的に岩男の傍に寄ってきた。ぞろぞろと、何十人もの粘土色の男達が岩男を取り囲むと、その中心で地面にめり込んでいた足がびくびくと動いた。そして、落下物はゆっくりと全体的に動き出すと、その全容を露わにした。
岩男が地面から這い上がってくると、粘土の肌をした男達は一斉に体をのけぞらせて、警戒するかのように距離を取った。驚きと不安の入り混じった目が、四つの明かりに照らし出されているのがはっきりと分かる。まさか、こんななものが降ってくるなんて思ってもみなかったのだろう。
それは、岩男も同じである。まさか、ここまで飛ばされるだなんて!あの龍め、しつけがなってない!飼い主出てこいや!
いや、龍の飼い主は全部壊しちまったな、くそ!
岩男はゆっくりと体をもたげた。全体的に打ち身はしているが、痛みはそれほどでもない。骨が折れているかも、なんて思ったが意外にもこの砂が柔らかくて、クッションになってくれたようだ。立ち上がって自分の体をよく見てみると、すっかり全身砂まみれになっている。あの赤い花の粘着質が体中を取り巻いていたせいか、それと砂が肌の上で混ぜ合わされて、コンクリートみたいな感じで固まってしまっていた。顔も目と鼻と口以外全部そんな感じだ。それに、あろうことか、股間には大それたコンクリートの塊がぶら下がっている。
これでは、岩男もまるでこの世界の男みたいではないか。粘土色に似た自分の姿を思い浮かべて、岩男は笑い出しそうになったが、周りの男達は少しも笑ってはいなかった。
なので、気を取り直して男達の前で仁王立ちすると、威勢よく声を張り上げた。
「彼女はどこだ!」
岩男がそう叫ぶと、男達が言葉も発しないまま一斉に道を開けたので、砂から盛り上がってきたあの玉座の所まで一気に視界が開けた。岩男は体をビクリと震わせたが、彼らが何もしてこない事を確認すると玉座に視線を移した。
そこには、朝比奈楓が座っていた。
その岩で作られたような硬い玉座に、彼女はまるで女王様のごとく座って、気分良さそうに寛いでいた。そして、岩男に気がつくと、一瞬顔色を曇らせたが、岩男が手を振ると、笑顔になって高飛車な態度で手を振り返してきた。
「朝比奈!」
岩男がそう言って、少し重たくなった体を懸命に動かしながら走っていくと、彼女は急に不機嫌に顔をして、偉そうに足を組み直した。そして、近づいてくる岩男に横顔を向けて、片手でこれ以上近寄らないかのように制してきた。
「誰?私を呼び捨てにするなんて」
すっかり女王様の口ぶりだ。岩男は懸命に自分の顔に着いた泥を剥がし落とすと、十段ほどの階段を上り、彼女が座る玉座の近くに手をついた。まるで、楓の足に縋りつかんばかりである。
「俺だよ!一緒に雪にダイブした、下田だよ!」
息も絶え絶えにそう口にする岩男に、楓は分かり切った事を聞くかのように、つまらなそうな声を出した。
「あぁ、あなた。生きてたのね?すっかり変わってるから分からなかったわ」
「こうなるまでには深い訳が・・・。いや、それより大丈夫なの?」
岩男が慌てたように楓に近づこうとすると、彼女はそれを拒むかのように顰面すると、岩男に手の平を向けて必死で振った。
「何、私は大丈夫よ!何も問題ない。それより、あなた少し変な匂いするわよ。近づかないで!」
岩男はきょとんとしながら、自分の体を見て、鼻を近づけた。
そんなに臭いか?あの、赤い草の粘着質の甘酸っぱい匂いなのだろうか?そんなに臭うか、俺?
岩男は首を捻ったが、すぐに顔色を変えた。
いや、問題はそんな事じゃない。それよりもこの女は自分がこんなに心配しているのに、この態度はどういう事だろう。納得が出来ない。もう少し、いたわる様な事を口に出来なのだろうか?
岩男の表情を察知したのか、楓から先に口を開いた。
「それに、呼び捨てにするなんて。私はここの女王様なんだから、口のきき方に気をつけるのね。いい?分かった?」
そう言って、高飛車に見下ろしてくる楓を見ながら、岩男はあっけにとられてしまった。
自分で女王様だなんて言っちゃってる!顔が真面目だ。完全になり切ってるじゃないか!なんて言う事だ。意味が分からない。
「どういう事?」
岩男にはそう口にするのが精いっぱいだ。
「だから、この人達は、皆、一人残らず私の僕なの」
僕?性の奴隷にされているのじゃなくて?向うで女が口にしたのはその様な意味だと捉えていたのに、違うの?女王様と性の奴隷とではまるで意味が違う。真逆ではないか!
「え?変な事されなかった?性の奴隷になったんじゃないの?」
驚き交じりの顔をしながら、岩男がすっとんきょな声を出すと、楓はあからさまに嫌な顔を向けてきた。
「せっ・・・!何バカなこと言ってるのよ!そんな事される訳がないじゃない!頭おかしくなったんじゃないの!ばか!」
軽蔑と侮蔑を混ぜこぜにした様な感情を一気に放出され、岩男は面食らって尻もち付きそうになった。
そこまで言わなくても・・・。いや、それより自分が彼女の事を心配して、あそこまで頑張った意味などまるでなかったのだ。自分の努力と苦労が意味がなくなってしまい、目の前が真っ暗になる。おりゃ、婆さんとまで・・・、何のために!くそ!
岩男はすっかり力を落として、ついにその場に膝をついてしまった。すると、そんな岩男を見下ろしながら楓は高笑った。
「あなたも僕になりたかったら、なってもいいわよ。ここは、甘いものと、お酒が無いのが難点だけど、まあ、勘弁してあげる」
僕にだと!?俺はそんなのにはならん!断じてならん!岩男は彼女に対する憤りで、胸のあたりがむかむかと沸き立つのを感じた。確かに、一方通行の思い込みから自分は行動した。しかし、心配している自分に投げ返す言葉が「僕にしてもいい」は無いだろう。
考えられない!
岩男は自分の顔についた泥をすっかり剥ぎ落とすと立ち上がって、楓に近づこうとした。
すると、楓の隣に立っていた二人の粘土人男が、それを遮った。二人とも岩男より背が高くて、スタイルも良くて、表情は全く変わらず固まったままだけど、どこからどう見ても美男子だ。
楓は男達の間から、岩男に声をかけてきた。
「彼らは私のボディガードよ。私が任命したの。ここに連れてきた人が何でも言う事聞くって言うから、そうしてるのよ。私が踊れって言ったら踊ったのよ、皆が。私を楽しませてって言ったら、皆で私を崇拝してくれて、踊り出したのよ」
楓は感情の高ぶった様な声を出して、玉座の上から高らかに腕を上げた。全てが自分に従っているという優越感に酔いしれているようだ。粘土人達も彼女に跪いて、完全に服従している様子で、完全に女王のそれである。
しかし、岩男はすっかり気持ちが萎えていた。
楓はすっかりご機嫌なじゃないか。あんなに心配したのも完全に無意味じゃないか。道化もいいところだ。そりゃあ、自分も楽しんだけど、楓の事があったから,自分は人形女達を壊し続けたのに。最後は婆さんまで粉々にしたのに。
岩男は、完全に自分の感情のはけ口を見失ってしまった。
その時である!
突然周りを取り囲む柱の炎が十メートルほど噴き上がり、にわかに地面が盛り上がってきた。すさまじい振動と共に、玉座と、岩男と楓、そして、男達全員がいる辺りが空高くせり出して来て、まるでアリゾナの砂漠でよく見られるメサみたいに、空高く地面が盛り上がってきたのだ。訳の分からない状況に、岩男は床にへばりつき、楓は金切声を上げながら眼を瞑って、玉座の背もたれにしがみついた。粘土人達は頭を大地にすりつけたままだ。
四十メートルほどせり上がったところで,大地の揺れは弱まり、やがてそれは止んだ。崖は九十度を超えるほど切り立っており、とても素人が道具なしには下には降りれない感じだ。振動が止んだので、岩男が顔を上げながら楓の様子を窺うと、彼女は泣きそうな顔をしていて震えていた。こんな事が起きるとは、まるで予期してはいなかったようだ。岩男は慌てて楓の傍に駆け寄った。
気がつくと、粘土人達は玉座の前に綺麗に整列しており、誰もが玉座に向けて跪いていた。柱から噴き上げる炎が、空気を吹き上げる音だけが響いている。楓は不安そうな顔で岩男を見上げてきた。
「どうしたの?」
楓の小さな声が、やっと岩男の耳に届く。彼女は震えていて、すっかり縮こまっている。玉座の傍には岩男しかい無くて、いつの間にかあの二人のボディーガードも、玉座に続く階段の下で跪いている。岩男は辺りの様子を窺いながら、玉座の背に手をかけると、首を振りながら言葉を吐き出した。
「分からない」
「今からどうなるのかしら?」
楓は声を揺らした。恐怖で表情が歪んでいる。
岩男は噛み砕く様に言葉を発した。
「それは・・・分からないけど、様子を見るしかないよ」
「今から何が始まるの?」
「分からないよ!」
「もう!何が起こってるのよ!」
楓はそうヒステリックに声を張り上げると、玉座から立ち上がろうとした。なので、岩男が彼女に手を差し伸べようとすると、楓はそれを拒否した。
「触らないでよ。変な匂いが付くじゃない!」
「今そんな事言ってる場合かよ!」
それでも楓は首を振った。
「嫌なものは嫌なの!」
楓のその言葉を聞いた時、岩男は困惑を通り越して瞬間沸騰した。
頭に来る!
何なんだ、この女の我が儘さは!
俺がどんな思いをして、ここまで来たと思ってるんだ!
「触らないで!?」ふざけんなよ!俺は助けに来たのに!
「嫌なものは嫌?!」状況を考えろよ!
大体、お前があの雪に飛びおりよう!なんて言ってきたからこんな事になったんじゃないか!そうじゃなきゃ、ここで裸みたいな姿になる事もなかったし、こんな訳の分からない事に巻き込まれる事もなかったんだ!顔がいいからって許されると思ってるのか!?
岩男は楓を睨みつけた。そして、それらの罵詈雑言を寸でのところで口から出しそうになった。いや、岩男の気持ちとしては、すでに口から出ていた。