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再び闇の中に!

 大切な人のためには、ばあさんも抱かなきゃならんのです!

 乗り越えて大きくなるのだ!岸本ばあさんか!っての!


 さぁ、再び水面に戻っていきますよ!

その女は、見た目は完全に老婆だった。他の女達は皆砕け散り、陸地の奥に座っていた彼女だけが取り残されたのだ。肌は素焼きのようにざらざらとしており、腰も曲がって明らかによれよれとして足元もおぼつかない様子だ。八十歳は超えているだろうか?

明らかに、現役を退いてきた感じではあるが、しっかりと化粧を施されており、その眼はやる気満々である。

ただ、岩男はそれでもいきり立っていた。

彼は、そんな自分自身に呆れながらも、一つ呼吸をおいて、老婆に話しかけた。

「あんたで何人目だ?」

 息を荒げながら岩男が訊くと、老婆がゆっくりと答えた。

「そんな前置きしなくても、わしゃ準備できとるで」

「いいから答えろ!」

「何や、はよせんか!」

流石に疲労もあり、苛立ちが募った。

「俺は何人目なのか聞いてるんだ!」

すると老婆は、もじもじしながら口を開いた。

「いけずやな、緑の眼は。百八人目でっせ!」

 百八・・・。もう、百七人も壊してきたのか、この俺が!

信じられないけど、実感は十分にあった。ギネスもびっくりだ。

岩男は何だか、可笑しくなって笑いそうになったが、肝心な事を聞くのを忘れなかった。

「どうやったら、男の都に行けるんだ」

 すると、老婆は寝ころびながら足を開いて、岩男を股越しに手招きしてきた。

「とにかくきんしゃい!」

 岩男は頭が痛くなって、頭を掻いた。なんで最後にこんな事になるんだ。この人までずっと若い美人が続いていたのに。しかし、ここまで来て諦める訳にはいかない。もうどうにでもなれだ!

岩男は仕方なく老婆に覆いかぶさると、自分の衰えを見せない精力に呆れながらも、大きく息を吐き出した。

「久しぶりの男じゃぁ」

 老婆は悶えたが、岩男は面倒くさそうに口を開いた。

「男の都に行くにはどうすればいいんだ?」

「行く、行く」

 老婆がそう言ったので、岩男は慌てて動きを止めた。気がつけば老婆の体から(すな)(ぼこり)が立っている。砕け散ってしまっては、聞きたい事が訊けない。それでは楓を助には行けない。

岩男は焦った。

「どうしたらいいんだ?砕ける前に言ってくれよ!」

「私の事を、世界で一番綺麗とお言い」

 岩男は頭に来て少し力んだが、老婆の体に亀裂が走ったので、慌ててそれに従った。

「世界で一番綺麗です」

 すると、老婆がうっとりして嬉しそうな顔をしたので、岩男はたまらず老婆の腕を握り砕いてしまった。

あまりにも脆い。

老婆は驚いた様子もなく岩男の上に乗ると、岩男を見下ろしながらもぞもぞと口を開いた。

「岬に立って、龍を呼べばいい。あの子の名前を呼ぶのじゃ。ウラーガと」

 岩男は音を出さずに「ウラーガ」と呟くと、上で揺れ動く老婆に一気に力を加えた。すると、老婆は声も上げられずに、激しく崩れ出して、あっという間に砕けて砂になってしまった。

ふーぅ、やり切った。

岩男は一つ息を吐きだすと、ゆっくりと立ち上がって腰を押さえながら歩き出した。股間を覗くと、信じられないが、まだ果てもしてなかったし、その勢力も保ったままだ。なんだか、虚しさすら感じてしまい、不完全燃焼感も漂ったが、肝心な事は忘れてはいなかった。岩男は顔を上げた。

気がつくと、さっきまで赤くふさふさとしていた草は紫色に変わっており、甘酸っぱい匂いを発している。岩男は頭がくらくらとしながらも、男の都にいるだろう楓の事を思い浮かべて、走り出さずにはいられなかった。

あの子が向こうの世界であんなことやこんな事、自分がこっちの世界で女達にしてきた事をあの粘土人達にやられていると思うと、気が気では無かったし、勝手に嫉妬(しっと)してしまう。

ただ、今彼女を救えるのは自分一人しかいないのだ。

それが、岩男を突き動かしていた。

こんな訳の分からない世界で、きっと彼女は困惑して、恐怖に駆られているだろう。そんな彼女を守り、慰める事が出来るのは、この世界で自分しかいないのだ。ただ、一人、自分だけ。

岩男の中で、今まで感じた事の無い揺るがない決意が、熱い熱を持ちながら煮えたぎった。それは、見違えるようなに変わった筋肉質の身体と、陶器の女を続けざまに百八人も壊してきた自信と相まって、臆病で卑屈な自分を忘れさせ、代わりに勇気をもたらした。

「ウラーガ!ウラーガ!」

 岩男は岬にまだ差し掛かってもいないのに、駆け出しながら声を張り上げた。紫色の草はもうすっかり粘着性を失っており、空もさっきまで眩しいくらいに明るかったのに、いつの間にか薄暗くなっている。世界が変わっていくようだ。嫌な予感もする。

岬に着くと、海は波もなく穏やかではあったが、前の様に透明度は無くて、うっすらと濁っているように見える。

「ウラーガ!出て来い!ウラーガ!」

 岩男が力の限り海に叫ぶと、不意に生暖かい風が岩男の頬を揺らし、前方の海の中に白い大きな影が見えだした。やがてそれは大きな白い盛り上がりとなり高い波を作ると、岩男の所までジェル状の飛沫(しぶき)を飛ばした。

すると、立ちすくむ岩男の目の前に、あの龍は姿を現した。

龍はここに連れてこられた時のように、のっぺりとした顔に大きな黒い眼を(またた)かせながら、海から首を高々と突き出していた。その黒い瞳は、まっすぐに岩男に向けられていた。向き合ってみると、五階建てのビルくらいの大きさである龍はかなりの迫力があり、人なぎで吹き飛ばされてしまいそうだ。

しかし、岩男は恐怖も感じないまま、龍に声をかけた。

「ウラーガ、俺を(アビバフィト)の(ー)(デス)に連れて行ってくれ」

 岩男がそう言うと、龍の低いうなり声が響いた。

「アビバフィト デス」

 生臭い息が、岩男の頬を撫でる。それを腕でふさぎながら、岩男は大きく頷いて、もう一度声を張り上げた。

「そうだ。そこに俺を連れてってくれ」

 すると、龍は首を大きくもたげ、大きな黒い瞳を岩男に真っ直ぐに向けたかと思うと、ゆっくりと頭を岩男の傍に運んできた。そして、頭の上に乗れ、と言わんばかりに近づいてきたので、岩男はその頭の上にある白い(たてがみ)を掴んで、龍の上に乗り込んだ。そして、来た時と同じように、しっかりとまたがると、岩男は龍に聞こえるように声を出した。

「さあ、急いで行ってくれ!」

 すると龍は「アヤ クシュダ」と低い声を出すと、岩男を乗せたまま首を起こし、ゆっくりと反転すると沖に進んでいった。 

岩男が乗り慣れていないせいか、龍は頭をゆらゆらと揺らしたので、乗り心地はそこまで良くなかったが、確実に楓の元に進んでいるのは間違いない。この海の中は、またあの、粘土人の世界に(つな)がっているのだろう。

そこに楓はいる。 

かなり時間が経ってしまってはいるけど、楓が無事でいる事を祈るしかない。心配だけど、とにかく今は向こうに行くことだけを考えよう。どんな事が待ち受けていようとも、そこに向かうのは自分の使命だ。きっと、彼女だってそれを願っているはずだ。  

岩男はそう思いながら龍にしがみつくと、自分の体に目を配った。そして、急に冷静になった。

今の自分は丸裸なのだ。

あの女がくれた飲み物のせいか、筋肉が隆々としたままだったし、何より一向に収まりのきかない一部分は、未だその勢力を保ったままである。こんな姿で彼女の前に出ていったら、いったい何を言われるか分かったものじゃない。何より、丸裸なんて、これからヒロインを助に行く格好じゃない。

ターザンだって腰巻くらいしているのに!

岩男は龍の頭の上で、右往左往しながらどうしようかと思案を巡らせていたが、そんな事をしているうちに龍は徐々に海の中に潜っていき出した。なので、岩男は龍の頭の上から「ちょ、ちょっとま、ちょっと待って」と声を出したが、龍には届いていないようで、あっという間に海は岩男にまで迫ってきてしまった。

間に合わない!

岩男は観念したかのように龍の鬣にしがみつくと、そのまま一緒に海の中に入っていった。

前と同じように、不思議な感覚に陥り、岩男は入っているのにもかかわらず、それとは反対の角度で出ていっていた。

顔を出してみると、前は青く燃えていた海も、今はもうすっかり燃えてはいないようだ。灰色のジェルの海が静かに広がっている。オレンジに光るウラーガの眼だけが唯一の光源だ。

しかし、しばらく進んでいると、真っ暗で何も見えなかった景色の彼方に小さな明かりが灯されているのが目に入り、それは龍の進む速さに合わせて、徐々に大きくはっきりと岩男の眼に捉えられた。 

その明かりは、女の都に行く前に砂の中から突き出た、あの四つの塔の上で灯っていた。何が燃やされているのか分からないが、めらめらとオレンジ色の炎が立ち上がっている。砂丘の向こうまでは見る事は出来ないので、その下の様子は分からないが、あそこに楓がいるのは間違いない。

岩男は目を凝らしてその明かりの方を見たが、分かるのはそれくらいだ。気だけは焦り、体がうずうずとして、まったく落ち着かない。なのに、龍はマイペースにゆっくりと進むだけだ。

「もっと早く進んでくれ!」

 岩男はたまらずそう叫んだ。もたもたしていたら、楓の身にさらに危害が及ぶはずだ。ただ、龍の反応は鈍いみたいだ。岩男が頭の上で何度も叫んでいるのは聞こえているのか、龍は低い声でそれに何かを返してはいるのだけど、一向にスピードを上げる様子はなかった。それがどうにもじれったくて、岩男はいらいらしてしまう。

「おい、聞いてんのか?早くしろって言ってんだ!」

 岩男はそう言うと、我慢しきれなくなって龍の頭を叩きだした。弾力のある肌は中々叩きがいがあって、しかも、銅鑼(どら)の様な音がした。岩男はそれもあって、どんどん叩いていったのだが、不意に龍がその動きを止めると、岩男も叩くのをやめた。

なんだ?

岩男がそう思って龍の顔を覗き込むと、龍は「ハ ピダ!」と唸りを上げた瞬間、大きく首を振り回して、体をのけぞらした。二十メートルはあるだろう首は岩男を乗せたまま勢い良く後ろにしなり、一瞬力をためるかのように動きを止めた。

「ま、待て!」

岩男は叫んだ。しかし、遅すぎた。龍はそれを合図にしたかのように首を動かすと、鬣にしっかりと捕まっていた岩男を空高く吹き飛ばした。

「うわぁあーぁ!あー!」

岩男はあまりの事に叫び声しか上げられないで、天高く宙に舞いあがると、その勢いのまま前に飛んで行った。

 クルクルと回転しながらも、岩男の視界にはあの四つの明かりが目に入ってくる。それは瞬くまに近づいてきて、一瞬だけその周りにいる男たちの姿が目に入ったかと思うと、ちょうどその場所に飛んでいった。真っ直ぐに姿勢をただした岩男は、地面にぶつかり何度もバウンドしたかと思うと、そのまま大きな音を立てて砂地にめり込んだ。


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