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 新たな美女と白い龍

 何やら怪しい展開に!一体どこに連れて行かれるのでしょうか?

やばい事をしてしまったんだと言う自覚で、すっかり汗びっしょりになった岩男は、彼らの足元に身を隠そうと四つん這いになった。そして、誰にも気がつかれないように、ゆっくりと体を動かした。

ここで見つかったら、いったいどうなるのだろうか?想像しても、と目もいい事になるイメージは浮かばない。もしかしたら、あの龍に食われちまうんじゃないか!そうじゃなかったら、きっと、あの屈強そうな男達に袋叩きに会うかもしれない!とてもじゃないが、海を燃やした責任などとれないし、この日を消す術もないのだ。話を聞いてくれる連中なのかも分からないし、自分を許してくれるかなんて見当もつきやしない。

そんな事を思ったら、今にも駆け出したくなったが、必死でそれを押さえて膝で砂を掻いた。

すると、さっきの若者の声がした。

「彼だ!」

 その声に、一同が岩男に視線を向けた。

瞳がよく見えないから、はっきりと言い切る事は出来ないけど、そこにいた皆が岩男に顔を向けている。岩男は彼らに尻を向けて、四つん這いのまま肩越しに皆を見渡すと、頭が真っ白になりながらも指で自分の鼻を差した。

すると、そこにいた男達が一様に頷いた。

岩男は激しく首を振った。

男達はゆっくりと首を振り、岩男を指差してきた。

岩男は大げさにびっくりしながら、もう一度自分を指差すと、男達が大きく頷いたので「やばい!」と口にすると、その場から大急ぎで駆け出して逃げようとした。

しかし、男達の壁がそれを遮り、取り囲むようにしてきたので、岩男は仕方なく反対に駆け出した。すると、男達は道を開けて岩男から遠のきながらも壁を作ると、岩男はちょうど龍に乗った女の前まで導かれてしまった。

龍に乗った女は、立ち尽くしている岩男に向き直ると、龍の頭ごと近づいてきた。

「お前が付けたのか?」

 その女は、そこにいる誰にも聞こえるような声で、そう言い放った。その声は映画でしか聞いた事が無い様な響きを持っている。

まるで天女みたいな美しさだ。

しかし、岩男に向けられた冷たい視線は、まるで小動物を見つけた鷹の様だし、口調は宮廷につかえている人間のそれだし、その振る舞いもそう感じる。

どうしていいか分からない岩男は、おろおろとしながらその女と向き合うと、この状況でも誰かが助けの手を差し伸べてくれるのではないかと思い、周りでその様子を窺っている男達を見た。しかし、彼らは誰一人として表情も変えず、ただ岩男の事を見て微動だにしなかった。

女も同じように表情を変えずに、岩男の事を見下ろしている。

「お前が付けたのか?」

 女がもう一度問いかけてきたので、岩男は恐る恐る女の顔を見つめた。彼女の表情は固まっていて、怒っているのか、笑っているのかも分からなかったが、その声の感じからもう認めるしか出来ないと悟った。だから、岩男は一つだけ小さく頷いた。すると、思いもよらぬ事に、その女は白磁の様な手を差し出してきた。そして、表情も変えずに、同じようなトーンの甲高い声を出してきた。

「こちらに来なさい」

 来いだって?俺が行くのか?行っていいのか?

岩男は瞬間的に、行ったらまずいと感じた。

よく言うではないか、霊の呼びかけに答えて付いていったら死ぬと。その感覚だ。

だから、岩男はその場にしゃがみこみ、体を縮こませながら体を強張らせた。そして、彼女から顔を背けると「助けてくれ、助けてくれ」と手を合わせながら、小さな声で祈るように手を擦り合わせながら呟いた。小さい頃、そうすれば霊は去ってくれると、おばあちゃんに教えてもらった事があるからだ。

岩男は必死に祈った。

 しかし、その祈りは届くことなく、すぐに両腕を屈強な男二人に持ち上げられると、瞬く間に女の前に差し出されてしまった。

岩男は威勢よく叫んだ。

「放せ、馬鹿野郎!何するんだ!」

 しかし、太く筋張り盛り上がっている腕を見るだけで、これはかなわないと感じると、すっかり力が抜けてしまった。だから、堪忍したかのように首を項垂れると、もがきもしないで大人しくなった。   

しかし、隣の男達をそれぞれ睨みつけはした。ささやかな抵抗のつもりである。だが、男達は何の反応も示さない。

こいつらは、いったいどうしようと思っているんだ?

こ、殺すのか?このまま俺は殺されるのか?!

岩男は泣きながら、命乞いをした。

「殺さないでください。し、知らなかったんです!まさか、海が燃えるなんて。もうしませんから、命だけは助けて下さい!」

 岩男は情けない表情を浮かべながら、眼を(つむ)って(おが)み倒さんばかりにお願いすると、必死になって手を擦り合わせた。命乞いなんて生まれて初めてだけど、体と心は自然と必要であろう動きをするものだ。この期に及んで、プライドもへったくれもない。今頭に思い浮かんでくるのは、とにかく自分の命を守ることだけだ。

すると、女は無表情のまま、もう一度岩男に手を差し出してきた。

その手は震える岩男の頬にゆっくりと触れると、今度はしっかりと腕を掴んできた。その手はとても冷たくて、体の芯まで凍えてしまいそうである。思わず、岩男は身を震えさせた。

この状況が理解できなくて、一気に思考が乱され頭が混乱した。全ての感情が奪われてしまいそうな冷たさだ。こんなにも冷たい人間がいるだなんて。俺はこれから何されるんだ!不安と恐怖の嵐が岩男を取り巻き、絶望しか感じられない。

いつの間にか、二人の男も岩男から離れている。

岩男は女と二人きりだ。しかし、そこから逃れようと思っても、岩男は身動きが取れなかった。

何故なら、女に掴まれている両腕の触れたところが冷たさを通り越して痛くなり、感覚がなくなってきたからだ。まるで心までつかんでいるみたいな冷たさに、体全体が痺れ出して気力も体力も奪われていくようだ。もはや感情すら蒸発するかのように抜けてしまい、自分が(もぬけ)(から)になっていく様だ。

「乗りなさい」

女はそう口にすると、相変わらず表情を崩す様子もなく、決まり切ったような動作で岩男の腕を全体に撫で廻した。そして、最終的に岩男の両手を取ると、力を込めないで自分の方に引き寄せた。

眼だけは自分を保てているからか、間近で女の体つきを上から下まで全部見る事が出来たが、体は全く反応する事もなく、岩男は女に操られるかのように、自分も龍の頭の上に乗り込んでしまった。

あぁ、俺はもう帰れなくなる。

岩男はそう思いながら女の脇に座らされると、大人しくうずくまった。囚われの身になったのだからそうするのが当たり前に感じられたし、女がその冷たい手を体から離した後も逃げ出そうとは思わない。女はそんな岩男を見ると、安心したような表情をして、小声で龍に何か言葉を発した。

すると、龍は首を持ち上げた。

一気に視界が高くなり、丘の上にいた男達が小さくなっていく。彼ら全てが岩男達に平伏しており、砂丘の上で頭を擦りつけていた。

二人を乗せた龍は首をゆっくりと反転させると、音も立てずに体を動かして、そのまま岸とは反対に進んでいった。

思ったよりも振動が無く、龍はまるで滑るかのように青く燃える海の上を進んでいく。女は龍の頭の上で何にも掴まらずに立っていたが、岩男は振り落とされないかと白い(たてがみ)を力強く掴んで、軽く触れられるほど近くから女を見上げた。

下から見上げると、彼女が透明な薄衣しか身に付けていないのもあって、裸の凹凸がはっきりと見て取れる。ケースに入った日本人形の様な肌をしているが、顔立ちや体のつくりはまるで違った。顔のつくりは西洋人と東洋人のハーフのようであり、背は岩男と同じくらいだが、どちらかと言うと外国人の様な体つきだ。テレビの中でも十分通用すると思うほど、魅力的なルックスと体つきである。

しかし、岩男の気分が高まる事は無かった。

今はそれどころではないのだ。すっかり体が冷え込んでしまい、指を動かす気にもなれない。濡れた子犬の様縮こまって震えていた。

二人を乗せた龍は、そのまましばらく青く燃え盛る海を進んでいった。岸からはもうずいぶん遠く離れてしまったが、青く燃える海はどこまでも果てしなく広がっている。

すると、岩男は徐々に自分の視界が下がっているのに気が付き、慌てて女の顔を窺った。

「あれ?・・・下がってる」

岩男がそう呟いたが、女は何も反応してこない。言葉を投げかけるのもおっくうになっていたが、岩男は何とか体を奮い起こして、首だけ外に出してみた。

すると、確かに龍が海の中に体を沈めていくではないか!

状況の深刻さに気がついた岩男は、恐怖の色を浮かべながら女に振り返ったが、彼女は涼しい顔を崩さない。

青い火の海はもう目前まで迫っている。

「た、助けてくれ!燃えちまう!」

 岩男は叫び声を上げた。その瞬間、岩男の頭の中は、地獄の業火で灰になってしまう自分のイメージで埋め尽くされた。

しだいに、熱が岩男の頬を撫でる。

この女はここで俺を燃やそうと言うのか!

岩男は恐怖でパニックになり、隣にいる女を泣きそうな目線を送った。そして、確実にちびっていた。

すると、意外な事が起きた。仁王立ちしていた女が、岩男を強く抱きしめてきたのだ。

「行きますよ」

 女は冷静な声でそう言うと、暴れそうな岩男に体を密着させ自分と龍との間に岩男を挟み込むと、両手で鬣を握りしめた。途端に女の花の香りの様な体臭が、岩男を包み込む。

行く?どこに?まさか、火の中に?!

岩男は暴れる事も出来ずに、ただその様子を目で追った。

もうすぐ青い火が迫っている。しかし、龍は止まりもしないでその中に入り込んでいく。

全てがスローモーションの世界だ。

今や龍の体はすっかり燃え盛る青い炎に飲み込まれている。

そして、数秒後には炎が目前に迫ってきた。

もう駄目だ・・・。

岩男は諦めたかのように目をつむり、体を震わせながら龍の鬣を握りしめると、声も出せぬままその青い火に飲み込まれた。


すると、不思議な事が起こった。


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